第14話 悪童の絶望

 何があったんだ……。

 オレは身体の痛みで意識を取り戻した。


 立ち上がろうにも、手足が折れていて、身動ぎするだけでも激痛が走る。


 そんなとき、意識を失う寸前に聞こえたドルムルの言葉が脳裏をよぎる。


 ―――ああそうだ。お前の妹に買い手がついたから連れて行くぞ


 まさか。


 焦る思いとは裏腹に、身体が前に進まない。


 片目も潰されたようで、ろくに前も見えない。

 這いずるように妹のもとに向かうが、そこはもぬけの殻。


「あっ、あああ…………」


 オレは目の前の現実に絶望する。

 身体の弱い妹。

 それが攫われた。


 買い手?


 何だよそれ。


 ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう……。

 どうしてこんなことになるんだ。


 せっかく、せっかく、まともな道に戻れそうだったのに。

 あまりにも自分が無力で涙が止まらない。


 オレは泣きながらも必死にこれからのことを考える。


 どうすればいい、どうすれは……。


 官憲か?

 ダメだ。

 アイツらは袖の下をもらって、ガドルたちの悪事を見逃している。


 誰も信じられない。


 頭の中でそんな言葉がグルグルと回っている。

 焦っているのにアイデアが浮かばない。


 そんな時、ふと思い出したのがあのお人好しの顔だった。


 アルバートと名乗る青髪の男。

 ヘラヘラしていてどこか抜けている。

 だけど、アイツだけはオレの言葉を聞いてくれた。

 オレに更生の機会を与えてくれた。


 迷惑をかけてしまうのではないかと、一瞬だけ躊躇するが、すぐに思い直す。

 もしも助けてもらえるなら、オレの人生をアイツの下働きとして過ごしてもいい。


 そう決意したオレは、路地裏を出ると、とある宿屋に向かう。

 そこは昔、オレたちが住んでいた孤児院を改装した宿屋。



 新しい孤児院では良い思い出は無かったが、古い孤児院は穏やかな日々の象徴だった。

 妹も他の孤児も、そこでは楽しく暮らしていた。

 願わくばあの頃に戻れていたら……。

 

 そんな昔の思い出を辿るように、ひとつ。またひとつと路地を曲がっていく。


 どれくらい這いずり回っただろうか、体全体に走る痛みを歯を食いしばって耐えて、オレはついに目的の場所にたどり着く。


 宿屋の裏口が見えてきた。


 そう安堵したのがいけなかった。

 これまで張り詰めていた気持ちの糸が、緩んでしまったのだ。


 あっという間に目の前が真っ暗になる。

 

 ダメだ!

 ここで倒れていては、そう自分自身を鼓舞するも、意識が深い闇の中に落ちていくのであった。



「おい、エギル!おい!」


 目を覚ましたオレは、で、オレの肩を揺する男の顔を見返した。

 そこにいたのは、オレが頼ろうと思っていた男だった。


「アル……」

「ああ、そうだ。目を覚ましたか?良かった。とにかく、こっちに来い、何があったんだ?」


 オレは男に手を引かれて宿屋の中に入る。

 そんなに引っ張るなよ、身体が痛……くない?


 慌てて身体をあちこち触りまくるオレ。


「ひどい怪我だったな。まぁ、もう大丈夫だ」


 オレの様子を見てそう話す男。

 いやいやいやいやいやいや、何をしたんだよ。



 オレの怪我が完治していた。 

 

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