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 二人がお出かけをしてから私は小部屋の中の物を移動するために一度全て空間魔法にしまい、お風呂も水を抜きました。

 殺風景になった広い空間に、チョークでスペースの目安を描いていきます。ロルフのおかげで壁を作ることが出来ますので、仕切りの分も考えて間取りを考えていくのはとても楽しい作業です。

 温泉は確かに少し温めですが、冷たいというわけではありませんし、何よりも常に新鮮なお湯が出ているというのが素晴らしいです。

 温泉の泉の壁際には排水溝のような穴もありますので、この温泉ももしかしたらそういうところから流れてきているのかもしれませんね。

 それにしてもこの小部屋は温泉があるだけの空間のようですが、出入り口のような物はありませんね。鎧ドレスを手に入れた部屋のように中に有る物がなくなると入り口が閉じられてしまうのでしょうか?

 となりますと、ここには何があったのでしょう?

 まあ、ないものを考えても仕方がありませんし、今は間取りの続きを考えましょう。


「とはいえ、ほとんど終わってしまいましたけど」


 大まかには昨夜考えておりましたし、今ある家具も配置し終えてしまったので、あとは2人の帰りを待つだけなのですけれど、まだまだ帰って来るには時間がありますし、何をして過ごしましょうか?

 思えば、一人でお留守番というの初めてですね。

 王城でも寝るとき以外は常に誰かが傍にいましたもの。


「そういえば、あの時も珍しく一人でしたわね」


 ほんの2年ほど前、私は漆黒の魔族の方とお会いいたしました。私とは対照的な色の方で、思わず凝視してしまった私に笑いかけて、スミレの花を渡してくださったのです。


『小さなお姫様。運命は一つじゃない』


 そう言ったあの方は、その後すぐに消えてしまいましたけれども、あの時のスミレは押し花にして大切にしていました。

 もっとも、兄弟の嫌がらせでボロボロにされて捨てられてしまいましたけれど・・・。

 あの時ほど泣いたのは今までなかったのではないでしょうか?夢の中でもあんなに泣いたことはなかったように思えます。

 けれどあの日から、私の一番好きな花はスミレになったのです。


 それはさておき、手すきになってしまいましたね。

 ちょっと一人で探索に出てみましょうか。近場で二人が戻る前に戻れば問題はありませんわよね。

 武器を確認して小部屋から少し歩いていくと、以前も見た模様のような物が見えました。

 こんなものはなかったはずなのですが、不思議に思って中に入ってみると、そこには宝箱が一つだけある小さな空間で、私は何とはなしにその宝箱を開けてみると、そこには美しい白銀の手袋が入っておりました。

 それには紅い糸で蝶の羽のようなスミレの花の刺繍がされていて、私はその美しさに思わずため息を吐いてしまったほどです。

 おずおずと手袋に手を通してみれば、まるで私のために誂えたかのようにぴったりで、軽くて肌と一体になったかのような感じでございます。


「きれいですわねえ」


 思わず漏れた声に、白銀紅の鎧ドレスも嬉しそうに一瞬だけ光ったような気がいたしましたが、きっと気のせいでしょう。

 私はそのままその部屋を出て何匹かのモンスターを倒してから拠点に戻りましたが、やはりまだ二人は帰ってきていないようで、私は証拠隠滅も兼ねてお風呂に入ることにいたしました。

 一人でお風呂に入る準備をするの初めてですが、いつもサーヴがしてくれているのを見ているので、大丈夫ですわ。

 着替えとタオルを持って、籠にそれらを入れて裸になるとゆっくりと温泉に足から入っていくと、じんわりと暖かさが体に染み込んできて疲れが抜けていくように感じられます。

 壁際に行けば行くほど深くなっているようですので、程よい場所で足を延ばして座っていると、本当に癒されていくような気がして、先ほど傷を負った場所を見てみれば、綺麗に傷が消えておりました。


「あら?」


 よくよくみれば、今まで負った傷も癒えているようで、もしかしたらこの温泉は回復の効果があるのかもしれません。

 そうであるとすれば、とんでもないことなのですが、まだ確信は持てませんので二人が戻ったら試していただきましょう。

 それにしても、本当にこの温泉は気持ちが良いですね。もっとこのまま入っていたいですがあまり入っているとのぼせてしまいますので、ほどほどにしなければいけません。

 こうして一人でいると、夢の中の出来事を色々と考えてしまいますね。

 最期は斬首刑でしたが、夢の中の私はあまりにも無気力という言葉が似合う人生を送っておりました。何にも興味を持たず、ただ生かされているという感じでございましたね。

 悪いことはしておりませんでしたが、善いこともしてはおりませんでした。

 ただ人形のように微笑んで夜会やお茶会に出て、国王にとって都合の良い道具になっていたのです。

 今考えればそんな人生の何が楽しいのかと思いますが、きっかけがなければ私もきっと同じように生きていたと、そう確信を持てます。

 夢で未来を見たからこそ私はこうして行動を起こすことが出来たのです。

 まさに運命は一つではない、ということなのでしょう。

 私は私の物語の主人公で、ほかの誰かのためのわき役ではないのです。


「私は私のために今度こそ生き抜きますわ」


 それが今回の、夢で見た運命を繰り返さないための、私の決意でございます。

 さて、そろそろ二人が戻ってまいりますし、温泉から上がって本格的に拠点の改築をいたしましょうか。

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