第7話 受付の離反

 女性って、男性からの視線ってすぐに分かるんですよ。

 それが、特定の部位だったらなおさらです。 


 どうして気づかないと思ってるんでしょうか。


 私の名前は【ソフィア】

 帝都の冒険者ギルドの受付嬢です。


 私の仕事は、顧客からの様々な依頼を、適切なランクの冒険者に割り振ることです。

 時にはやや高めの依頼を斡旋あっせんして、冒険者の成長を促し、時には明らかに役不足の依頼を周旋しゅうせんし、冒険者に自身をつけさせる。


 そんなやり甲斐のある仕事ですが、時にはあえて冒険者を死地に赴かせることもあります。

 顧客からの要請で、どうしてもその冒険者の能力を越える依頼を振り分けなくてはならなくなったときや、ギルド上層部からの指示で、危険な依頼であることを伏せつつ振り分ける場合です。

 前者は顧客がその冒険者を気に入っていて、早くランクアップさせたいがあまりに無茶な指名依頼を寄越す不幸なケースで、後者は何らかの理由があって、犠牲になることを前提とした不愉快なケースです。


 そして今回、そんな不愉快なケースの犠牲者となったのは、先ほどからチラチラと私の胸を盗み見ている青い髪の男性でした。

 

 名前は【アルバート】

 年齢は18歳。

 あの有名な【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】4兄弟の三男で【愚者】と呼ばれている人物でした。

 やや、タレ目がちで柔和な風貌。

 体つきは引き締まっているようにも見えますが、どことなく腑抜けた雰囲気というか、何となく覇気がないというか、とうていと強いとは思えません。


 そして、【愚者】と言えば、義兄弟たちの中で最も勇者に不適格と聞いています。


 そんな人物に斡旋する依頼が、【餓狼】に攫われた王女の情報収集でした。

 一見すれば何のことはない依頼にも思えますが、相手はあの【餓狼】です。

 自分たちを調べている者がいると知れば、たちまち捕えて苛酷な尋問が待ち受けていることでしよう。


 おそらく、ギルドマスターの狙いは【愚者】が殺されることを前提で、ゆくゆくは【覇王】【聖者】【勇者】をこの件に引きずり込むこと。

 そもそも、全世界から蛇蝎のように忌み嫌われている【餓狼】絡みの仕事など、どんな高ランク冒険者でも受けてくれるはずがありません。

 実際に、当ギルドで打診した冒険者たちは何らかの理由をつけて全て断ってきています。


 何かしらの動きをしなければ、帝国に処罰される以上、冒険者に依頼を出したという体を取る他ないのは分かります。

 ですが、それを冒険者に成りたてで、何も知らない彼に全て背負わせるなんて。


「頑張ってくださいね。でも、無理だと思ったら、依頼を破棄してもらっても構いませんからね」

「はっ?ああ、そうですか。ありがとうございます」


 何も理解していないようにヘラヘラと笑う彼の姿に、私は良心の呵責に苛まれるのでした。


 もう、この仕事を辞めよう。


 このとき、私はそう決心したのでした。

 無事に帰ってきてくれれば、こんな胸なんていくらでも見て構いませんから、どうか無事に帰ってきて下さい。 


 地獄への片道切符を渡していながら、そんな都合のいいことを考える自分に、私は自己嫌悪を覚えるのでした。



 そうして、彼を送り出してから数日後、彼が帰ってきました。

 王女様を無事に助け出して。



 ………………………………はぁ?



 私はあまりのことに現実を疑いました、

 ええ、つねったほっぺが赤くなっているので、間違いなく夢ではありませんね。


 

 その後は、怒濤の展開でした。

 王女様の話を聞けば、【餓狼】を殲滅した可能性も…………いや、あの言い方であれば間違いなく殲滅していることでしょう。


 今回のことを画策したギルドマスターは慌ててアルバート様に、自分のおかげだと言わせようとして、逆にダメ出しを食らっていました。

 【怜悧】キグナス大公様に尋ねられましたので、正直に無策だったとお答えしました。

 ギルドマスター、どうしてそんな裏切られたような目で見ているのです。

 私はもう辞めるつもりですので、あるがままお話ししますが?

 

 それよりも、あの冷静な大公様が鬼の形相であなたを見つめていますが、大丈夫ですか?


「受付嬢さんの言葉で励まされました。ありがとうございました」


 私が【餓狼】の情報収集の依頼達成分の報酬を準備すると、アルバート様がそうおっしゃってくれました。


「人を導くことってなかなか出来ませんよね。僕は、すごいと思います」


 そんなことを、たどたどしく伝える彼は、どこか落ち着かない様子です。

 おそらくは、私が落ち込んでいる姿を見て、全ての事情を理解されたのでしょう。

 そして、私を力づけるためにわざわざそんな言葉をかけてくれたのだと。


 胸がいっぱいになった私が、思わずアルバート様の手を両手で握りしめて、涙ながらにお礼を繰り返します。


「ありがとうございます、ありがとうございます……」

「いや、その……。泣かないで下さいよ……」


 どこか困ったようなアルバート様の声が聞こえて来て、私はようやく落ち着きを取り戻します。


「す、すみません。感極まってしまって……」

「いえ、僕は別に……」


 気まずそうに、そう答えるアルバート様の様子がどこか愛おしくて、つい笑みが漏れてしまいます。


「じゃあ、僕はこれで……」

「あっ、盗賊団の討伐報酬は……」

「いらないです」 

「でも、そういうわけには……」

「なら、恵まれない子どもたちに配って下さい」


 そう言い残して、そそくさとギルドを出ていく彼。

 私が人前で泣いたせいで、余計な気を使わせてしまったようです。

 どこか申し訳ない思いを抱きながらも、私はアルバート様の残した大問題について頭を悩ませることになります。


 この問題を誰に伝えれば……。


 そんなことを考えていた私に、優しい声がかけられます。


「どうかしたのかい?」


 声の方を見上げれば、そこには大公様。

 どうやら、ギルドマスターは遅れてやってきた護衛に全てお任せしたようです。


「実は……」


 私がこの問題について正直にお話しすると、大公様もあまりに大きな問題に、一瞬顔を曇らせます。


「それじゃあ……」


 ですが、すぐにいい考えが浮かんだのか、笑顔を浮かべてひとつの提案をします。



「はい、誠心誠意務めさせていただきます」


 そして私は、その提案に即答したのでした。







 数年後、大陸にひとつの財団が設立される。


 その名は【アルバート財団】

 またの名を【愚者財団】


 その財団は大陸全土の、親や住む場所を失った子どもたちに救いの手を差し伸べて、最低限の生活の場と教育を与えることを目的として設立された。


 その財源は、大陸全ての国々がかけていた【餓狼】の討伐報酬。

 総額は大国の国家予算数年分と言われているが定かではない。


 財団設立の代表は、元王都ギルドの受付嬢【ソフィア】

 彼女は、アルバートの教えを活動方針として掲げ、魔王に荒らされた世界の復興に尽力したのであった。


 愚者ゆえに他人を見下さない

 愚者ゆえに向上心を忘れない

 愚者ゆえに優しさを失わない


 後世において【愚者の誇り】と呼ばれる、人として正しく生きるための規範は、このときに生まれたとされる。


 こうして、ひとりの愚者が無意識のうちに投じた優しさが、大陸全土に広がっていったのであった。






「僕、そんな大がかりなことを望んだわけじゃなかったのに……」




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


これにて完結。

なんか、書いているうちに面白くなって、いろいろと増えてしまいました。


何となく、続きも書けそうな雰囲気もありますね。 



とりあえず、★の評価が200を越えたら、連載も考えたいと思っています。

面白いと感じた方がいらっしゃいましたら、評価をお願いします。


なお、拙作

『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』

『紅蓮の氷雪魔術師』

の2作品は連載中ですので、ご一読いただけると幸いです。


 ヘ ︵フ

( ・ω・)/

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