第3話-1 隣のピュートーン

 ヒュドラの討伐から数日。あれからも調査を続けていたが、手がかりは一向に掴めなかった。


 テレビでは連日、怪物関連のニュースが流れている。日本政府は従来の変異体よりも圧倒的な体躯を持った彼らを「超大型変異体」と命名。掘須地区にもテレビ局やメディア関係者が訪れるようになり、近所でもインタビューを見るようになった。


 そして、僕らの活躍も大きな話題となっていた。突然出現し、人間を助けるかのような行動を取り、痕跡を残さず消えてしまう褐色の巨人。人々は救世主だとか、天からの使いだとか呼んでいたが、最終的には政府の命名した「人型変異体」が定着した。


 被害が広がることを含め、テラスが見つからないことも不安だが、それよりも瀬里奈のことが気にかかる。二度もテラスに襲われているのに、彼女は依然として付いてくるのだ。


 実は彼女が心配だから本腰を入れていないというのが本音である。この前みたいな危険に晒したくないからこそ、僕はテラスを”見つけようとしていない”。


 一日の終わり、ベットに潜り込みスマホを開くと案の定瀬里奈から連絡が入っていた。明日の朝少し話さないか、という誘い。場所は先日初めてテラスと対峙したあのカフェ。


 何も言わずただ「了解」と返すところに自分の弱さが出ていると感じる。ただ、変に刺激したくもない、彼女がそれでいいのなら従うまでだ。


 僕はダメだな、と思ったところで脳内に「そうだねぇ」と声が返ってくる。その一言を反芻しながら僕は眠りについた。


*  *  *


 どこか見覚えのあるような場所に、拳銃を構えた少年と少女が立ってるのが見えた。だが靄がかかっているようで、誰なのかが分からない。


「ちょっと、訓練中だよ!」


 その声を聴いて、ようやく顔がはっきりと浮かんでくる。


「ごめん瀬里奈さん、怖くてうまく出来ないんだ」


「怖いって……それじゃあいつまで経っても兄貴には追い付けないよ?」


「でも、僕は……」


 口ごもる僕、いや彼に対して瀬里奈は「つべこべ言ってないで行くよ!」と怒鳴りながら腕を引っ張った。


 アトラスは驚いたような口調で話しかけてくる。


「えっあれが瀬里奈?」


「うん、昔はこんな感じだったんだ」


 驚くのも無理はない。この頃の瀬里奈は細身で眼鏡も掛けておらず、いつものオタクのような恰好とは似ても似つかない。


 アトラスにそんな説明をしていると、変異体が背後から瀬里奈に飛び掛かるのが見えた。


 僕が「あっ」と声を漏らすのと同時に、瀬里奈は振り向きざまに引き金を一回だけ引くと、変異体はどさっとその場に倒れ込んだ。

 

「大丈夫?」


「……うん」


「この変異体、姉貴の管轄のやつじゃん。あいつほんっとーに無能d」


*  *  *


 彼女がそう言い切る前に目が覚めた。


「な、なに今の……もしかして君の夢?」


「昔の頃のね。瀬里奈は凄く優秀だったんだ」


「あのオタクが?」


「うん、今はあんな感じだけどね。あの頃は多分お姉さんより強かった気がする」


「それって、君が居たところの元小隊長?」


「そう、明日羅さんよりも。だからずっと不思議だったんだ、急に今みたいになったのが」


 さっきの夢は今から数年前、革命派の策略で標的用の変異体が脱走した時のもの。同期の訓練生が数十人亡くなったのを覚えている。


 まだ入隊直後の学生、みんながなす術もなく食い殺される中、瀬里奈は一人違った。既に教育担当だった明日羅はともかく、実戦経験もないはずの彼女が無双していたのを鮮明に覚えている。


 突然の出来事で教官すらまともに対応できない中、他の訓練生を守りながら襲い掛かる変異体を次々になぎ倒す姿は「新世代の英雄」として語り草となるほどだった。


 今はまるで別人のようだが、変異体について異様に詳しいのは、訓練生として非常に優秀だったからかもしれない。


 だが、そんな活躍劇から数か月後、彼女は突然訓練生を辞めてしまった。大手のスカウトを全て断りながら。


「もしかして瀬里奈”さん”って呼んでいるのは……」


「尊敬の念を込めて。彼女がいなければ僕も死んでたからね」


「なーんだ、てっきりウブなだけかと思ってたよ」


「……」


僕は何も言わずに朝の用意を始める。昨日の残り物で用意した朝食を母さんに食べさせると、約束に間に合うよう玄関を出た。


途端に瀬里奈と鉢合わせになる。


「あれ?今日ってカフェじゃなかったっけ?」


「うん、そうだよ」


「わざわざ迎えに来てくれたの?」


「別にいいじゃん、いつものことでしょ」


 変わらない彼女の態度に、少しだけ安堵を覚えながら一緒に歩き始めた。

 

*  *  *


 カフェに着くと外観が大きく変わっているのに驚く。キメラの襲撃も変異体による被害と認められ補償金が降りたのだろう。


 ドアを開けると、裕福そうな夫人がお茶会に耽っているのが目に入った。そしてその奥には。


「おはよう!」


「久しぶりだな、布令」


 テーブル席でパンを片手にコーヒーを飲む零士とコーヒーのにおいを嗅いでいるレイアが居た。


「えっ、あれ?」


 予想外の面子に思わず声が漏れる。


「お待たせー!」


 瀬里奈は当たり前のように席に着く。


「ほら、早く早く」


「あ、うん、二人ともおはよう」


 今後の調査について話すのかと思っていたが、単にみんなでモーニングを食べるだけなようだ。


 二人分の追加注文を受け、店員が離れていった所を見計らい瀬里奈が話し始める。


「よし、これで揃ったね」


「ズルいですよ、二人だけ動いてたなんて」


 レイアの不満そうな声を聞いて、嫌な予感がした。


「で、あの超大型変異体の情報はどこまで調べたんだ?」


 零士のとんでもない一言に、口があんぐりと開く。

 超大型変異体は現在、ニュースで呼ばれているテラスの名前である。

 わなわな震えながら瀬里奈に視線をやると、彼女は何かを察したかのように耳打ちをしてきた。


「大丈夫、女神や変身のことは言っていないよ」


 それを聞いて一瞬だけホッとしたが、それどころではない。彼らに対し何をどこまで話しているのか気が気じゃない。


「うーん、実は取っ掛かりがなくて全然調べられてないのよね」


「情報屋のこともか?」


「うん」


 おいおいおい、あの怪しい掲示板や情報屋のことまで喋ったのか。何も言えずにハラハラしていると、遂にレイアから核心に迫る一言が聞こえた。


「だから私たちに頼んできたんですね」


 頼んできたって、まさか……。


「そう!これからはみんなで怪物の調査をしようかなって!」





【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。

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