第2話 勇者の回想
歴代最強との誉れ高い今代の【勇者】は、旅の仲間とともに野営の準備をしていた。
黒い髪に引き締まった体躯、鋭い眼差しからは些細な悪すらも容赦しないという強い意志が感じられる。
彼の名は【ケイン】
【
だが、今の彼は、度重なる戦闘に疲弊し思わずため息をつくほど疲れ切っていた。
「……はぁ、やっぱり俺には荷が重すぎるんだよ」
「おいおいおいおい、天下の勇者様がため息たあ尋常じゃねえな。どうしたんだよ」
そう尋ねるのは【剣鬼】の異名を持つ仲間の剣士だった。
「俺なんかより、兄貴が【勇者】をやってくれれば、どれほど簡単だったか……」
「何だそりゃ?」
「俺よりも強い人がいるんだから、そっちがやつてくれれば、こんなに苦労はないんだよ」
この大陸のあらゆる人々は今代の【
人類の希望であるのだから、その継承者たらんとする者たちのことを知らない者がいるはずもない。
ゆえに、剣士もケインの義兄について知っていたので、それが誰を指すのか容易に想像がついた。
「【剣王】のことか?だが、あのお人は……」
「違う」
「えっ?じゃあ……【聖者】なのか?」
「違う」
「じゃあ、誰がいるってんだよ。継承候補者以外にも、この世には強者がいるってのか?」
「もうひとりいるだろ?」
「もうひとり……?誰のことだ?」
「俺の
「まさか……。まさか【愚者】のことか?」
「その言い方すると、僕だけじゃなくて他の
胡乱げな瞳で睨みつけるケイン。
剣士の背中に冷たいものが流れる。
「だっ、だがよ。【愚……】いや、お前のすぐ上の兄貴はあまり良い噂を聞かないぞ」
「どんな噂?」
「剣は剣王に劣り、治癒は聖者に劣り、魔術は勇者に劣るって……」
「それは確かにそうかも知れないけど、言葉が少し足りない」
「言葉って?」
「【紙一重で】って」
「どういうことだ?」
「剣は【紙一重で】剣王に劣り、治癒は【紙一重で】聖者に劣り、魔術は【紙一重で】勇者に劣るってこと」
「なん……だと……?」
「これくらいなら、あの人も出来るんだよ」
そう言ってケインは、魔術を発動させる。
「【
その瞬間、勇者の代名詞とも言える雷鳴魔術が、姿を隠して近寄ってきていた魔物たちを貫く。
「いつの間に……」
「とにかく、あの人は全てにおいて高いレベルでの次点なんだ」
「永遠のナンバーツーって訳だろ、だったらそれほど怖いことなんて……」
「考えてみてよ。さっきまで、互角の戦いをしていた剣士が、雷鳴魔術を放ってきたら?いくら斬りつけても聖者レベルの治癒魔術で回復されたら?」
「そんなこと……」
「あるんだよ。しかも、あの人の得意技は、【
「はぁ?」
「つまり、剣を振りながら魔術も使いこなせるんだ」
「はぁぁぁぁ!?なっ、なんだそりゃあバケモノか?」
「うん、間違いなくバケモノだと思うよ。実際、何でもありで戦ったときには、ウチの長兄すらボコボコにされていたからね……」
「あの剣王が……」
突然に知ってしまった事実に、青い顔をする剣士。
秘密を知ったがために、後で暗殺でもされないかと少しビクつく。
「な、ならどうして……」
「あの人は何でもできるくらい器用なのに、考え方だけは不器用なんだよ。剣士には剣で、治癒術師には治癒で、魔術師には魔術で勝たないとダメって思い込んじゃってるんだ」
「どうしてそんなことに……」
「なまじ
「うわぁ酷え」
「だろ?誰もあの人を肯定してくれる人がいなかったんだよ。一芸だけ秀でていた僕たちじゃダメだったんだ……」
ケインはそうつぶやくと、どこか遠い目で空を眺める。
「アルバート
「そんなことが……」
「可能性はあった。長兄も次兄も、もちろん僕も自分より下の者には絶対に頭を垂れることはないけど、あの人の下になら就くのも吝かではないって話したこともあったんだ……」
今は手の届かない可能性を想い、再びため息をつくケイン。
そんな彼のもとに【氷華】の二つ名を持つ女魔術師がやってくる。
「そんなアナタに朗報よ」
ふたりの会話が聞こえていたのか、訳知り顔の彼女は驚きの事実をケインに告げる。
「アナタのお義兄さんが【餓狼】を殲滅したみたいよ」
その耳を疑うような話しに、思わず剣士が割り込んで来る。
「はぁ?バカな!!アイツらはオレたちですら取り逃がした相手だぞ!しかもリーダーは……」
「ええ【
「メンバーも冒険者ランクで、Aランクは下らなかったはずだ。だからこそ、オレたちは手を焼いたのに……」
「しかも、リーダーは魔剣ごと真っ二つ。メンバーも生存者ゼロ。しかもか弱いお姫様を守ってだってさ」
「バカなそんなことが……」
「こうなると信じるしかないんじゃない?うちのリーダーの言葉を……」
そう女魔術師がまとめるやいなや、ケインが呵呵大笑する。
普段はどちらかと言えば表情を表に出さないケインの笑顔に、剣士も女魔術師も目を見開いて驚く。
「アァッハッハッハ!そうか……そうか、ついに表舞台に立つんだね、義兄さん」
目に涙を浮かべるほど笑ったケインは、荒々しく自分の手のひらで目元を拭うと、その表情が一変する。
「なら、俺もあの人に笑われないようにしなきゃね」
そこに先程までの疲れ切った表情はなかった。
「仮にも俺は【勇者】なんだ、やってやるさ」
ケインの瞳に情熱の炎が灯った。
―――
ただその想いひとつが、彼に力を与える。
もう、彼らに憂いはない。
こうして今、人類の希望が再び勇気を取り戻し立ち上がるのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
思った以上にキャラが動いたので、分割します。
次回、最終回です。
ヘ ︵フ
( ・ω・)/
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