第11話 悪童の希望

 オレはその日、訳のわからない男に出会った。


 一見すると頼りなさそうな優男。

 話してみると、さらに頼りがいが失われていくほどの器の小ささ。


 だが、何となく憎めない男だった。


 名前は【アルバート】

 オレは勝手に【アル】と呼ぶことにした。



 財布をすろうとして失敗し、その償いとして街の案内をさせられたオレだが、途中からそんな償いも悪くなかったなと思えてきた。


 というのも、アルはおそろしいほど人の話を聞くのが上手いのだ。

 こんなガキのとりとめのない話を真剣に聞くかと思えば、くだらないことでも過剰とも思えるほどに大喜びする。 

  

 正直、やっていて楽しかった。


 アルは、自立しようと決意して旅に出たのはいいが、収入を得る手段がなくて冒険者に登録したばかりだとか、トカゲや鳥なら倒せるがそれ以外の荒事には弱いとか。


 コイツ、本当にこの弱肉強食の世で生きていけるのかと心配になりそうなほどヘナチョコだったが、それでも何故か周りが何とか助けてやろうという気持ちにさせられる男だった。 


 だからついオレも、格安だが評判のいい宿屋や、食堂。

 街の噂話なんてのまで教えていた。


「いやぁ、助かったよ。お前がいなかったら冒険者ギルドにたどり着けたかどうか」 

「だな、感謝しろよ」

「ああ、それじゃ助かった」


 そんな街の案内も、アルを冒険者ギルドに連れて行った段階で終了となった。

 名残惜しかったが、アルはこれから街の溝さらいの依頼を行うという。


 聞いていたとおり、本当にEランクの冒険者だった。

 本人はおかしいなと首をひねっていたが、受付の強面のオッサンには言い返すことができずに、一方的に依頼を押し付けられたようだ。


 ご愁傷さま。


 そろそろオレも、何か金策をしないと路地裏の上納金を払えなくなる。

 盗みは……何かアルが悲しそうな顔をすることを想像したら、やる気がなくなった。

 知り合いの食堂で雑用でもやらせてもらおうか……。


 そんなことを考えながら、アルに別れを告げると呼び止められる。


「エギル、ちょっと待って」

「……あん?」


 すると、アルはちょっと逡巡しながらも、最後には思い切った様子で腰の財布をオレに放って寄越す。

 意味の分からなかったオレは、思わずアルに聞き返す。

 

「おい、これは何だよ?」 

「ああ、そこには多少金が入っている。まず上納金とやらを支払ったら、警吏の詰め所に行ってこれまでの罪を洗いざらい話せ」

「バッ……バカ野郎、そんなことをしたら……」

「いや、この国じゃ、軽い窃盗なら、自首をして盗んだ分よりも多くの金を警吏に支払えば罪を減じられる法律があったはずだ」

「はぁ?そんなこと聞いたことがねえぞ」

「いや。まちがいなくある。かつて、初代勇者が勝手に家に入ってタンスを開けたり、壺を叩き割ったりして他人の財産を持っていったことがあって、それを問題にしないために作られた法律だ」

「初代勇者って何百年も前のことだろうが!ってか、初代勇者は何してんだよ……」

「初代は異世界からやってきたって話だからな……」

「そんな、初代勇者の話は聞いたことがないぞ」「そのあたりは気にするな。多く払った金は警吏が被害者に還付してくれることになっているから、それも問題ない。もっともそれは、届け出た被害者にだけだから、法の不備と言えば不備なんだがな」

「そんな法律が……」

「ある。オレはついこの間までそんな勉強をしてたんだから」


 アルのそんな真剣な目に、オレは思わずアルの財布を握りしめて頷く。


「分かった」

「よし」

「ってか、どんだけ入ってるんだ……げっ!?」


 何気なく財布の中を覗いたオレは、あまりの大金に驚きを隠せない。   

 金貨が数え切れないほどゴロゴロしている。 


「おおおあお……おい、これは……」

「ちょっと、王都で臨時収入があったんだよ。病気の妹がいるんだろ?残った分で、どっか別なところに移り住んで、まっとうに生きろ。お前は機転が利くんだから、それくらいできるだろ?」

「アル……」

「頑張れよ」


 そんな激励の言葉にオレは黙って頭を下げる。  

 何か言おうとすれば、涙が流れて来そうだからだ。

 そうして、オレがアルに背を向けると、再びアルに呼び止められる。


「………………やっぱり、金貨一枚だけ置いていってくれない?」

「…………はぁ」


 ったく、締まらねえ男だよな。


 オレは瞳に涙を浮かべながらも、笑顔でアルに一枚の金貨を放り投げる。

 するとアルは、人好きのする笑顔を浮かべて礼を言う。


「ありがとう」

「いや、ありがとうはこっちだろ」


 そんなグダグダした会話を終えて、オレはアルと別れて家路につく。

 今日は妹へのいい土産話が出来たと、口元をほころばせながら。


 今日はもう遅いから、警吏の詰め所に行くのは明日にしよう。

 オレはきっちりと罪を償ったら、新しい人生が開けることを期待して。



「でさぁ、本当にそいつは世間知らずなんだよ。昨日なんて、どんなとこか理解しないで【アウレア】に入って最上階に泊まったらしいぜ」

「アウレアって、あの最高級ホテルの?」

「ああ、風呂に入りたいって言ったら、スイートルームに通されたらしい」

「スイートルームって……」

「一泊で金貨一枚だとさ」

「金貨……」

「危なっかしいヤツだよ」


 オレは路地裏のボロボロの住処に帰ると、薄っぺらい布団に横になっている妹の【エイル】に今日あった出来事を話して聞かす。

 あのお人好しのおかげで、栄養ある食事も買ってくることができた。


 これで罪を償えば、こんな路地裏クソみたいな場所から抜け出せる。

 

 そんな期待を抱いていた。

 

 ――――このときまでは。




 突然の破壊音とともに、住処のドアが吹き飛ぶ。

 こんなボロボロの家でも、一応はドアだ。

 そう簡単に吹き飛ぶような代物ではない。


 言いようのない危険を感じたオレは、とっさに玄関に向かう。

 するとそこには、大きな棍棒を担いだ大男と、それに続いて住処に入ってくる男たちの姿があった。


「【ドルムル】!何しやがる!きっちりと上納金は払ったはずだろう!」

  

 オレは突然の凶行に、声を荒げる。

 何故なら、そこにいたのは先ほど上納金を払ったばかりの路地裏の主の配下の者たちだったのだから。


 上納金を収めさえすれば、住処と身の安全は守ってもらえるという約束のはず。

 

 そんなオレの考えを見透かすように、棍棒を担いだドルムルが醜く顔を歪ませて、オレを見下すように話す。


「エギルちゃ〜ん、今日はだいぶ儲けたみたいじゃねえか」

「何だと?」

「アウレアに泊まるような金持ちからだいぶ巻き上げたって聞いてるぜ?何、うまいことやったんだよ。ケツでも差し出したかぁ?ギャッハッハ!」


 聞くに堪えない言葉を得意気に話すドルムル。

 それに媚びるように、周りの男たちも下卑た笑いを上げる。


 クソが。 


 どうやら、アルとのやり取りをどこかで見られていたようだ。

 もしかすると、誰かが先に目をつけていた獲物を横取りしてしまったのか?


 この危機的な状況に、オレは頭の中でどうしてこうなったのか、ここから逃げる方法はあるのかを必死で考えている。


 すると、背後から歓声が上がる。


「おおっ、スゲー入ってるぜ!」

「マジかよ……うわっ!」

「ゲヘヘヘヘヘ、これでしばらくは遊んで暮らせるな」 

 

 ふざけんな!

 それはオレたちが新しい人生を歩くための希望なんだよ。


 オレが財布を持つ男たちにすがりつく。

 

「何だコイツ」

「ウゼエんだよ」 

「ぐはぁっ」 


 だが、数の暴力には勝てずに引き離されてしまう。


「少し教えてやらねえとな。おい」 

「分かったぜ」

「ガキ、少し痛い目にあってもらうか」  


 ドルムルの言葉に男たちが答えて、オレを殴りつける。

 目の奥に火花が散ったような感覚。

 その後に顔面に激しい痛みを感じる。

 うずくまったところを、四方八方から蹴り上げられる。


 身体を丸めてうずくまるオレ。

 気を抜けば意識を失いそうになるが、ここで諦めたら人生はやり直せない。

  

 口の中に鉄の味が広がっていく。


 どれくらい殴られただろうか、どれくらい蹴られただろうか。

 永遠にも感じられる時間の中、ついにその時がやってきた。


 男たちが殴り疲れ、気が緩む瞬間。


 オレは財布を持つ男の腕に噛み付いた。


「痛え!」


 オレはもう片方しか見えなくなった目で、男が財布を落すのを見る。

 

 今だ。

 

 財布に手を伸ばしたそのとき、オレの腕が何かに潰される。


「ぎゃあああ!!!!!」 


 何があったかを理解する間もなく、視線を上げるとそこには迫りくる棍棒。

 こうしてオレは意識を失った。


 意識が遠のく瞬間、ドルムルの声が聞こえた。


「ああそうだ。お前の妹に買い手がついたから連れて行くぞ」 

  

 ふざ………けんな。

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