第6話 紳士の嚇怒
【キグナス大公爵】それはウルサ・マヨル帝国において、最も格式の高い貴族を指す。
その現当主である私【レイクロフト】は、現帝王の実弟であり、国の舵取りを行う宰相職にあった。
いわば、自他ともに認める帝国のナンバー2である。
そんな私の目下の悩みは、帝国の至宝とまで呼ばれた姪の【リンフィア】第一皇女の誘拐であった。
容姿端麗、聡明叡智。
民を思いやる気持ちに溢れ、大衆からの支持も厚い。
わずか9歳にして、既に時期帝王の呼び声が高い少女であった。
もちろん、息子ばかりしかいない私にしても、実の娘のような存在だ。
そんな少女が過日、悪名高い盗賊団【餓狼】の標的になったのだ。
誘拐された姪を助け出すため、当家の暗部だけでなく、帝国情報局および帝国騎士団を総動員して情報の収集にあたるも成果は得られなかった。
それだけでも、【餓狼】の情報統制がいかに徹底されているか、団員がいかに練度の高い者たちであるかをうかがい知ることが出来た。
世界を股にかけてあらゆる悪事に手を染める【餓狼】を、一種の天災と呼ぶ者が存在することも否めないだろう。
【餓狼】からの要求は、帝国の国家予算に匹敵するほどの身代金であった。
帝王である兄からは、それくらい支払っても、問題はないとの言質を得ているが、それでは国が傾く。
ゆえに、私自らが身代金の減額を交渉することになった。
大切な商品と見られているうちは、姪が危害を加えられることはないだろう。
だが、この交渉が決裂したら?
迫る交渉日を前に、私はその責任感の重さに押しつぶされそうになっていた。
そんなある日、情報収集を依頼していた冒険者ギルドから連絡が届く。
どうやら、何か動きがあったようだ。
「は?」
「重ねて申し上げます。本日、リンフィア姫の救出に成功。現在は当ギルドにおいて、ご滞在頂いております。なお、未確認情報ではありますが、この際に【餓狼】の殲滅にも成功したとの由」
何があったのか理解できなかったが、とりあえず私は取るものも取らずに、冒険者ギルドに向かうことにする。
護衛?
そんなものを待っている暇はない。
息せき切って私が冒険者ギルドに到着すると、リンフィアはギルドに併設された酒場にいた。
何でこんなところにいるのだ?
一国の王女だぞ?
貴賓室だのギルドマスターの執務室にいるべきではないのか?
私は責任者を怒鳴りつけたくなるのをぐっと堪えて、リンフィアのいる席に向かう。
リンフィアに近づくにつれ、彼女がこれまでにないほど可愛らしい笑顔を見せていることに気づく。
これまで命の危機にあったのだから、助けられた今となっては、それを喜ぶのは当然だと思っていたのだが、それが誤りだったと気づく。
彼女の微笑みは、憧れの人あるいは愛する人に向けるそれだったのだから。
何があってこうなった?
理解できずにいる私は、リンフィアの対面に座る男を見て全て理解した。
一見すると冴えない男に見えるが、帝国宰相として様々な人間と渡り合ってきたからこそ、その男の異常さが分かったのだ。
例えるなら、冴えない男の皮を被った龍。
あるいは活火山のように、その内部には熱く滾るマグマが流れているようなもの。
姪を助けてくれた礼をした後、その男の名を聞いて私は合点がいく。
男の名は【アルバート】
それはかの【聖者】が、義兄弟の中で最強と称していたほどの男。
私はこの男が、【愚者】とわざわざ名乗っているのは、何も知らない者に油断をさせるための策略だと看破する。
そうか……。
彼ならば【餓狼】から姪を助けることも可能か。
話してみれば、人となりもそう悪くないようだ。
あえて注文をつけるとすれば、やたらと自己評価が低いのは本人の性質なのか、あえての策略によるものかの判断がつかないことくらいだろう。
やがて、私達のもとにギルドマスターが、やってくる。
私にも挨拶すらせずに、必死でアルバート殿に話しかけているが、何かやましいことがあって、それをアルバート殿に口裏でも合わせてもらおうとしているのか?
私を誰だと思っている?
お前ほどの奸計を見過ごす程度の男と思っているのか?
私は一気に、このギルドマスターへの不信感が高まった。
必死で何かの言質を取ろうとしたギルドマスターであったが、その企みが成就することはなかった。
それどころか、アルバート殿から逆にダメ出しを受けて愕然とする始末。
このとき、冒険者ギルドが何の対策もせず、いたずらに時間だけを潰していたことを知ることになる。
これは帝国への明らかな裏切り行為だ。
このギルドマスターの周辺を洗いざらい調査した上で、然るべき措置をとるべきだと決断する。
ただで済むとは思うなよ。
その後、彼からとある資料を譲り受けた。
そこには【餓狼】が依頼主とどんなやり取りをしたのかが、全て記録されていた。
見れば今回の誘拐依頼の依頼主の欄にはよく見知った名前が……。
第一王子、あるいはその取り巻きの名前が散見された資料をありがたく受け取ることにする。
私に後事を託すということだろう。
任せてくれ、確実に息の根を止めてみせよう。
やがて、アルバート殿が挨拶もそこそこにギルドから立ち去って行く。
その前に、帝国、あるいは当家で働かないかと好待遇を約束するが、けんもほろろに断られてしまっていた。
彼の本質は、雲のように自由なのだろう。
私は彼を立場や役職、金品で縛ることは無理なのだと知る。
惜しいことだが、ここで無理に引き止めて関係を悪化させることは避けたい。
こうして私たちは、彼を見送らざるを得なかったのであった。
あと、リンフィア。
淑女が人前で「おっぱい」などと言ってはいけません。
なに?
おっぱいを大きくする方法?
そんなこと知らない……でも、娘を溺愛する兄上には申し訳ないが、リンフィアを全力で応援したい自分もいる。
王配としてリンフィアの隣に立つ、アルバート殿を見たくなったのだ。
そのときには、帝国は今よりもずっと面白い国になるだろう。
「まずは、当家の領地に住む胸の大きな女性の、食生活や普段の習慣を調査することから始めましょうか。共通するところがあれば、何かしら効果があるはずです」
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