8-5 (アベリル)

 まったく、魔王どもとの話し合はいつも苦労させられる。今回は特に熟した果実を手に入れるのをやめてくれと願う立場だったからか、それぞれからの要求は法外ともいえるものだった。

 真祖に間に入ってもらって魂の番を手に入れるためだと言わなければ、俺の手元にある宝物の大半が奪われていただろう。

 特に強欲など、宝物の中でも最も希少価値のあるブルーダイアで作られた薔薇の花を要求してくるし、嫉妬のなどは魂の番を見つけた俺に嫉妬して、邪魔してやるなどと言い始めるし、全くもって面倒だった。

 だがこれで制約は果たしたのだから、グレタの居場所を教えてもらえる。

 急いであのいけ好かない男のところに戻ると、随分と魔物の数が減っていることに気が付き、人間たちが随分と頑張ったのだと感心してしまった。

 目的の男を見つけて傍に姿を現すと、幾分がっかりしたような顔を見せたが、すぐに笑みに変え魔王たちの説得が終わったのかと再確認してきた。


「ああ終わった。次はお前が制約を果たせ。グレタはどこにいる」

「迷宮ダンジョンの一階の小部屋を住居にしてる」

「なんと」


 そこは少し前まで俺が寝床にしていた場所じゃないか。これも魂のつながりなのかもしれないな。

 しかし、あそこに隠し部屋以外で人間が暮らせるような空間があっただろうか?

 あそこは広いからな、1階のどこかにいるのだろう。

 いくつかあたりを付けてさっそく迷宮ダンジョンに行くべく転移をしようと思うと、マリオンが待つように言ってきた。


「グレタはこの間7歳になったんだ。誕生日プレゼントでもあげればいいんじゃないか?」

「誕生日・・・なるほど、人間にはそのような習慣があったな」


 面倒ではあるが、魂の番の祝い事を逃すのもよくないだろうから、何か宝物庫から見繕っていくべきだろう。

 他にもいろいろと情報を教えてくれたので、一応感謝を伝え城に戻ると、早速宝物庫に入り物色する。

 神の子ではなくなった祝いなのだから、良きものをおくるべきだろう。

 王都に行けないことを悲しんでいるということだし、つけると容姿が一時的に変わる仮面が確かあった恥だから。それを贈るべきだろうか?

 それとも身体能力の上がるヴェールにすべきか・・・。

 いや、成長期なのだから持ってきたドレス等は着れなくなってしまっているかもしれないし、お針子を連れて新しいドレスを作らせるというのはどうだろうか?

 どれも捨てがたいが、すべて持って行くと控えめなグレタは気後れしてしまうかもしれないし、俺にあんまりいい印象を持たなくなってしまうかもしれない。

 バランスが大事なのだが・・・。そうだ!グレタはガーデニングに凝っていて四季咲のスミレを大切にしていると言っていたし、いくつか苗を見繕って持って行くのはどうだろうか?

 薬草などにすれば回復役を作ることもできるし、野菜にすれば料理に使うこともできる。

 考えて我ながらなかなかの案だと思い、思わず顔に笑みが浮かんでしまう。

 そうなると宝物庫ではなく庭に行って庭師に相談したほうがいいかもしれない。洞窟の中でも育つ植物がいいだろうからな。


 庭師に見繕ってもらった苗を十数株持って迷宮ダンジョンに行くと、ちょうど何人かの冒険者が出てくるところだった。

 全員が安心したような満足したような顔をしているので、ダンジョンでの成果がよかったのだろう。

 俺の領域に来ない冒険者もそれなりにいるからな、こういう風にかち合うこともあってもおかしくはない。

 ダンジョンの中に入って索敵の魔術の応用でぐれたたちを探し出してそこに向かうと、グレタの気配と知らない気配の他に、懐かしい気配を感じて首を傾げた。

 どうやら愚かな家臣どもに追い出されたバカ息子もここにいるらしい。

 なるほど、マリオンの言っていた奴隷の男というのはロルフの事だったのか。確かにロルフならば有能だし護衛には向いているな。

 だが父親よりも先に俺の魂の番と暮らすというのは、どういうことなのだろうか?これは父親として問い詰めるべき事柄のように感じる。

 目的の場所に辿り着き、仕切りになっている布の前で声をかける。


「あーすまない。ここにグレタはいるだろうか?」


 中で一瞬緊張した気配を感じたが、すぐにわずかに仕切りの布がめくられロルフが顔を出し目を丸くして慌てて布と元に戻した。

 十数年たったせいか、記憶よりもわずかに年を取った顔だが、子供の顔を忘れるはずもなく、すぐにロルフだとわかった。

 数秒待つと、恐る恐る布がめくられ再度顔を確認され、ため息とともに今度はちゃんと布がめくられ中に招き入れられた。

 中にはいくつかの仕切りの布があり、グレタの姿はなく薄いブロンドの少女がこちらを値踏みするようにじっと見つめてきていた。


「なんで吸血鬼の魔王自らがここに来てんだよ」

「グレタに会いに来た」

「お嬢様は見ず知らずの方とはお会いいたしません」

「見ず知らずではない、3年前にスミレを渡した時に出会っている」


 そう言った瞬間、置く乗り切りの布がめくりあげられ、中から記憶よりも成長しより可愛らしく美しくなったグレタが姿を現した。


「スミレの御方!まあまあ!まあどうしましょうっ。どうぞお座りになっておくつろぎくださいませ」

「お嬢様!」

「お嬢様、警戒心を持とうぜ」

「何をおっしゃいますの、スミレの御方とまたお会いしたいとずっと思っておりましたのよ」

「だからといっていきなり出てくるなど、なにかあったらどうなさるのですか」

「ロルフとサーヴが守ってくださいますでしょう?」

「あのな、魔王相手には俺たちじゃ歯が立たないの。それこそ英雄でも持って来いって話しだ」

「そうなのですか?まあいいではございませんか。スミレの御方、どうぞこちらに」


 手招きされ、俺はソファに座ったが、横にはロルフが座り監視するようにぎろりと睨まれてしまった。

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