第3話 策士の誤算
「マスター、アルバートさん、アルバートさんが……」
冒険者ギルドの最上階。
ギルドマスターの部屋の豪奢な扉をノックもせずに開いたのは、ひとりの受付嬢だった。
本来、ギルド職員にとって雲の上の人物であるギルドマスターに対してそんな無礼を働くことは厳禁である。
だが、今は許可を得るのももどかしい、そんな緊急の事態であった。
「【リリー】どうしたね?」
そんな無礼な行為ではあったが、痩せぎすで軽薄そうな笑いを浮かべた部屋の主は、特に気にすることもなく、報告を待つ。
「ア、アアアアアア、アルバート様が、依頼をたっ、達成しました!」
「ほう。それで、囚われた少女は?」
「ごっ、ご無事です!」
慌てふためいている受付嬢の報告を聞いて満足そうにうなずくギルドマスター。
(どうやら賭けに勝ったようだね……)
とある上級貴族からの依頼を受けた冒険者ギルドは、まさに存亡の危機であった。
依頼―――囚われた少女の救出は、決して失敗が出来ない依頼であったが、攫った相手が悪かった。
帝国で最凶最悪の盗賊団と呼ばれる【餓狼】が相手だったのだ。
かつて最強とも謳われた冒険者【レギン】が率いる盗賊団は、力こそが全てを地で行っており、少なくとも冒険者ランクA以上の実力が無ければ、組織の末端にすら座することもできないほど。
『知恵も常識も要らぬ。ただ力のみがあれば良い』
レギンは居並ぶ悪党たちの前で、そう宣言したと言われている。
そうして作られた倫理感の存在しない集団は、欲望のおもむくままに強盗・強姦・誘拐・放火・殺人と、人の忌避する悪事を平然とやってのけるのであった。
尊敬を一身に集めた冒険者が、恐怖を一身に集める盗賊団の頭に。
何がレギンをそこまで墜としたのか誰も知らないが、ただ一つ確かなことは、帝国の闇とまで言われた集団こそが、彼の率いる【餓狼】なのであった。
そんな【餓狼】に拐われたひとりの少女の救出が、今回、冒険者ギルドにもたらされた
いくら依頼だとはいうものの、それが上位貴族を通してなされたものであれば、それは帝国の命令に他ならない。
もしもこの依頼を達成できなければ、最悪の場合、ギルトの取り潰しすらあり得る状況。
ギルトマスターは頭を抱える。
元SSランクの冒険者と、高ランクに匹敵する実力を持つ盗賊団員を倒せるものなど皆無であると知っていたからだ。
現在、この冒険者ギルドで動かせる高ランク冒険者は、Sランクがひとり、Aランクパーティーが3組だけであった。
そんな危機の中、彼は受付嬢のリリーから、今代【
本来、冒険者となるためには先輩冒険者や後ろ盾の貴族等の推薦が必要となる。
だが【愚者】はそれすら持たずにふらりと現れたようだ。
やはりその二つ名に誤りはないと、ため息をついた彼の脳裏にひとつの愚案が浮かぶ。
それは【愚者】を生贄に、その兄弟を今回の件に引き込むという下衆な策であった。
【餓狼】絡みの救出依頼を、何も知らない【愚者】に預ける。
万が一、いや億が一の確率で少女の救出に成功すれば万々歳。
おそらくはこちらが本命になるだろうが、【愚者】が【餓狼】に殺されれば、残りの兄弟に協力を依頼できるという算段だ。
【愚者】についての噂は聞き及んでいた。
曰く、その実力は他の兄弟に及ばない
曰く、どうしようもない世間知らず
曰く、救いようのないお人よし
まさに今回のためにいるような人材ではないか。
せいぜい、当ギルドのために犠牲となってもらおう。
そんな邪な考えで送り出した冒険者が、まさか依頼を達成するとは思ってもいなかったが。
彼は自らが賭け大勝利したことを喜ぶと、ゆったりと机上の紅茶を口にする。
(それにしても、よく無事で。何か特別な能力でも使ったのかな?)
おそらくは、今回の件の報復として、次に【餓狼】討伐の依頼も来るだろう。
それまでに、他の地区の高ランク冒険者を集める手配をしなければ……。
そんな思いを馳せるギルドマスター。
策士は常に二手三手先を読んでいなければ、この荒波を乗り越えられないのだから。
勝利の余韻に浸りつつも、そんなことを考えるギルドマスター。
「それと【餓狼】も討伐したとのこと。確認はまだですが、あの様子では間違いないかと。報酬はいかがしましょうか?」
ブウウウウウウウ!!
ギルドマスターは、望外な報告に飲んでいた紅茶を吐き出すのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
あと一話で終わるといったな。
あれは嘘だ。
もうちょっとだけ続くのじゃ。
まさか、書ききれないとは思いませんでした。
次回、最終話となります。
ヘ ︵フ
( ・ω・)
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