第10話 愚者の宥恕
突然ぶつかってきた子どもが、なぜか僕の目の前で地面に這いつくばっている。
ぶつかった拍子に、子どもがひっくり返ったので、とっさに無詠唱で【
これはあれだ、東方の島国に伝わる最上級の謝罪【ドケザ】ってヤツだ。
うわあ〜、初めて見たな……などと現実逃避をしてしまったが、僕はこの状況をどうにかしなければならない。
「何あれ?」
「子どもに謝らせてるみたいよ」
「うわっ、大人気ない……」
「でも、子どもって言っても路地裏のよ」
「あ〜あ、なら仕方ないわね」
僕らの様子を覗っては、ひそひそと内緒話をする奥様方の声が聞こえてくる。
路地裏?
仕方ない?
意味が分からないが、僕らはどちらもあまり良いことは言われてないようだ。
「ほら立って」
僕はやや強引に少年を立ち上がらせると、そのまま手をひいて、そそくさと大通りから建物の陰に隠れる。
そこで、詳しい話を聞くことにしよう。
「申し訳ありませんでした」
【エギル】と名乗った少年は、くすんだ金髪と利発そうな顔つき、三白眼で、鮮やかな青眼に茶色が混ざった珍しい虹彩の瞳からは意志の強さが感じられた。
身なりを整えれば、貴族の子弟と言われても信じてしまいそうだな……。
そんなことを考えていたら、また謝られてしまった。
幸いにもドゲザではなかったので、奇異な目で見られることはなかった。
「何だか分からないけど、もういいよ」
「ホントか……ホントでしょうか?」
「ああ、別に言い直さなくてもいいよ。それよりも、どうしてそんなに謝るんだい?」
「えっ?オレがしたことを気づいてたんじゃないのか?」
「何を?」
「財布をすろうとしたこと……」
「…………はあ?」
興奮して少年はついつい本当のことを漏らしてしまう。
どうやらこの少年は、僕の財布をすろうとしたようだ。
だけど、財布をするために僕にぶつかったときに倒れてしまったと……。
「君の身体はどっしりとしていて、まるで岩石のようだね。それは、体幹がしっかりと鍛えられているからだ」
過去に、次兄からそう褒められたことを思い出す。
そっかあ〜、弾き飛ばされたのを何かされたと思い込んじゃったんだな。
じゃあ、わざわざ魔術を展開したことは話さなくてもいいかな?
「何だよ、てっきり達人なのかと思ったぜ。それじゃあな……ぐえっ!」
安堵した少年が立ち去ろうとするのを、僕が少年の襟首を掴んで留める。
「ちょっと待った」
「何だよ、もういいじゃねえか!」
「いいわけないだろ!僕の財布を盗もうとしたなら話は別だ」
「さっき謝ったじゃねえか!」
「何に謝っていたのか分からないから無効だ」
「ふざけんな!今さらかよ!」
「ああ、僕は器の小さな男だ」
だてに【愚者】と言われてないぞ。
「だから、お詫びとしてこの街を案内してもらおうか」
「へっ?」
「僕はこの街に来たばかりで、何がどこにあるのか分からない。だから案内役をしてもらう」
「ああっ?誰がそんなことを……」
「なら、このまま警吏に引き渡す。財布をすられそうになりましたってな」
「汚えぞ……」
「何とでも言うがいいさ」
僕は悪い笑顔でそう告げる。
こうして僕は、エギルという少年に出逢ったのだった。
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