キャラクリエイト【無機質系ご奉仕メイド】

 見渡す限りどこまでもずーっと続く暗闇。そこに立つ私はどこからかスポットライトで照らされている。

 目の前には五十二インチほどの半透明の板が宙に浮かんでいる。


『ようこそ。フェティシズム・フロンティア・オンラインへ』


 このどことなくホラゲ感のある謎空間に響きわたる、いかにも機械的で無機質な女性の合成音声。


『私はプレイヤー様のキャラクターエディットを担当いたします、スターティングAIでございます』


 その声に合わせて、目の前の板にギザギザの波線が現れてる。テレビなんかで見る、音声を解析してるときに出てくるようなギザギザだ。その波形を見ていると、いかにも感情のない機械が喋っているのだなという気になってくる。


『私の仕事は、プレイヤー様が新たな世界の扉を開くお手伝いをさせていただくこと。そのために全身全霊で奉仕させていただきますので、何卒よろしくお願いします』

「ど、どうも……」


 カッチカチに畏まったAIの態度に少し戸惑ってしまった。恐ろしく無機質な一本調子で話す割に、シチュエーションボイスであるような好感度の振り切れてるメイドみたいなことを言う。その温度差が凄すぎて風邪ひきそう。

 それと、気になることがもう一つ。


「そういえば、あなたのアバターはどこ?」


 こういうゲームにおける進行役や、GMゲームマスターの代理人的存在は、中身はAIだとしても普通は身体アバターを持っている。親近感やゲームグラの凄さを見せるなど、意図は様々だが必ずと言っていいほどいるものだ。

 というか、全身全霊で奉仕させていただくなら身体は必要ではないだろうか。


『プレイヤー様の好みに影響を与えないよう、私にアバターモデルはございません』


 AIはキッパリと言い切った。

 人間的な抑揚の一切ない喋りに、ミステリアスでクールな雰囲気。しかし、プレイヤーに対して気を配り、尽くしてくれる。そういう相反する属性をこのAIは持っている。

 それに加えて「新たな世界の扉を開くお手伝いをいたします」なんて、意味深なセリフまで言う始末。「好みに影響を与えないよう」なんて言ってはいるが、それはそれで何かに目覚めそうな要素が詰め込まれているが、果たして大丈夫なのだろうか。

 きっと、SNSなんかでこのAIのアバター二次創作が流行って、いつしかネットミームになる。そんな予感がする。


 しかし、あえてフラットに振る舞っているとはいえ、彼女をAIと呼び捨てにし続けるのは味気ない。


「ねぇ、あなたのことをアイちゃんって呼んでいい?」

『プレイヤー様がそれを望まれるのなら構いません』


 私の名付けも気に留めず、アイちゃんはやることを淡々と進めてゆく。


『まずはプレイヤーネームを入力してください』


 アイちゃんがそう言うと、暗闇の中からキーボードが浮かび上がってくる。


 名前ねぇ。私のリアルネームはつきだから、そっからもじって……、よし。

 キーボードに『ルナ』と入力。


『【ルナ】様でよろしいですね?』


「うん、オッケー!」


 ちょっと顔がほころんでしまう。こうして自分で付けた新しい名前を他人から呼んでもらうと、これから新しい人生が始まるのだと実感できて、楽しくなってくる。


『さてさて、ルナ様。セットアップを始める前に一つ質問がございます』

「質問?」

『はい。これから二つの選択肢をお出しします。難しくはごさいませんので、是非とも直感でお答えください』

「オッケーアイちゃん」

『あなたはこの世界で『なりたい自分になりたい』ですか? それとも『自分のしたいことをしたい』ですか?』


 アイちゃんが質問してくると、私の目の前にウィンドウが現れる。そこには彼女が提示してきた二つの選択肢が書かれており、押して選べということだろう。


 どっちにしよう。

 選ぶ上で気になるのは彼女が言った『この世界で』という意味深な前置きだ。発言者から推測するに、これはおそらく『このゲームで』という言葉に読み換えていい。


 ゲームを始めるこのタイミングで、この質問。とすると、これはアレか。返答によってプレイに何かしらの影響が出るタイプの質問ってとこだろう。

 アイちゃんは直感で答えろとは言うが、選択肢によってゲームにどんな影響が出るかは分からない。こういうのは大概、どちらを選んでも損をしないようにはなっているが、どっちにするか慎重に考えなければいけない。


 まあ、私の答えはもう決まってるんだけどね。


 私は迷いなく、『自分のしたいことをしたい』という方を押した。

 そりゃそうだ。だって私はこのゲームに自分の性癖を叶えにきた。可愛くておっぱいの大きい女の子に憑依したいという歪んだ欲望を。ならば『したいことをしたい』以外の選択肢はない。


『承知いたしました。素敵な欲望をありがとうございます。エディットに移りたいと思います。まずはルナ様のアバターを作成しましょう』


 きたきた!! 見た目のエディット!

 いっぱい悩むべきところなのかもしれないけど、実はもう決めてあるんだよね。


『ルナ様のお顔各パーツごとの調整が可能でございます。いかがいたしましょうか?』


「無調整のこのままでお願いします!」

『無調整ですか、珍しいですね。そうしますと、現実のお姿がそのまま反映されてしまいますがよろしいですか? オート調整による理想形への自動調性なども可能ですが――』

「心配ご無用! アイちゃん。私の理想を実現するにはそのままの姿が重要なのですよ」


 では、アイちゃんが呟くと、私の前に鏡のようなウィンドウが出てくる。


『ここにお写りしている姿でよろしいですか?』


 鏡の中には、死んだ魚のような目、ろくに手を加えてないボッサボサの髪と眉毛、日に当たらなさ過ぎて真っ白になった肌を持った干物女の姿が。

 凄いなVR。この根暗女をここまで再現できるとは恐れ入った。でも、これがいいのよこれが。このカーストの底辺感漂う陰キャな感じが。


『体型もそのままでよろしいでしょうか?』


 宙に浮かぶ鏡が下にみにょーんと伸びて立派な姿見に早変わり。ここに映る歳のわりにちんちくりんで貧相な胸と尻も直せるみたいだが、私は気にしない。


「オッケー、そのまんまで」


 そういうわけで、私のアバターは現実の姿と寸分違わぬ姿へと落ち着いた。

 普段の自分と変われるのが醍醐味なのに、どうして普段と変わらぬ姿なのかと思うかもしれない。大丈夫、理由はちゃんとある。


 憑依したときの体型ギャップは大きい方が興奮するし、それに慣れない身体を動かしてる方が乗っ取ってる感が出る。

 それに加えて、憑依している最中に元の人格が薄っすらと目覚めた際、『嘘でしょ!? あんな底辺に私の身体が好き勝手されてるなんてっ……』ってなると、グッとくる。


 ゆえに、この姿を選んだってわけ。別に私がナルシストだからというわけではない。


『それではルナ様の【性癖スキル】を決めましょう。【性癖スキル】とはゲーム内の通常時や戦闘時などに、特別な効果を及ぼす能力の総称でございます。初期段階ではパッシブ性癖スキルとアクティブ性癖スキルの二つを設定することができます』

「きたきた!」


 キャラクリも遂に、一番楽しいところへ突入してますます楽しい。


『世の中には人の数だけ性癖がございます』


 アイちゃんの声と共に、目の前の空中に様々な単語が現れる。『巨乳』、『昆虫』、『足フェチ』、『幼馴染』、『ショートカット』、『褐色』、『アルビノ』、『自傷癖』、『戦闘員化』など、まとまりのない単語がまるで花火のように次々と宙に浮かんでは消える。


『もちろんルナ様にはルナ様だけの性癖があるはず。私たちはそれを大切にしたいのです。なぜなら、それが貴女の力になるのですから』


 また、目の前にウィンドウが浮かぶ。そこには『your性癖スキル』とあり、パッシブとアクティブと書かれた空っぽの四角が二つ用意されていた。


『私、ルナ様の心を覗かスキャンさせていただき、『一番好きなもの』と『一番したいこと』という二つのへきを僭越ながらお選びしました。一番好きなものはパッシブ性癖スキルに、一番したいことはアクティブ性癖スキルとなります』


 機械が思考を読み取って反映するなんて、本当にそんなことができるのか。私は少し半信半疑ではあった。

 しかし、


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『your性癖スキル


【パッシブ性癖スキル】:【巨乳】Lv.1

胸のサイズに比例してダメージを軽減、無効化する。


【アクティブ性癖スキル】:【憑依】Lv.1

他者に憑依し、コントロールを得る

(他人のアイテムは使用不可)

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 目の前のウィンドウ欄には『巨乳』と『憑依』がバッチリ入っているではないか。


 私が『憑依癖』を持ちであるということは、ひた隠しにしてきた。大概は話したところで理解はされないし、それが原因でイジメられたこともある。だからここ10年くらいはほぼ誰にも喋ったことはない。


 しかし、今日初対面のこの機械アイちゃんはそれをズバリ当てるとは凄い。機械に心を丸裸にされてしまったわけだ。


『もしもご不満であれば、ルナ様にご自分で【性癖スキル】を選んでいただくことも可能ですがいかがしましょう?』

「文句なし。最高だよ、アイちゃん!」

『恐れ入ります。では、これでセットアップも終了となります』


 キャラクリ終わり! ついに、新しい世界が幕を開けるのだ。

 そうはやる私の気持ちを制するように、アイちゃんは一言付け足した。


『最後に、『自分のしたいことをしたい』ルナ様にささやかながら、私からプレゼントがございます』

「プレゼント? なに?」

『私があなた様に差し上げるもの。それがなにか、その答えは既にルナ様の頭の中にございます』


 頭の中に?


『いわばこの世界を存分に楽しむための鍵と言っても差し支えはないかと。具体的に何かとは申し上げられませんが、スタートすればすぐに分かります。

 それではこれより、新たな世界の扉が開かれます。フェティシズム・フロンティア・オンラインをどうぞお楽しみくださいませ』


 アイちゃんの言ってることの意味は掴みかねるが、ゲームが始まればとにかくなんかいいものをくれるらしい。タダでくれるというならありがたく貰っておこう。


『それでは、ルナ様をフェティシズム・フロンティア・オンラインの世界へお送りいたします。これより先は性癖で形作られた世界。プレイヤーの数だけ性癖があり、在るものは全て誰かの性癖なのです』

「全てが誰かの性癖ね、流石性癖VRこのゲーム

『そんな性癖フェチが蔓延するその世界を楽しむためになによりも大切なのは自分らしくいること』


 自分らしく、か。自分らしくあろうとして世界リアルから弾かれた私にとって、その言葉は胸に沁みるものがあった。もう、自分を隠さなくていい、ありのままでいい。それはなんて素晴らしいことか。

 このゲームを目一杯楽しむことの条件がそれなら、準備はとうにできている。


「なら、最高に楽しめそう」

『あなた様の人生が性癖と共にあらんことを』


 それだけ言い残し、スターちゃんの大ウィンドウは閉じた。

 同時に暗く闇に閉ざされていた周囲が白み始める。


 もう少しで私の性癖ゆめが叶う。欲望フェチが満たされる。


 晴れていく周囲の景色と共に、私の表情も心も晴れやかに。

 さあ、始まるぞ! 待ってろ、私の憑依生活! 誰よりもこの世界を楽しみ尽くしてやる。


 そう決心した私は、目も開いていられないほどの眩しい光に飲み込まれてゆくのだった。

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