第3話-3 隣のピュートーン

 突然、グループチャットに零士から写真が送られてきた。見慣れないピュートーンという単語とIBEXの文字を見るに、例の情報屋の張り紙だと分かる。他に何のメッセージも無いのが少し心配だが、今はこの情報を頼りに現場へと向かうしかなさそうだ。


 廃工場へと駆けていく途中、瀬里奈が話しかけてくる。


「布令はさ、どうして怪物に立ち向かうの?」


「みんなを守るため、ただそれだけだよ」


「すごいね、そんな理由で戦えるなんて」


 その返答がひっかかり、モヤモヤする。聞き返すタイミングを失った所で、前を走っていた彼女が立ち止まった。


「ここ……みたいだね」


 目の前に錆の目立つ大きな建物が佇んでいる。元々は電子部品を作る会社だったが、ダンジョン化現象により設備が被害を受け廃業となったらしい。

 IBEXはなぜこの場所にテラスが現れると予想したのか、そして情報を掲示する理由は何か。まだ不明なことばかりだが、とにかく前に進むしかない。


「そのための第一歩ね」


 脳内に響くアトラスの言葉に軽くうなずき、扉を開けた。

 設備は全て撤去され、鉄骨が剥き出しとなった空間が広がっている。


「何もいない……?」


「今回はガセネタだったかぁ」


 呑気にそんなことを話していると、大きな二つの蛇の顔が奥の暗闇からぬうっと現れた。ヒュドラよりも少し小さいが、それでも工場いっぱいいっぱいの巨体がとぐろを巻いている。


 周囲には生気を失ったような人々が、折り重なるように倒れているのが見えた。奴が彼らに何をしたのかは分からないが、人間に危害を加える存在であることは間違いない。


 奴は僕らに気が付くと、勢いよく首を突っ込んできた。僕が視線を向けると、瀬里奈は何かを察して建物の外へと退避する。


「アトラス!!」


 ガラガラと轟音を立てながら天井を突き破り、女神が現れた。


*      *      *


零士はフード姿の男を追いかけていた。

 男は軽やかに遺跡を飛び越える。構造を把握しているのか、尋常ではない運動能力の持ち主なのか、あるいはその両方か。

 行動原理も読めずただ彷徨っているように感じるが、追跡を振り切ろうとしていることは分かる。

 零士は路地に入ると先回りし、男の前に立ち塞がった。横から逃げようとする男の脇腹に蹴りを入れ遺跡の壁に叩きつける。だが、男は余裕そうに立ち直ると真っすぐに殴りかかってきた。

 常軌を逸した拳のスピード。軌道を予測して躱すが、掠めた髪からは煙が上がっている。


「おいおいマジかよ」


 続いて繰り出される蹴り上げを間一髪で避けるが、相変わらず眼で捉えることが出来ない。立て続けの攻撃をなんとか躱しながらも、防戦一方となっていた。


 そんな中で、男の動きにぎこちなさがあることに気付く。一つ一つの動きが大振りなのだ。身体を屈めて懐に入り込み、みぞおちに一撃を入れると、男の態勢が一瞬だけ崩れた。その隙を突いて首根っこを掴むと、そのまま力を込める。


「お前は何者だ?」


 もう片方の手でフードを引き剥がすと、予想だにしない顔が露わになった。


「あ……?」


 元未来建設小隊隊長、天童明日羅。


 動揺する零士を、明日羅は何事も無かったかのように投げ飛ばす。


「あんたが……何やってるんだ?」


 問いかけに何も答えない。その目はどこか虚ろで、感情を失っているようだ。


 明日羅は再び零士を攻撃し始める。鋭い拳と蹴り、次々に繰り出されるそれは明らかに人間の動きではなかった。周囲の環境を駆使し、あらゆる方向から飛び掛かってくる。


 避けるだけで精一杯な中、一瞬の綻びから遺跡の壁をぶち抜くほどの飛び蹴りが零士を捉えた。合わせて防御姿勢を取るが、軽々と吹き飛ばされる。


「こんなに強い人間が居てたまるか」


 血を吐きながら悪態をつく。起き上がろうと視線を上げると、明日羅がとどめを刺そうと近づいてくるのが見えた。だが零士は不敵に笑みを浮かべる。


「次に会う時は義手だな」


 内ポケットからリボルバーを取り出すと、躊躇なく明日羅に撃ち込む。


 銃声と共に右腕が吹き飛び、鮮血が噴き出した。罪悪感など覚えている暇などない。


 彼女がIBEX、もしくはその協力者であることは確実で、聞き出さなければならないことは山ほどある。そのために尊敬する者の腕を吹き飛ばすくらい、彼には造作もないことだった。


 明日羅は肘から先の無い右腕を静かに眺めている。

 悲鳴も上げず、息遣いにも乱れがない。類い稀な戦闘力の持ち主だとは言え、その反応はもはや人外であった。


 零士は立ち上がってぱっぱと埃を払うと、銃口を向けながら明日羅に近づく。


「あんた、あの馬鹿デカい変異体について何か知ってるんだろ?」


 こちらに顔を向けるわけでもなく、ただ黙って傷口を見続ける彼女に怒気を強める。


「聞いてんのか!あれだけの被害を出すような存在、知っててなぜ公表しないんだ!それともお前らが解き放ったのか!」


 依然として返答はない。

 零士は荒っぽくこめかみに銃を押し付けた。


「いい加減に答えろ、あんたのせいで瀬里奈まで巻き込まれてるんだぞ。妹が傷つくのは嫌じゃないのか?」


 すると、表情は変わらないまま口元が微かに動く。


「ち、がう……」


 上手く聞き取れない。だが、明日羅に何かが起きていることは分かった。

 傷口をよく見ると、何かが徐々に生えてきている。それはうごめきながら形を作ると、肩から先を別の生き物かのように変貌させた。

 震えていた先ほどの言葉が、今度ははっきりと聞こえてくる。


「ちがう」


 その瞬間、下から強く突き上げるような衝撃が走り、零士の身体は放物線を描くように吹き飛ばされた。




【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。

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