7-1 吸血鬼の魔王
血しぶきを浴びながら高らかに嗤い声を上げて、玉座に座り、血の海と化したホールを眺める。
邪魔をしていたものは今こうして、この場にいるもので全ての処理が終わった。
十数年前に罠にはめられた。
死んだとそう噂が広まり、俺は死者として扱われたが、そもそも吸血鬼である俺を殺せるということ自体がおかしいと、何故思わないのだろうか?
低級な吸血鬼と違い、俺は真祖に近い血を持つ実力者であり、俺を殺せるのは命の契約者か真祖ぐらいなものだろいうのに、俺と同格ほどの誰かが殺したという噂に、誰もが騙されたと言える。
十数年の間に、人間の女に産ませた子供はどこかに捨てられてしまったが、惜しいことをした。優秀な能力を持っていたから育てようとしたというのに、使えない奴らばかりで本当に困ったものだ。
吸血鬼は血を好むが、何の血でもいいというわけではない。
できれば人間の、高潔な魂を持ったものの血が望ましい。処女だの童貞だのというのはただの味の趣味でしかない。
まあ、甘美な味であることは確かだから、好むものが多いため好まれていると思われているようだ。
そしてもっとも思考なのは魂の番、命の契約者の血だ。
今この場に広がっている血に何の魅力も感じることはない。少し空腹だから、多少は飲ませてもらったが、これ以上飲みたいとは思えない。
「アベリル、復活した矢先に血の饗宴とは流石だとは思うが、妾を呼んでまでこの程度の物を見せるだけではあるまいな?」
「もちろん我らが真祖、シファル様。私はこの十数年で見つけてしまったのでございますよ、魂の番、命の契約者を。あの子こそがこの俺の唯一に間違いないでしょう」
「ほう?怠惰なそなたに目を付けられたその娘を、妾は哀れにすら感じてしまうのう。まあよい、そうなのであればそなたの復活を妾の名のもとに広めよう。魔王アベリルよ、人間の世界に怠惰と堕落と混沌をまき散らしてくるがよい」
「Yes, Master」
血濡れたホールからそう言って消えた、銀色の髪と銀色の眼の絶世の美女を見送って、俺はクスリと笑う。
混沌こそが我が使命、怠惰こそが我が生きがい。
彼女のいる国は、俺の活躍によってきっと今は腐りかけの果実のように堕落しきっているに違いない。
その中でもあの少女は、あの彼女だけは真っ白な布地に落とされた一滴のインクのように、俺の目を引き心を取り込んだ。
本当は薔薇でも贈りたかったが近くに咲いていたスミレを少女に渡した。その時の彼女の笑顔は、驚いたようであり、嬉しくもあり、疑ってもいるという複雑なものだったが、それでも最後は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
あれから2年、人間の子供は成長が早いから、少しは女らしくなっているかもしれない。でもまだ6歳程度ならまだ子供でしかないか。
手を出すわけにはいかない。手を出すならば熟す前の最高に甘く甘美な時が一番だ。
その状態で熟し甘い色香を放つように俺が育て上げていく。
ああ、そう考えればこの十数年の鬱屈とした心も濯がれる気がする。
「All destiny is in my hand」
そう、多少のアクシデントがあったとしても、真祖がいたとしても、俺と同程度の力を持つ奴がいるとしても、俺は運命を掴んで見せる。
「銀の姫君。古の色を持つ契約者。ああ、ああ、ああ、会いたいよ。でも君はもう城にはいなくなってしまった。どこに隠れてしまったの?鬼ごっこもいいけれど、かくれんぼもいいけれど、早く会いたいよ」
他の誰かに手を出される前に、この手の中に閉じこめておきたい。
けれどまずはこの城を立て直さなければいけない。臣下をそろえて、領地の状態を確認するのに数年はかかってしまうだろう。
全く持ってめちゃくちゃにやりたい放題してくれたものだ。
混沌と怠惰の中にもルールというものがあるというのに、それを無視する元部下には本当に呆れたものだが、怠惰ではなく強欲に尽くせばよかったんじゃないか?
盤上の駒をそろえるのは苦労する。他の奴らにも連絡を取らなければならない。あいつらも遊びに夢中で俺の話しを聞いてくれるとは思えないけれども、まずはどこに連絡を取るべきだろうか。
強欲当たりなら、話は通しやすいかもしれない。
「あの国にもちょっかいをかけていたようだしな。なにか俺の魂の番の情報を知っているかもしれない」
魔術を使ってホールを綺麗にし、残骸を処分すると、城中の灯りをともし、俺の復活を告げるための鐘を鳴らす。
あの国の腐敗具合はどこまで進んでいるだろうか?十数年前まではまだ良識のある人間が半数を占めていたたために、まだ摘み取る時期ではなかったが、人間の堕落というものはすぐさま、雪玉が坂道を転がり落ちていくように膨れ上がり勢いを増していくものだ。
まだ残っているということは、強欲もまだ手を出していないということだ。
そもそも俺が先に手を出しているのだから、そのことで手を出さないようにしているのかもしれない。
あいつが俺が死んだと思っていたとはとても思えない。
なんといっても真祖の魂を分け合った兄弟のような物なのだ、本当に死んだかどうかは本能でわかるのだ。
けれどもそろそろいい感じに熟しているだろう。俺の魂の番と探すついでにちょっかいをかけるのはいいだろう。
「どうやら捨てられた息子もあの国にいるようだし、利用できるかもしれないからな」
さあ、久々に面白くなってきた。
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