第2話 承
「さて、桃尻太郎。わたしの村はこの森の中央あたりにあるはずじゃ」
俺の手をつないで歩きながら、リンちゃんことリッチェンケルトが言う。
いいなあ金髪のじゃロリ甘えん坊エルフ。
「森もさほどの大きさではない。とにかく奥深くへ入っていけば、わたしの見覚えのある景色が見つかるはずじゃ」
なるほど。しかし小さくても森は森、足場も悪いし獣も出るだろう。弓矢で武装しているとはいえひとりでは不安だわな。全裸で迷子な俺よりはだいぶマシな気はするが。
「その際にはその……桃尻太郎よ」
「はい?」
「そなたがその、全裸といういでたちでは、里のものらにあらぬ誤解をされると思う」
「でしょうね」
「わたしとしてもやはり、目のやり場に困る。なにか、葉っぱでもよい、股間を隠してはもらえぬか?」
「うーん、重々承知、そうしたいのはヤマヤマ、俺としてもまったくもって同意なんですけどね」
「それ本心かの?」
「本心です。しかしざっと見た感じ、俺のビッグマグナムを隠せるほど大きな葉っぱの木はないし、それを固定する紐などもありません。諦めるしかないかと」
「それが一般平均男子よりビッグかどうかはともかく、そうじゃな……」
リンは辺りを見回して、しぶしぶ俺に同意した。
「村に着けば服のひとつも貸せようが、今はわたしも身一つ。このワンピースを脱いだらわたしが裸じゃしのう」
「想像するとさらにビッグになりました」
「射貫くぞ。しかしどうしたものか。何かパンツの代わりになるものはないかのう」
俺はふと気が付き、目を輝かせた。ずいと身を乗り出す。
「リンちゃん、今パンツっておっしゃいました? パンツっていう概念、文化、製品が、この世界にはあるんですね?」
「は? そりゃあるだろう。ゴブリンでも人獣でもパンツくらいは履いておるわ」
「ということはエルフもパンツ履いてますよね」
「……履いてる」
「貸してください!」
「なんでじゃ! 嫌じゃ!!」
ビンタを食らった。しかし諦めてなるものか。千載一遇、一生かかってもまたとない機会!
美少女の脱ぎたてパンツを合法的にいただきさらにそれを履いてあまつさえその姿をノーパンエルフの前にさらしながら野外を歩く!
あくまで合法的に!!
なにこれすごい! 俺天才!
「いいじゃないですかパンツくださいよパンツかしてくださいよパンツ。リンちゃんヒザ下まであるワンピだから中身なくたって大丈夫ですよくださいよパンツ」
「嫌じゃ無理じゃ、そもそもサイズが入らぬではないか!」
「なんとかなりますしてみせます、この桃尻太郎を信じてどうかお任せください!」
「無駄に頼もしいっ!? 嫌じゃ絶対に嫌じゃ、なんでこのリッチェンケルトが、エルフ族長の末娘が、全裸の桃尻男にパンツをくれてやらねばならんのじゃ!」
「ササッと
「しっかり洗って翌日返さんかい!」
「わかりましたそうします!!」
「ふああああっ!?」
リンは悲鳴を上げ、真っ赤になってしゃがみこんだ。
――勝利っ!
リンはしばらくモジモジしていたが、やがては覚悟を決めたらしい。
さすが、エルフの長のカリスマというやつか。意志が固まればその幼い面差しは凛々しく、気丈であった。
大きく深呼吸をし、身を隠せそうな大木に向かって歩き出す。
「待っておれ。覗くでないぞ」
「そんなことしません。覗きは犯罪です」
「貴様の倫理観がどうにもつかめぬ……」
「いーから早くパンツ脱いでください。そしてぬくもりが消える前にすみやかに手渡してください」
「わ、わかっておるわ。ううう、なんでこんなことになったのか……」
リンの姿が、大木の幹の向こうへと隠れた。俺はワクワクテカテカでエルフ娘のお帰りをお待ちする。
「ぱーんつぱんつ、リンちゃんのぱんつー」
ああもう人生が楽しくて仕方ない。異世界ばんざい。転生ばんざい。チートもハーレムもなくたって、俺は今、猛烈に幸せだっ!!
「――キャアアアアァァァアァッ!」
「な、なにっ!?」
突如響き渡る、少女の悲鳴。俺は速攻でリンのほうへ駆けつけた。大木の向こうは少しだけ開けた陽だまり。そこにはリンと、彼女を肩に抱えた大男――
いや骨格が、人間じゃない。大きな牙、背中まである獣毛、六本の角。魔物――
「たすけて桃尻太郎!」
叫ぶ少女。だが俺は足がすくんでしまった。それは本当に一瞬恐怖に支配されただけだったが、その間にオーガは踵を返す。そしてものすごい速さで森の奥へと走り去っていった。
慌てて追いかけても、もう姿かたちもない。足跡もない。
少女の悲鳴の、余韻だけをその場にあった。
俺は膝から崩れ落ちた。
「……リンちゃん……!」
知らぬ間に涙があふれていたらしい。地に着いた手が濡れていく。
「ちくしょう。絶対すぐに助けてやるからな!」
その場にあったリンの落とし物――木製の小さな弓と、くまちゃん模様の綿ぱんつ。
俺はそれらを拾い上げた。
弓を背負い、パンツを穿く。
しっかりケツの割れ目に食いこませ、むき出しになった自慢の尻をバチンと叩く。
それは、気合のセルフビンタだった。
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