第16話 子分の看破

 死にかけのエギル糞ガキが路地裏を出て、とある宿屋に向かうのを見届ける。


 俺の名は【ボルグ】

 路地裏で【オルクス】の二つ名を持つ俺の仕事は、あらゆるものを視ること。


 この路地裏にやって来る者はもちろん、【トランシトゥス】の街に出入りするありとあらゆる人の姿。


 街中での出来事、方々で起きる数多のトラブル。


 それらを視て、ガドルボスに報告するのが俺の役割りだ。

 そこに荒事の得意不得意は必要ない。

 ただ俺の持つ【視る】ということに特化した能力が、評価されたに過ぎない。

 それが、この力だけが支配する路地裏スラムにおいて、俺が幹部足りうる所以だ。



 そんな俺が、おかしな旅人を見つけたのは数日前のこと。


 髪やヒゲは伸び放題で、一見すれば路地裏の住人と変わらない格好。

 だが、その男はこの街で最高級のホテル【アウレア】に宿泊する。

 しかも、下働きに金を握らせて聞き出した話だと、選んだのは最上階のスイートルームだとか。


「いい金づるカモがやってきた……」


 思わず舌なめずりをする俺。


 翌日、ホテルを出てきた男は髪を切り、ヒゲも剃ってそれなりの身なりになっていた。

 まあ、高級ホテルだし、それくらいのサービスはあるか。


 どうやって金を巻き上げるかと思案していると、この男にひとりのガキがぶつかって行く。

 確かしばらく前に、妹と一緒に路地裏にやってきたガキだ。


 見え見えなスリを試みて、ひっくり返ってやがる。


 俺は思わず舌打ちをする。


「バカが。せっかくのカモに余計なことをしやがって……」


 これで男の警戒レベルが上がっちまう。

 あのガキをどうしてやろうかと考え始めたところで、異変が起きる。


 男が警吏に突き出すのではなく、そのままガキに道案内をさせることにしたようだ。


「何なんだ……あの男」


 その後、男とガキの様子を見ていれば本当に道案内をさせてやがる。

 冒険者ギルドに入ったところを見ると、あの男は冒険者か?


 やがて、男が始めた仕事はドブさらい。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 こんな仕事、低ランクの冒険者の仕事だぞ?

 何で高級ホテルに泊まるような奴が、そんなことをしている?


 何があったのか理解できない俺だったが、そこでさらに衝撃的な光景を見る。


 立ち去ろうとしたガキに、男が自分の財布を投げ渡したのだ。

 俺のアタマの中は、理解不能な出来事の連続に混乱してしまう。



 そんな状態ではあったが、たったひとつだけ明らかなことがあった。


 ―――ガキが大金を得た。


 俺はその事実にほくそ笑むのであった。




 その後はいつもどおりだ。

 臨時収入を得た者のところに手下を向かわせるだけ。

 ちょうどガキの妹に買い手がついたとかで、ドルムルが動くことになっていたので、そこにちょいと耳打ちする。


 これが俺の稼ぎとなる。

 何て楽な人生だ。


 俺は自分の人生に感謝をするのであった。

 奪われた者?

 そんなのは弱い自分が悪い。


 この世は弱肉強食なのだから。





 しばらくして、俺は路地裏を出ていく者の姿を見つける。

 それはあのガキだった。


 ドルムルにだいぶ痛めつけられたようで、這いずりながら路地裏を出ていく。

 もう先も無いのは明らかなのに、どこまで行くのか興味があった俺はガキの後を追う。


 スライムよりも遅く這いずるガキは、長い時間をかけてとある宿屋にたどり着く。

 ここは確か、真紅の瞳を持つ娘がいたはずだ。


 とある貴族へんたいの依頼で、その娘の両目をくり抜かせたことを思い出す。


「ケケケ……。不幸を集める宿屋だな」


 そうつぶやいた俺の視線の先では、宿屋の裏口から出てきた男が、息絶えたガキを室内に連れて行くところだった。


 裏口から出てきた男は、あの訳の分からない行動をとる男だった。

 今日は、こんなところに泊まっていたのか。

 今の際に、恩人に逢いに来たってとこか。 

 

 一瞬、男と目が合ったような気がするが、気のせいだろう。

 これだけ離れていて、俺に気づくはずもない。


 そう思った俺は、路地裏に戻る。

 あわれなガキの最期を見れて、嗜虐的な笑いが漏れる。


 自分よりも悲惨な人生を送る者の姿を見ると、嬉しさがこみ上げるのだ。


 ああ、今日は何ていい日だ。



 あとはいい夢でも見るかと、路地裏に戻った俺は部下から変な男がやって来たと聞く。

 それは、朝から見続けていた変な男だった。


 聞けば、奴隷を買いに来たとか。


 ああ、そういうことか。

 死に際のガキに妹のことでも頼まれて、助けにでも来たのだと理解した俺は、ガドルボスと奴隷の売買について話している男の後ろにそっと近づいて、背後からその心臓に剣を突き立てる。


「…………なっ!?」


 驚いた表情で俺のことを振り返る男。

 そして、男はその表情のまま息を引き取る。


「ボルグ、これはどういうことだ?」

「こいつは、エギル……とか言ったか?あのガキの回し者だ」

「はぁ?」

「ガキの妹を攫ったろ?その奪還にでも来たんだろうさ」

「何……?」


 ボルグが手元の財布に目をやると、そこに入っていたのは石ころだった。

 術師が死んだことで、術が解けたのだろう。


「ああっ!畜生、幻術だ!」 

「だろ?」

「クソが!」


 ボルグが財布を叩きつけると、ニヤリと笑って俺を見る。


「よく見抜いたな」

「まあな、それが仕事だからな」 

「ガハハハ、良くやった。覚えておくぞ」

「ありがとうよ」


 俺は内心で舌打ちをする。

 褒美ぐらいよこしてもいいだろうが。


 死んだ男の持ち物を漁っても、金目の物は何ひとつない。

 腰の剣も一見してわかるほどの鈍らだ。


「んじゃ、死体を頼むぞ」


 そう言って、興味を無くしたボルグは部屋を出る。


 まぁ、俺の評価が高まったということで良しとするか。

 そう思い直した俺は、部下を呼びつけると、男の死体を処理場に運ばせるのであった。




 

 

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