第15話 愚者の違算

 エギルを治療した僕は、そのまま宿屋の中に連れて行く。


 食堂ではまだ抱き合って泣いている、女将さんと娘の姿があったが気にしないことにする。


「おい、何をしたんだよ?」

「何が?」

「俺の身体だよ!目は潰れてたし、手足も折れてた……」

「背中にも大きな傷があったね」

「だから、何をしたってんだよ!」

「まぁ、落ち着けって。失った血は戻らないんだからさ」

「これが落ち着いていられるかよ!」


 何やら興奮しまくって、ふらふらになっているエギル。

 ほらほら、血が足りないから貧血になってるよ。




 ようやく落ち着いたエギルから、事の顛末を尋ねると、金を奪われた上に、妹まで攫われたという。


「糞だな……」

「でも、アイツは強いんだ。勇者のお供の家系だって言ってた……」

「【衛星サテッレス】かよ……」


 僕は思わずため息を漏らす。


 【衛星サテッレス】とは、かつて勇者とともに魔王を討伐した者の末裔。

 勇者の末裔が【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】を受け継ぐのと同様に、彼らもまたそれぞれの【戦術アルテース・ベルリー】を受け継いでいた。

 

 勇者家うちと異なる点があるとすれば、勇者家うちが一子相伝を貫いて来たのに対し、仲間の側では多くの傍系を生み出し、現在では108派にも及ぶとか。

 特に、勇者の仲間の直径である【剣士】【拳士】【弓士】【治癒師】【魔術師】【盗賊】の六家は【六星セクス・ステラ】と呼ばれ、

勇者家うちに匹敵する強者がゴロゴロしているとか……。


 うわぁ、嫌だなぁ。

 【六星セクス・ステラ】じゃないよな……。

 思わず弱気になる僕。

 そこにエギルが、聞き捨てならないことを続ける。


「しかも、アイツの背後にはあの【剣王】までいるらしいんだ」

「あ゛あ゛!?」

「ひいいっ!?」


 思わずガラの悪い声が出た。

 豹変した僕に、エギルが驚きの声を上げる。

 すまん。


 【剣王】と言えば、ウチの長兄のことだ。

 あの義兄あにがこの件に関わっている?


 それがホントならと考えるだけでも、胸がムカムカしてくる。

 長兄あの人は、何でこんなチンケな悪党みたいなことをしているんだ?


 あの人は良くも悪くも豪放磊落。

 こんな影でコソコソするようなことは決してしないはずだ。

 こんな弱い人々から搾り取るような姑息な真似は、長兄の性格を考えると、決してあり得ないことだ。


 でも…………。


 最近、長兄は魔王軍に攻め滅ぼされたとある国を奪還し、自らが王となった。

 聞いた話だと、自身が率いる【剣王軍】が現在も魔王軍の侵攻を食い止め、力ない人々を庇護しているとか。


 これが仮に、国としての利益を考えたものだとすれば……。


 これはどうやら、本腰を入れて調べなくてはならないらしい。

 もちろん、エギルの妹が攫われたと聞いた以上、動くつもりではあったが、そこにひとつ余計なことが加わったわけだ。


 もしもこれが長兄あの人の指図だとすれば、ぶん殴ってでも止めさせなければ……。

 ぶん殴る?

 誰を?

 出来るかなぁ……。

 怖いなぁ……。

 

「分かった。僕が何とかするよ」

「ええっ!?」


 おい、頼ってきておいてその態度は何だ?

 ものすごく驚いてるじゃないか。

 思いっきり不安そうな顔だ。


「身体が元気になったんだから、後はオレが殺るよ。だからアンタは……」

「いいから寝てろ、起きたら妹がいるから」 

「でも……」


 頼ってきたのか、利用してやろうと思ってきたのかは定かではないが、エギルの様子を見ると危険なことなのは理解できる。

 そして、今更だけど僕のことを心配する優しい少年のためにひと肌脱ごうじゃないか。

 

「女将さん、エギルのことを頼むよ。僕の部屋に放り込んでていいからさ」


 そう僕が声をかけると、女将さんがそこにエギルがいることに驚く。

 そして、目が見えるようになった女将さんの娘も、久方ぶりに見るエギルの姿に感動しているようだ。


「えっ!?エギル!?」

「エギルちゃん?」

「女将さん……ってか、マミヤ!お前……目が……目が……!」 

「うん、神様が治してくれたの」 

「まさか……」 


 エギルが何に気づいたかのように、慌ててこっちを見る。

 こっち見んな。


 まぁ、知り合いのようだからなんとかなるだろう。


「じゃあ、あとは任せたよ」


 そう言って逃げるように宿を出る。

 僕の拙い治癒魔術程度のことで騒がれるのは不本意だ。  

 背後から僕を呼び止めるエギルの声が聞こえるがこれを無視。


 こうして、とある魔術を自分自身にかけると、僕は路地裏に向かうのであった。


★★


「どこで俺らのことを聞いたか知らねえが、ちょっと甘く見過ぎだな」


 僕にそう告げるのは、路地裏スラムにあるにしては、大きく小綺麗な部屋の中央で、やたらとデカい椅子にふんぞり返っている大柄な男。


 その表情は、醜く歪んだ笑みを浮かべていた。


「俺らが路地裏ここを出ていく者を見張っていないとでも思っていたか?バ~カ、お前がエギルと繋がりがあるのは分かってんだよ」


 そんな小馬鹿にした物言いに、何か言い返してやりたいが、僕の口から出るのは血反吐のみ。


 おそるおそる視線を胸元に向けると、剣の先端がそこから飛び出していた。


「俺らを騙せるとでも思ったかよ」

 

 ここに僕を連れてきた男の嘲笑を最後に、僕の意識は真っ暗な闇の中に落ちていくのであった。

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