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 逃亡を心に決めてから2か月、絶好の夜がやってきました。激しい雨と雷の月の見えない夜。私とサーヴは夜明けに近い時間を2人で待って逃亡することにしたのです。

 普段はサーヴが私の寝室にいることはありませんが、雷が怖いと言えば認められたのですから本当に運が良いと言えます。

 分厚いフードの付いたローブの上に雨よけのマントを羽織って、私とサーヴは図書室の隠し扉から王妃の庭にむかい、こっそりと枯れ井戸のふたを開けました。

 枯れ井戸の壁には足をかける溝が彫られており、私たちはそれを使ってゆっくりと降りていきます。使ったとわからないように、風の魔法を使ってふたを元に戻しておきました。今日は風も強いので風の精霊も機嫌が良いので喜んで協力してくださいました。

 暗い枯れ井戸を10分ほど降りていくとやっと地面に足が付きましたが、通路が見当たらず一瞬途方に暮れてしまいましたが、壁を調べていると隠し扉を見つけることが出来、そこは細く長い通路が続いていましたので、どこに出るのかはわかりませんが、そこを通っていく事にしました。

 3時間ほど幾度も分かれ道を曲がり、もうここで彷徨ってしまっているのではないかと思ったとき、ふいに風と雨の音が聞こえてきたのです。

 そちらの方に足を向ければ、壁で行き止まりかと思いましたが、やはり隠し扉でブロックをいくつか動かしたら扉が開き、まだ続いている豪雨と雷の音が一気に強く聞こえるようになりました。


「サーヴ、ここはどこでしょうか?」

「王都の外だと思われます。あれが王都を守る壁ですから、王都のすぐ外なのは分かりますけれど、場所までは分かりかねます。なんせこの天気ですから、方向も見えません」

「そうですね。この嵐が収まるのを待つ雨宿りできる場所を探しましょう」

「そうですね」

「……風の精霊よ、私たちをお守りください」


 少しでも私たちの周囲に雨風が来ないようにそっと魔法を唱えます。そうすると私たちの周りに風の幕が出来て少しだけ雨風が弱くなりますが、あいにく私の今の魔法では完全に防ぐことはできません。

 周囲は森の岩場というところなのですが、この付近に小屋でもあればよいのですけれども、どうにも見つかりそうにありません、視界が悪いのも影響しておりますね。


「グレタ様、このまま王都を離れていきましょう、この天気では昇っているはずの太陽で位置を確認することもできませんけれど、歩いていけばどこかにはあるはずです」

「わかりました。少し足が疲れてしまいましたけれど、泣き言は言っていられませんわね」


 方向が分からないということは困ったものですが、ダンジョンは王都の外にはいくつもありますしどこかにはたどり着けるでしょう。

 随分と楽観的な考えですが、そうとでも思いませんとやってられないのですから仕方がありませんわ。

 夜明け前に行動しましたので、今は大体8時ほどなのでしょうけれど、豪雨はまだおさまりそうにありません。

 きっと国民は怯えた夜と朝を迎えているのでしょうけれど、その分私の逃亡から目がそれるのですからよいことなのかもしれません。そろそろ私を起こすためにメイドがやってきて、私の家出の置手紙を見つけていることです。

 内容はこんな感じです、


『拝啓 皆様

 私はこの国の王族であることに絶望し、王女であることをやめるためにこの嵐の中に身を投げ出すことにいたしました。

 サーヴはその見届け人として共に来てくれるそうです。

 今まで育てていただいた恩に報いることが出来ず申し訳ございませんが、私は今でもう限界なのです。

 厄介者が一人減ったと思っていただければ幸いです。

 最後に、この国はこのままでいけばいずれ腐敗しきって腐り落ちてしまうでしょう、その前に気づき変わる誰かが現れることを祈っております

 グレタ=ハフグレン=ディンケラ』


 この手紙でどなたかの考えが変わればよいのですが、まあ無理でしょうね。

 2時間ほど歩いてもういい加減に足が棒のようにクタクタになったころ、私たちは洞穴を発見しその中に入り込みましたが、その瞬間空気が変わったことを感じました。

 そう、ここはダンジョンなのです。ダンジョンは瘴気ともいわれるものが満ちており周囲と空気が違うため、その場に入ればすぐにわかると聞きましたが、まさにその通りでした。

 初めてダンジョンというものにはいる私でもわかるのですから、ダンジョンというものはすごいところなのですね。


「洞穴のダンジョンとなりますと、どのダンジョンでしょうか?」

「嘆きのダンジョンかもしれません。いえ、迷宮ダンジョンかもしれませんね」

「どちらも高難易度のダンジョンですね。けれど確かに王都から歩いて行ける場所にある洞穴のダンジョンはその二つですから、どちらかなのでしょうけれど、私たちでは下にもぐることは難しいでしょうから、まずは入り口付近を探索しましょう」

「その前に衣服を乾かしましょう。火の精霊よ、その柔らかなぬくもりで凍えた我らを温めたまえ」


 そうサーヴが口にするとふわりと暖かい空気が体を包み込み、濡れた服や髪がすっかり乾いてしまいました。

 私は水と風、そして空間の魔法の適性がありますが、サーヴは火の魔法の適性があります。魔法は精霊の力を借りますので精霊にまず気に入られなければなりません。

 魔術という自分の魔力で事象に干渉するものもありますが、私はあいにくそれは出来ません。魔族の血を引いていないと出来ないのです。

 魔法との違いは、精霊の力を借りるか自分の魔力で事象を変えるかの違いですが、魔法や魔術に詳しくない人からすればどちらも同じものに見えるに違いありませんね。

 ともあれ、こうして私はダンジョンに辿り着くことが出来たのです。

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