第一章『変態の覚醒』

私の欲望は受け入れられないようだ

 私の人生が一変したのは、いつもと変わらぬ日のことだった。


 部屋に閉じこもり、動画やゲームを貪り、寝る。そんな生産性の欠片もない、しかし素晴らしい一日。今日も今日とて昨日と変わらず明日も変わらないであろう、女子高生らしからぬ私の日常。


 その日常はたった一つの荷物によって吹き飛んだ。


つき、宅配便でお荷物が届きましたよ。部屋の前に置いておきます。ああ、心配しなくてもお母さん、開けませんから」


 母の声を耳にした瞬間、鼓動は胸を突き抜けそうなほど高まり、身体も火照りほのかに熱を帯びるのを感じる。鼻息荒く、つい小躍りしたくなる。


 耳を澄ませて足音が遠ざかるのを確認し、私は部屋の外の段ボールを部屋の中に。部屋の床を埋め尽くしている漫画やゲーム類を脇に追いやり、箱を目の前に置く。


 この荷物は少し前に注文したあるゲーム。いい意味でも、悪い意味でも話題作なそいつは、抽選方式という販売方法もあり、とにかく入手困難。

 しかし、私は家族のアカウントをかき集められるだけかき集め、二回目の抽選でようやく購入できたのだ。


 段ボール箱を開けて過剰ともいえる包装と緩衝材を取り除いていくと、お目当てのブツが見える。物々しい箱に収められた最新式のVR装置である『エロースギア』とギア対応ソフトのパッケージが。


 VRゲームというジャンルが誕生したのは今や大昔の話。

 私の祖父母の時代やその少し上の世代では、VRといえばゴーグル式の体験型のものが主流──というか技術的な限界で、フルダイブ式VRなんてものはフィクションの題材でしかなかったらしい。

 しかし、今から約二十年ほど前、医療機器メーカーとゲームメーカーが共同でフルダイブVR機の第一弾を開発し、そこから一気に開発競争が熾烈化。そのおかげもあり、今となっては、女子高生のお小遣いに半年分に少し色をつければ最新式の機材が現物一式揃ってしまうほど身近な存在になった。

 ただ、稼ぎの少ない高校生にとってはなかなか死活問題ではあるものの、コイツをいざ目の前にしたらそんな意識も吹き飛んでしまった。


「もう、待ちくたびれたよ」


 私はギアの脇に入っていたソフトを手に取る。

 長かった。君との出会いを幾晩夢見たことか。他人から流れてくる前評判を目にして、その度に入手できていない自分が悔しかった。しかし、そんな日々ももう終わり。


 夢見心地でパッケージを眺めていると、描かれているお姉さんに見惚れてしまう。

 褐色銀髪巨乳超長身。風に靡く長い髪は日差しを受けてキラキラと輝き、腕を組むことによって大きなおっぱいはこれでもかというほど強調されている。眼差しは力強いがどこか挑戦的で、「愉しいことしようぜ」と誘われているかのよう。不敵に口角を釣り上げた顔は妖艶で、黒のタンクトップに真紅のロングコートを纏う姿は思わず異国から来た魔王様という言葉が頭を過ぎる。


 そこで、思わずパッケージを伏せてしまった。

 危ない、危ない。お姉さんの顔が良すぎて、これ以上眺めていたら間違いなく惚れてしまう。いくら私が可愛い女の子やカッコいい女の人が好きだからといっても、これは刺さり過ぎる。


 まだゲームをする前なのにこんな性癖マシマシチョモランマなものをお出しされたら、プレイに対する期待値が上がってしまってしょうがない。

 再びパッケージと対面すると、彼女が放つ雰囲気とそこに書かれたゲームタイトルに神々しさすら覚える。


 エロースギア専用VRゲーム『フェティシズム・フロンティア・オンライン』──通称フェチフロ。


『その性癖よくぼうを解き放て』と銘打たれ、発売されたこのゲームの最大の特徴は、なんといっても『』こと。


 それはアバターの見た目だけに留まらず、キャラの性格やプレイスタイル、更には性癖に合致する能力をスキルとして発動することもできるという。


 どれだけニッチなフェチだろうと、どれだけ歪んだ性癖だろうと、プレイヤーの思考を解析し、ゲーム内で表現してみせる。

 ベータ版プレイヤー曰く、ここで満たせぬフェチはない。


 そのせいで、数回に渡るβテストの末、一部のベータテスターに「このベータが終わってしまうのが悲しすぎて、正式サービス開始まで生きていく自信がありません。もう現実に帰りたくない」と言わしめ、メディアで物議をかもしたこともある。


 なんというか、そう、ヤバいゲームだ。


 しかし、私はその前評判を聞いたからこそ、この『フェチフロ』が欲しくなってしまった。


 なんたって叶えられない性癖はないんだよ? それなら、私の夢だって叶えることができる。あの日、目覚めてしまった性癖を叶えられる、そう思ったから。


 ──『憑依』。それが私の性癖。

 他人を乗っ取り、その意識も身体も自分の意のまま好き勝手に操れる。悪の怪人が使うような、とてもニッチなフェチだ。


 幼い日、女児向けの変身ヒロインアニメで、『悪の女怪人がヒロインコンビの片割れに憑依する』というシーンを観ていたときに目覚めてしまったこの癖は、私の心に深々と刺さり続け、私の人生を変えた。


 なぜって、それは単純な話。

 私もそうしたいと思ってしまうようになったから。「私もあのヒロインみたいな可愛い女の子に憑依したい」という欲望が心を巣食い、片時も私の頭を離れない。

 性癖を満たしたい、でもそんなこと絶対にできない。現実にはそんなこと起こり得ないから。


 欲望を満たすため、憑依モノと呼ばれる同人を読みもした。しかし、それでも私は満たされず、むしろ『おっぱいの大きな可愛い女の子に憑依したい』し『身体を乗っ取り元の清楚系な姿からビッチ系のギャルに変身させたい』と性癖がさらに歪んだだけ。


 フェチ自体がニッチな故に一般人には理解されない。しかも、女の子が女の子に憑依したいだなんて憑依好きにも理解されない。

 ちょっと拗らせた性癖を隠し、抑えながら悶々と生きなきゃいけない日々。


 『性癖』。それは己の欲望、今までの嗜好の蓄積。そして、心の底から大好きと言えるものであり人生そのもの。

 だから、誰かと性癖について語りたいし、思い切りぶち撒けて発散させたい。


 だというのに悲しいかな。世間の性癖に対する目線は厳しい。好きなものを大っぴらしただけで、どうして身内にすら避けられなきゃいけないのか。


 第一あれはお母さんが悪い。

 お母さんは留守中に届いた私宛の性癖全開の荷物を無断で開けた上に、その中身を勝手に見てドン引きしたらしく、それ以降私に対して敬語で接するようになった。実の娘に対してだ。

 お母さんは実際に言うわけではないが、「アンタが悪い」と言われているようで、実に理不尽極まりない。


 まあ、それはともかくとして。

 そんなもはやどうしようもない私にとって、この『フェチフロ』は一条の光となった。ベータテスターの前評判は私の期待を膨らませ、そしてこのソフトのパッケージデザインは私に確信をもたらしてくれた。


 絶対に私の性癖フェチは満たされる、と。


 どんな性癖をも受け入れるこのゲームは、拗らせた私にとっての理想郷。その理想郷へと飛び込むべく、私はフルフェイスのヘルメットのようなVRギアにゲームソフトを突っ込み、機材を被ってベッドに横になった。


 視界が闇に閉ざされているせいで妄想が捗る。


 これから私は本当に胸の大きな女の子に憑依できるんだ。憑依してどんなことをしようか。どう変身させてしまおうか!


 やっぱりさぁ、可愛い子を自分の意のままに動かせるってのが堪らんよなぁ。自分の意に反して容姿を変えられちゃう女の子の心の中とか、気づいたら全く違う姿になってドギマギする女の子の様子とか、そのへんを考えているだけで最高に興奮するよね!


 待ってろ、可愛い女の子! 待ってろ、巨乳! 待ってろ、私の憑依生活!! 最高の性癖ライフを満喫してみせる!!!


 そう心に誓うと、私の意識は闇の中へと落ちていった。

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