出会いの章

第8話 愚者の郷愁

8話と9話を入れ替えています。

コチラのほうが自然かなと。


お手数ですが、そちらもご覧下さい。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 助けた少女――リンフィアと別れてから、僕はあちらこちらと彷徨って、ようやく人のいる街に戻って来れた。


 それというのも、僕の金貨を持ち逃げした【八咫烏やたがらす】を追いかけ回していたら、やたらと深い森の中に連れて行かれてしまったからだった。


 八咫烏は、なかなか手ごわい相手だった。


 八咫烏ヤツは、空を飛べる利点を生かして、僕から逃げ延びようとしたのだが、そうは問屋が卸さない。


 僕は必死に飛翔魔術を駆使して、山奥にある八咫烏の巣まで追いかけたのだった。




 そう言えば、途中でトカゲに襲われてた冒険者たちは大丈夫だったかな?


 怪我をして動けない人もいて大変そうだったんで、とりあえずは、すれ違いざまに治癒魔術をかけつつ、トカゲは両断しておいたんだけどさ。


 僕は、貴重な財産を取り戻すのに忙しかったから、それ以上の手伝いは出来なかったんだけど。


 まぁ、僕程度が助けるなんておこがましいことだけどね。


 閑話休題。


 そうこうして僕は、長い追跡を経て八咫烏の巣までやってきたんだけど、そこには八咫烏のつがいと赤ちゃんたちがいた。


 八咫烏の番は赤ちゃんたちを助けようと、耳障りな鳴き声で僕を威嚇する。

 それとは対象的に、赤ちゃんたちはピーピーと可愛らしい鳴き声を上げていた。


 子どもたちを守るために、必死な親たちか……。

 こんな相手を、倒さなきゃならないなんて心が痛い。




 …………まぁ、全部食べちゃったけどね。


 すまんな、弱肉強食の世なんだよ。 


 

 こうして、奪われた財産……金貨一枚を取り戻し、腹も満たした僕は、自分がどこまでやってきたのだろうという当たり前の疑問をようやく抱く。


 そこは森だった。

 周囲を見渡すと、空も見えないくらい一面に生い茂った木々。


 空を飛べばいいのだろうが、あれは墜落や暴発の危険性があるからそうそうと多用は出来ない。

 そう言えば、必死だったから忘れていたけど、飛翔魔術って特級クラスの禁呪だった……。


 そんな訳で、僕は早々に飛翔魔術を諦め、森の中で生き延びるために、サバイバルに励むのであった。 


 もう何度目の日の出を迎えたろうか、髭の伸び方からすると、もう一週間近くは彷徨っているらしい。


 幸いにも食事は向こうからやってきてくれるので、腹を空かせることはなかったがパンを食べたい。

 

 もう焼いた肉に塩コショウだけの生活は嫌だ。




 そんな地獄の日々も、ようやく終わりを迎えることになった。

 木々の先に道が見えてきたのだ。

 明らかに人や馬車が行き来して出来た道だ。


 僕が歓声を上げて森を出たのは言うまでもない。

 道に沿ってしばらく歩けば、目の前に大きな街が見えてきた。 


 こうして、長い回り道をしつつ、僕は【トランシトゥス】の街に足を踏み入れたのであった。 




 僕の薄汚れた姿に、周りの人の視線が痛い。


 気のせいか周りの人が離れていくような……。 

 そんなに臭いかなぁ?


 ちゃんと、水浴びはしてたんだけどなぁ。


 そこで僕は、目についた宿屋に飛び込む。

 街でもひときわ目立つ場所にある宿屋だ。


 受付のお姉さんに聞けば、部屋には風呂が備え付けらしい。

 それは素晴らしい。

 久々に人とお話する高揚感に、僕は冷静ではいられなかったようだ。

 僕はお姉さんに一泊することを告げるが、宿泊料金を事前に聞いていなかった。  


 ………………え?金貨一枚?


 一泊だよ? 

 マジで?


 そもそもここは宿屋じゃなくてホテル?


 今さらキャンセルは……ダメですよね。


 受付のお姉さんから漂うプレッシャーに負けて、僕はなけなしの金貨を支払う。


 あんなに必死に取り返した財産が……。



 僕は泣く泣く金貨を手放すと、案内された部屋に通される。

 そこは街を一望できる、素晴らしいロケーションの部屋だった。


 うん、森であれだけ苦労したんだ。


 今だけは贅沢もいいかな?


 僕はそう思い返す。

 それなら、徹底的に楽しまなければ損だとばかりに、さっそく部屋に備え付けの風呂に入ることにする。


「うわ〜。すっげ〜気持ちいい!ふひ〜」


 あまりの気持ちよさに気の抜けた声が漏れる。

 僕は久しぶりの入浴を満喫した。

 

 ふと僕は、かつて義兄弟たちと一緒に訓練後に風呂に入ったことを思い出す。

 そこは、我が家の一角にあった天然の露天風呂。

 汗を流すために、よくみんなと入ったものだ。


 かけ湯すらせずに、そのまま湯船に入ろうとする長兄。

 それを呼び止めて、問答無用で長兄の頭から湯をかける次兄。

 末弟は、熱い風呂が苦手で、湯を冷ますための水の蛇口から離れなかったなぁ。


 今思えば【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】の訓練の日々も悪くなかった。

 厳しい訓練ばかりだったけど。


 そんな郷愁に浸る僕。


 現状に満足しそうになるが、僕は頭を振って考えを改める。

 いけない、いけない。

 このホテルの宿泊費を払ったせいで、僕の全財産が心もとなくなってしまった。


 明日には、この街の冒険者ギルドに顔を出す必要がある。 

 また働かなくちゃいけないのか……。

 面倒くさいなぁ……。


 そんなことを思いつつ、僕は深く湯船に浸かるのであった。

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