8-4 (名もなき貴族冒険者)

 銀のお嬢様こと、グレタ=ハフグレン=ディンケラ様のことを案じている貴族や冒険者は少なからずいる。

 彼女は王族の象徴ともいえる色をすべて兼ね備え、腐った王族に染まっていない純白な心を持っている希望だったからだ。

 そしてそれ以上に、彼女は見た者を魅了する何か不思議な力があった。

 だから失踪したと聞いた時は暗殺されたのではないかと、多くの貴族が心を痛めたが、ほどなくして王都に現れた時、良識ある貴族の中で暗黙の了解になったこと、それは王族に知られずに彼女を守ることだ。

 グレタという名前で身分証を発行してしまったと知った時は、迂闊さにめまいもしたが、銀のお嬢様という通称を呼ぶことで誤魔化すようになっていった。

 国王が失踪ということで捜索をするようになったせいで、王都に来れなくなってしまった銀のお嬢様のことを、お付きのサーヴに聞くのがここの所の恒例行事になってしまった。

 いっそのこと演説でもしたほうが早いのではないかと思えるほど、サーヴは銀のお嬢様のことを聞かれている。

 意外と庶民的な味のものが好きで串焼きが好物だというのも、銀のお嬢様のファンならだれでも知っている。

 幸せそうに口元で笑みを作りながら串焼きを食べる姿を見れば、誰だって微笑ましく思えるだろう。

 あの迷宮ダンジョンの一階に住んでいるというのは心配だが、よい奴隷を買ったということだし心配は無用なのかもしれない。

 銀のお嬢様のことを第一に考えているサーヴだが、買った奴隷男のことを話すときに少しだけ迷いがあるというか、自分でも分からない感情を持て余しているようなそぶりを見せることがある。

 年頃の娘なのだから、色恋沙汰があってもおかしくないと思うのだが、銀のお嬢様に仕えるという信念のせいで、自分自身の心の感情を見失っているのかもしれない。

 それこそが若さかもしれないが、老婆心ながらもう少し自分の心と向き合ってみればいいと思う。

 それにしても、銀のお嬢様が元気というのは話しに聞くが、会えないというのはやはり寂しいものだな。

 迷宮ダンジョンに会いに行ってもいいのだが、せっかく自分の空間を只の貴族の冒険者に荒されたくはないだろう。

 灰の麗人こと、マリオン=ジュールス=ディンケラ様は正式な手続きを行っての出奔だ。彼もまた、汚濁に染まらない希望だったのだが、銀のお嬢様の失踪を受けて、何か思うことがあったらしく出奔した。

 もっとも、王族の中や腐った貴族の中で彼の暗殺計画が進んでいるというのだから、出奔して正解だったのかもしれない。

 今は冒険者として復活した吸血鬼の魔王のところに行って名を上げようとしているそうだ。

 彼が先頭に立ってクーデターを起こす、いや、革命なのだろうか。とにかく彼はこの国を変えるべき旗印になってくれるだろう。

 しかしながら、腐った王族や貴族には困ったものだ。今日も無駄な夜会を開き自分たちの取り巻きを引き連れて踊り狂うそうだ。

 馬鹿々々しい。この国に多くのダンジョンがあり、それが王都の周りになければ、とっくにこの国の人間はこの国から逃げ出していただろう。

 特にこの数十年で加速度的にひどくなっていったという。

 膨れ上がる請求金額、無駄に浪費される食糧、使い捨てられる人材。

 逆らうものを排除し、甘いことばかりを囁く者ばかりを周囲に侍らせ、国王は今もあの王城の中にいる。

 厳重な警備の前に暗殺も儘ならず、私たち貴族の一部は歯がゆい思いをしている。

 しかし、よく考えれば今王城に残っているのは死んでもいいやつらばかりだ。革命でもクーデターでもどちらでもいいが、殺してしまっても構わないような奴らだ。

 中立を宣言している冒険者ギルドに助力を依頼することはできないが、個人的に協力することは可能なのだから、灰の麗人に力を貸すのに何の問題もないだろう。

 そしてそれが銀のお嬢様のためになることを祈るしかない。


「中途半端に貴族の子息だと魔王のところにまで行けないのが問題だよな」

「家との縁を切れば縁故もなくなっちまうしなあ」

「もどかしいが、僕たちだからこそできることを考えようじゃないか」


 ギルドの酒場で、銀のお嬢様の近況を聞き終えた男たちがそんな話をしているのを聞きながら、グラスに入った酒を喉に流し込めば、炭酸の刺激が気分をすっきりとさせてくれる。


「灰の麗人も、銀のお嬢様も、守らなくちゃいけない存在だ。がんばろう」

「ああ」

「おう」

「そうだな」


 ただ、遊びたい盛りの7歳児が、ダンジョンという場所でおとなしくしてくれるのかが心配で仕方がない。

 サーヴ曰く夜中に抜け出して隠し部屋で新しい装備を見つけたらしいが、トラップルームだったらどうするつもりだったんだ。

 やんちゃとまではいかなくとも、やはり銀のお嬢様には警護という名の監視の目が必要だな。

 その点、魔族の血が入った奴隷を買ったのは正解だろう。

 迷宮ダンジョンは1階は強いモンスターはいないが、全てが解明されているわけではない。それにダンジョンの中は定期的に宝箱が現れたりするせいもあって、質の悪い冒険者が行かないとも限らない。

 奴隷の男は3階までは行ったことのある実力者らしいが、サーヴでは2階がせいぜいいいところだろう。

 銀のお嬢様がどれほどの実力なのかはわからないが、2階に進むのはお勧めできない。僕自身は5階までは行けるが、正直ソロでは無理だと実感している。

 立場上下手にチームを組めないだろうし、灰の麗人は吸血鬼の魔王の方に行ってしまっているし、本当に心配だ。

 やはり、失礼になるかもしれないが銀のお嬢様のところに行って、味方は多いということを伝えるべきだろうか?

 王都に来れないことを残念に思っているのであれば、賄賂ではなく銀のお嬢様に便宜を図ってくれる守衛がいる日時を教えるというのはどうだろうか?

 全く持って悩ましい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る