9-6

 アベリル様がいらっしゃったのは、翌日の事でございました。

 なんでもロルフが魔術で連絡したとのことでございますけれども、そのような便利な魔術があるのでしたら前から使えばよかったのではないでしょうか?そうすれば生死不明などということにはならなかったでしょうに。


「グレタ、俺との結婚を迷っている、いっそのことやめてしまおうと思っていると聞いて飛んで来たんだ」

「そうなのですか」

「意見の相違は確かに夫婦にとっては重要な問題だが、それはお互いに話し合いをすればいいことだと思う」

「子供の件もございますわ」

「それも聞いたが、闇の神というのは真祖のことで間違いない。光に属する神々は多くいるが闇に属する神は真祖ただ一柱だった。世界の負をすべて受け止めることとなった真祖は幾人かの分身を作り負担を軽減することにした。それが魔王だ。魔王は神ではないが神に近い存在、だからこそ幾百幾千の年月を生き永らえ、死ぬことを許されていない。真祖が生きている限り、魔王は死なない」

「そうなのですか」


 ロルフ、自分で思っているよりもその身に宿る力は強力なのではないでしょうか?だから夢の中では革命の主導者なんてしておりましたのね。


「真祖は自分で作ったダンジョンの中で基本的に一人ですごしている。正確には眠りについていると言っておいた方がいいかもしれないな。光の神々か、魔王にでも呼び出されない限り出てこない」

「私以上の引きこもりやさんでいらっしゃいますのね」

「う、ん・・・?まあそうだな。ともかくだ、その盟約とやらはそんな真祖が少し退屈していた時にかわされたものだろう。子供を差し出せというのも世話係的な者だろうから幼いうちから奪われるというようなことはない、と思う。真祖には子供がいないからむしろ祖母のような感覚で子供が出来たら頻繁に身に出てくるかもしれない」

「祖母・・・。そう言えばロルフにとって真祖様という方は祖母のような存在なのでしょうか」

「人間の血が混ざってるからそこまで興味はなかったみたいだが、産まれた時は顔を見に来たぞ」

「覚えてないんだが?」

「1歳にも満たないころに一度だけ見に来て、人間に近いけど魔族の血も濃いとか言ってすぐにいなくなったからな。覚えてないだろう、お前は寝てたし」

「そりゃ覚えてないな」

「では私の子供もそうなってしまう可能性があるのでしょうか?」

「いや、グレタを魔族に限りなく近いぞんざい、というか魔王に限りなくりなく近い存在にしてから産まれる子供だから、魔王よりの子供になると思う」

「まあ、そうなのですか」

「ともかく、盟約に関してグレタが気にすることは一切ない。真祖はあれでいて気のいい方だから、会いたいと言えば子供にいつでも会わせてくれるだろう」


 その言葉に指から抜けなくなってしまった指輪を見てため息を思わずついてしまいました。

 望んでこんな色を持って生まれたわけではございませんのに、勝手に盟約を押し付けられるというのは何とも理不尽でございますね。

 王族として生きるという義務も、望んでものではないけれどそれで生かされているのですから、嫌なことも夢の中では我慢しておりましたけれども、この名訳はまた意味が違ってきますわ。


「望んでこの姿で生まれたわけではございませんのに、この姿のせいで色々と面倒ごとが降りかかってくるのは、夢の中でも今でも変わらないのでございますね。私は自分の意志で今度こそ生きたいとあの夢を見た日から思っておりますの。アベリル様との結婚も、政略結婚のような物だからと受け入れましたけれども、自分の意志がそこに在るかと言われたらまだアベリル様を愛しているという実感がありません。恋はしていると思いますけれども、結婚するのならやはり愛が必要でございましょう?それに、私はまだまだしたいことがたくさんございますの。結婚してしまってはそれが出来なくなってしまいますものね、一度お受けしておいて失礼かとは存じますけれども、結婚のお話しは保留していただけませんでしょうか?」


 アベリル様の目をじっと見つめて言うと、アベリル様は少し考えてから深いため息を吐き、私の横までやってくると地面に片膝をついて、私の左手を恭しく持ち上げました。


「結婚の予定まであと11年あるのだから、少しの間保留しても構わない。だが、グレタは俺の魂の番であることは間違いないんだ。もし俺の手の中から飛び立って帰ってこなかったら、俺は何をするかわからない。魔王としての本領を発揮するかもしれない、だから11年後、恋が愛に変わったグレタが俺のものになると俺は確信している」

「自身家でいらっしゃいますのね。でも、それでしたら私だってこの恋が愛にいつか変わると確信しておりますのよ。その時まで、ほかの女性に目を向けず私だけを見てくださるのなら、私は必ずアベリル様の手の中に還りますわ」

「番が見つかったのなら、ほかのものなどどうでもいいさ」

「では11年後、私をお嫁に貰ってくださいますのね」

「ああ」

「それまでの間、私は私の意志で自由に過ごさせていただきますわ」

「俺も俺の意志でグレタに会いに来る」

「ええ、ぜひいらして私を口説き落としてくださいませ」


 11年後の、夢の中で起きた革命が終わり私が生きていたらその時は、アベリル様の胸の中に飛び込んでいきますわ。

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盗人から始まるスローライフ 茄子 @nasu_meido

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