第5話 愚者の出立

 僕が身なりのいい紳士と少女からの褒め殺しに遭っていると、ギルドが騒がしくなる。


 その雰囲気に、僕が受付の方に目を向けると、ちょうど軽薄そうな笑顔を浮かべた中年の男が、二階から降りてくるところだった。

 その後ろに、あの巨乳な受付嬢さんが続いているのを見れば、その男がギルドの上司なのだろうとすぐに予想がつく。


「ギルドマスターだ……」

「どうしてここに……?」


 耳をすませばそんなささやき声も聞こえてくる。

 どうやら、このギルドのトップがやってきたようだ。


「いやぁ、さすが、アル……アルデ……、アルフ……」

「アルバート様です」

「そう、アルバート君だ。私は君ならやれると思っていたんだよ」


 ギルドマスターは、僕らが座っている席にやって来ると、開口一番そう話し出す。

 依頼主の紳士や、少女とは話さなくてもいいのだろうか?


 何にも優先して僕と話したかったのだろうが、そもそも僕の名前をまともに覚えていなかったようで、後ろに控えた受付嬢さんからこっそりと教わっていた。


 聞こえてるぞ。 


 俺の名を言ってみろなんて、わざわざ聞くつもりはないけどさ。

 相手の名前を覚えておくのって、最低限必要なことなんじゃないかと思うんだが。


 まぁ、別にいいけどねと、僕はため息をつく。

 所詮は無能な僕だから、どこでもこんな扱いだし。


「功労者の名前すら覚えていないなんて」


 代わりに僕の隣に座る少女が、怒ってくれたので良しとしよう。


「……あう」


 僕はそんな少女の頭を撫でると、怒りを鎮めるようにとお願いする。

 僕のためを思ってくれてのことだろうけど、まだ幼い君がこんなことで気を悪くする必要はない。


「おやおや、これはこれは……」


 紳士が楽しそうにつぶやくが、よく分からない。



 そうして、少女が落ち着いた頃を見計らって、美辞麗句、社交辞令を並べ立てているギルドマスターの言葉を遮る。

 こんな感情のこもっていない言葉の羅列だけを聞いていても、何の役にも立たないので、さっさと終わらせよう。

 そこで、あえて話の途中で割り込んで話題を変えることにする。


 無礼なのはお互い様ということで、ここはひとつ許してもらおう。


「過分なお言葉ありがとうございます」

「なぁに、いくら評価してもし足りないくらいだ。すぐにランクアップの手続きをしようじゃないか」

「いえ、結構です。報酬をいただければ、すぐに出ていきますので」

「はぁ?何故だ?私は、君のことを高く評価してるんだぞ」


 ギルドマスターは、言葉の意味が分からないとでも言うように、眉間にシワを寄せている。


「私がこのギルドを高く評価していないのです」

「何だと?」 


 僕がそう告げると、ギルドマスターは怒りに身を震わせる。

 当然だろうね。


 それでも僕は、怯むことなく淡々と理由を告げる。  


「はい。このギルドの指揮能力が、いささか低いのではないかと思うのです」

「何が低いだと?貴様のような低ランクに何が分かると言うのだ」


 ギルドマスターが語尾荒く激怒する。

 本当であれば、適当に世間話をして終わろうと思っていたのだが、この偉そうな態度がムカついたので、徹底的にダメ出しをしてやることにする。


「そう、そこですよ。何故、今回のような依頼を冒険者に任せたのですか?」

「はぁ?」 

「このような幼気な少女が、囚われているとなれば緊急案件のはず。それを、どうして冒険者になりたてのこの僕に任せたのですか?」

「うぐっ……」

「聞けば、他に動いていた冒険者はいなかったとか。少女の命を軽んじたのですか?」

「いや、そっ、そんなことはない!誰がそんなことを……」


 慌てて否定するギルドマスターであったが、身なりいい紳士が射殺さんばかりに睨んでいるので、だんだんと言葉も尻つぼみになっていく。


「マスター、どういうことかね?」 

「【キグナス】卿、これは何かの間違いです。この者が適当に言っているだけで……」

「ならば、この件でギルドでは、どれほどの冒険者を動かしたのか答えてもらおうか」

「それは……」

「アルバート様おひとりです。他の高ランク冒険者を招集していましたが、まだ送り出すまでには至っておりません」

 

 言い淀んだギルドマスターの代わりに、受付嬢さんがそう答える。

 ギルドマスターは裏切られたとばかりに、受付嬢さんを睨むが、当の本人はどこ吹く風だ。  


「仮に、敵の動きが掴めないとでも言うのなら、虱潰しに情報を入手する必要があります。今回は相手が次々と痕跡を残してくれていたので、事なきを得ていますが、これがもっと格上の相手であったら?」

 

 僕がそうたたみかけると、キグナス卿と呼ばれた紳士がポツリとこぼす。


「公爵家の暗部を総動員で調べさせても、情報を得られなかったのだが?そこまで抜けていた相手では無かったと思うが?」 

「いえいえ、かなり痕跡は残してましたよ。足跡の消し方は雑でしたし、自分たちの匂いにも無頓着でしたしね。おかげで僕は、相手の規模も分かりましたし、アジトまでは匂いをたどるだけで着きましたしね」

「それは、一般人には無理だと思うが……」

「これだけ痕跡があれば、ウチの次兄なら敵の持病や嗜好品まで割り出してますよ」

「【聖者】殿か……」

「はい」

  

 そう力説する僕であったが、キグナス卿と呼ばれた紳士は納得してくれない。


 解せぬ。


「とにかく、初手が後手後手の上に、人選も間違っています。そんなギルドに何を期待しろと……?」

「うっ…………」


 そう尋ねると、ギルドマスターは二の句も告げないようだ。


「それとも、僕を犠牲にして、ウチの義兄弟たちを、この件に介入させようとでも考えていましたか?敵討ちだの、尻拭いだのと理由でもつけて」 

「ひいいいいいい!」


 僕がちょっと怒りを込めてギルドマスターを睨みつける。

 すると彼は、椅子から飛び降りて床で、頭を抱えてうずくまってしまう。 


「すまなかった。たっ、頼む。命だけはたすけてくれ。頼む……」

 

 それはまるで土下座のようにも見えるわけで……。


「とっ、とにかく。僕は報酬を貰ったら出ていきますね」


 ちょっとやりすぎたかと焦った僕は、そう告げると一方的に話を切り上げる。


「分かりました。すぐに準備します」


 受付嬢さんは、僕にそう答えると頭を下げてからカウンターに戻って行く。

 ギルドマスターは……もう、いいか。


 最後にいろいろあったけれど、こうして僕の冒険者としての初依頼は達成された。



「ふん、ふ~ん。ふ〜ん」


 ぷるん、ぷるん。

 ぷるん、ぷるん。


 受付嬢さんが、報酬を準備している姿を僕は鼻歌交じりに、ずっと見つめている。

 傍から見れば変質者だろうが、仕方のないことだ。

 ついつい豊かなお胸さまから目が離せなくなってしまうのは男の性だ。


「やっぱり女性はおっぱいですか?」

「そうだね。大きな胸には夢がいっぱい詰まってるよね」 

「よく分かりません」

「そっかぁ、もっと大人になれば分かるよ……ん?」


 ん? 


 僕は今、誰と話していた?

 背中に冷たいものを感じて恐る恐る振り返ると、そこには頬を膨らませて不機嫌な様子の少女が立っていた。


「結局、アルバート様は、おっぱいが大きい人が好きなんですね」

「い、いや、これは……その……」


 少女の教育的に、ものすごくマズイ話しをしてしまったのではないか。

 僕がそう考えて焦りまくっていると、ちょうど受付嬢さんに名前を呼ばれた。

 ナイスなタイミングです。


「はっ、はい!」

「こちらが今回の報酬です。それと、盗賊団の壊滅が確認されましたら報酬はどちらで受け取られますか?」

「ああ、そっちは別に構わないです。身寄りのない孤児たちにでも寄付して下さい」 

「………………………………………………はっ?」

「じゃあ、それで」


 報酬を受け取った僕は、挨拶もそこそこにギルドから立ち去ろうとする。


 が、少女に呼び止められてしまう。


 ですよね〜。


 胸の話を力説した後なだけに、何か気まずい。


「じゃ、じゃあまた。元気でね」 

「【リンフィア】です」

「えっ?」

「私の名前は【リンフィア】です」

「あっ、ああ。リンフィア」

「【リン】と呼んで下さい」

「分かった。リン。これでいいかい?」

「はい。ところで、こっそりお話したいことが……お耳をお借りしてもいいですか?」 

「ああ、いいけど?」


 そう言われた僕は身をかがめて、彼女に耳を向ける。


 ――――チュッ。


 すると、右の頬に柔らかな感触を感じる。


 えっ?


 思わず右の頬を抑えて立ち上がる僕。


 少女―――リンの方を見れば、顔をりんごのように赤くして、少々はにかんでいる。


「私からのご褒美です」


 その笑顔に僕は一瞬、心を奪われる。


 いかんいかん、僕はそっちの趣味はないぞ。


 慌てて気持ちを切り替えると、僕は挨拶もそこそこにギルドを出る。

 リンに何と言ったらいいのか分からず、あえて何もなかったかのように。


 ヘタレと言うなら、そう呼ぶがいいさ。


「アルバートさん、おっぱいが大きくなったら迎えに行きますね!」


 ギルドに背を向けると、後ろからそんな声が聞こえてくる。

 君は何をいってるのかな?


 たちまち、ギルドや街なかの人々から大きな笑いが巻き起こる。


 こうして僕は、恥ずかしさに耐えきれず、早足で街を後にするのであった。



 乱世となり、家を飛び出した僕。


 その選択が良かったのかどうか、今まで判断がつかなかったけれど、少なくともリンを助け出せて、彼女が笑ってくれただけでも大成功と言えるだろう。


 人を助けるために活躍している義兄弟には申し訳ないが、僕はクラゲのようにふわふわと漂うことが性に合っているみたいだ。


 僕は懐から1枚の硬貨を取出すと、大きく空に投げる。


「表が出たら右。裏なら左」


 どうせ、あてもない旅だ、こんな運任せでもいいだろう……と思ったのだが。


「えっ?ええええ!」


 硬貨を投げたのがいけなかったようだ。

 ピカピカ光るものが大好きな、三本足の烏【八咫烏やたがらす】が、それを空中でキャッチするとどこかに飛び去っていく。


「おい、おい、待てええええええええ!」


 それは貴重な生活費だぁぁぁぁぁぁぁ!

 こうして僕は、大慌てではるか遠くを飛んでいる八咫烏を追いかけるのであった。  


 何となくしまらない。


 でも、それもまた僕らしくていいんじゃないかと思うんだが、どうだろうか。


 こうして、僕の旅はまだまだ続いていく

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


短い間でしたが、お付き合いいただきましてありがとうございました。


これで、本編は終了となります。


このあと、紳士と受付嬢の閑話を書いて全て終わりにしたいと思います。


何となく書いているうちに話が広がってきて、もっと書けそうな気もしますが、今後の反響を見て考えます。


もっと、面白く出来そうな気もするんですよね。



続きを書くなら、タイトルもなんとかしたいな。

センスのいいタイトルって難しいですよね。



また、拙作二本は、鋭意執筆中ですのでご一読いただけると幸いです。


 無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜(毎日更新)

 紅蓮の氷雪魔術師(週一更新)


今後ともよろしくお願いします。



 ヘ ︵フ

( ・ω・) うりぼう


 


 



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