9-4

 プロポーズされたからと言って、私の生活が急激に変化するということはございません。

 あかわらず、ゆったりとした時間を過ごしておりますが、一度王都に行くことになり、冒険者さんに私を通してくれる門番さんがいる時間帯を教えていただき、こっそりと王都に参りました。

 サムシングオールドの何かを王城から盗み出すためでございます。

 抜け出すときに使った隠し通路を今度は逆の手順で進んでいき、夜が更けるのを待って王妃の庭に出ると、時間をかけずにこっそりと金庫に向かいます。

 途中の守衛はロルフが魔術で眠らせてくださいますので、捕まることはありませんでした。

 以前私が盗みを働いた金庫とは比べ物にならないほど、警備の厳重な金庫ですが、ロルフにかかってしまえばあっという間ですわね。

 魔族やその血を濃く引く方が忌諱されるのもわかる気がいたしました。

 国宝も収められている金庫は、以前入った金庫よりもどこかすっきりしているように感じました。必要なものを必要なだけ置いているという感じでしょうか?

 国宝なのですからそんなに数がないせいかもしれませんわね。


「さて、サムシングオールドは何にいたしましょうか」


 大きなものでも構いませんが、身に着けるのでしたら装飾品のほうがいいかもしれませんわよね。

 そう考えながら物色していると、一枚の絵画を見つけ、思わず目を大きく開いてしまいました。

 そこには私の大きくなった姿が描かれているのかと思いましたが、隅に描かれた書かれた年を見るとどうやら大昔のご先祖様のようでございます。

 白銀の髪に銀の目、青白い肌に血のような唇の女性。夢の中で見た私自身にそっくりでございます。これがご先祖様というのであれば、なるほど、確かに私は先祖返りと言われても仕方がないのかもしれませんわね。

 国王陛下はこの肖像画をご存じでしょうし、だからこそ私を政治の人形として使ったのかもしれません。

 古くに神と契約したというご先祖様がこの絵画の女性だとしたら、いったいどんな契約をしたのでしょうか。


「いけない、サムシングオールドでしたわね」


 そう呟いて私は周囲を見渡します。

 すると、先ほどまで見ていたはずの場所に、先ほどは気が付かなかった指輪が透明なケースにしまわれていることに気が付きました。それは、絵画の女性が右手の薬指にしている者と同じもののように思えます。

 その指輪のケースに手を触れた瞬間、ケースは解けるように消え指輪が鈍く光り始めました。

 何かに導かれるかのように私はその指輪に手を伸ばし、ぶかぶかになるはずなのに右手の薬指にはめたらサイズがぴったりになりました。


『古の盟約は果たされる。古き血と闇の血の交わりにて産まれし吾子を闇の神に捧げよ』


 頭の中に響いた声に思わず眉間にしわを寄せ、ずきりと痛んだ頭を押さえてしまう。


『闇の神の望むがまま、吾子は生贄として闇の神に仕える』


 これはいったいなんだというのでしょうか。

 闇の神というのはいったい何のことなのでしょう?神々の中に闇を司る方はいらっしゃらないはずです。

 それに生贄とは穏やかではございませんわね。

 幾分ましになった痛みを抱えながらも、指にはめた指輪を見つめると、鈍く光り輝きその光が伸びてまるでその光で皮膚を焼いていくように、右手の薬指から次第に右手の指と甲全体に青紫の何かの文言のような物が広がり定着してしまいました。

 これは困りました、結婚する前に傷物になってしまったとアベリル様が思ったらどうしましょうか?

 それにしても、この言語は見たことがありませんが、何と書いているのでしょうか?模様のように見えますけれども、これは何かの文言だと私の直感が告げておりますわ。


「盟約、生贄・・・古い血と闇の血・・・」


 神との盟約なのであれば、守らなければそれは守らなかった者に罰があると言われております。

 そうであるならば、私はアベリル様との御子を闇の神という御方に生贄として捧げなければならないということでしょうか。

 腐った王族ではありますけれども、それなりに繁栄し他国に侵略されないのはこの盟約のおかげであるというのなら、私を魔族ではなく他国に嫁がせようとしたからこそ、革命という罰が降りかかったのでしょうか?

 古の王族の色をすべて兼ね備えた子供は数百年生まれることはなかった。そして生まれたのがこの私。

 右手の甲をそっと撫でながら目を閉じて両手を胸の前にもってくる。


「革命の原因は、私?」


 もちろん、腐った王族に国民が耐えきれなかったという正当な理由はあっただろうけれど、それまでどれほど繁栄しても腐敗しても他国の侵略をうけず、国民も反乱を起こさなかったこの国の、革命という罰を決定づけたのが私の存在なのだとしたら・・・。


「愚かですわね」


 この私を魔族に嫁がせるのではなく、どこかの国に嫁がせようとした国王陛下。そしてそれを黙って受け入れようとしていた私。


「下らないですわね」


 過去の未来というべきあの夢の出来事全てが下らないものだと、目を開いて口の端を持ち上げる。

 決して大きな国ではないのに、大国と同等に渡り歩いているその恩恵を、踏みにじった結果があの夢の末路なのだとしたら、この人生にその未来は訪れることはない。

 だって私はアベリル様に嫁いできっとお子を授かるのだから、盟約は履行されるでしょう。

 御子を生贄に捧げるというのは、どうにも納得できませんが、そこはアベリル様にお聞きして話し合いをいたしましょう。


「でも、それはこの王族は続いていくということなのでしょうか?」


 それならば、盟約を履行しない方がいいのかもしれない。そう、思ってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る