全裸転生

とびらの

第1話 起

 目を覚ましたとき、俺は全裸だった。


「……あ、あれっ?」


 目を丸くして我が身を見下ろす。何度見ても全裸だ。真っ裸だ。完全なる真の裸、アルティメット裸体。なにこれなんで?

 アゴに手をあて、意識を失う前、すなわち前世の、最期の時を思い出す。


「……たしか……トラックに轢かれて女神が現れて、異世界に転生させてあげるけど年齢設定どうするっていうから、できれば赤ん坊からじゃなく大人の身体、それもメタボ親父じゃなく二十歳頃だとなおいいなーってお願いしたな。なるほどそうか。そりゃ全裸だ」


 俺は理解した。


 現在位置を見渡すと、河原である。

 対岸が見えないほどの巨大さだが、すぐ右手には森林があるあたり海ではなく、ザアザアと流れているのを見るに湖ではない。大河だ。


 水しぶきがハネて、ちょっと寒い。俺はせめてもの防寒として、めくれあがっていた皮をひっぱった。むき出しだった先端を丁寧にくるみ、ヨシと頷く。そうして河原を歩きだした。


 と――


「誰か、誰かいないのー!」


 森の方から、女の叫び声。精神イケメンの俺は反射的に駆けだした。木の陰を覗きこむと、声の主はすぐそこにいた。地面にへたりこんでいる金髪貧乳美少女と目が合う。

 俺は叫んだ。


「どうしましたか御嬢さん!」

「うぎゃあ全裸!!」


 先ほどよりもよほど腹の底から悲鳴を上げる少女。俺は構わず身を屈め、


「はい全裸です。そんなことよりどうしましたか。ゴブリンですかオークですか敵国の兵ですか」

「迷子になっただけじゃ! それより全裸! そんなことより全裸!!」

「ああ、これはいかん。婦女子の前で不躾な格好で」


 俺は再びめくれあがっていた皮を、指でつまんでキュウと伸ばした。先端までを包み、しっかりと巾着を造りあげる。


「これでよし。どうも失礼しました」

「なんにもよくないっ!」


 少女は叫んだ。俺は眉を寄せ、


「仕方がないではないですか。こちとらロリコン。少女の悲鳴を聞けばピクリと動いて然り、その勢いで包皮が元の位置に戻ってさもありなん」

「服を! パンツを穿きなさい!!」

「そうは言われても手ぶらで全裸ですし、ビフォーアフターらしいことをするならこんなことしか」

「せめて手で隠さぬかあぁぁあ!!!」 


 なるほどその手があったか。俺はとりあえず掌で、竿の根元からしっかり握った。


「これで大丈夫ですね」

「……なんだかわたしの思う『股間を手で隠す』とだいぶ違うしむしろビジュアル的危険度はハネ上がった気がするけども、まあ、よかろう……」


 色々と諦めた表情で、少女は立ち上がった。


 綺麗な娘だ。年のころは12、3歳、整った顔立ちに腰ほどまである金髪、簡素だが仕立ての美しい緑のワンピース。足元は革のサンダル。

 はかなげな容姿に反し、背負った木製の弓はよく使いこまれた様子があった。

 日に当たったことが無いような白い肌、碧色の瞳。その顔の左右には、真横に伸びた大きな耳—―


 ‥‥‥これって、もしや。


「わたしの名は、リッチェンケルト。見ての通りこの森に棲むエルフの一族、族長の娘だ。……いつもより遠出をしたせいで、来た道が分からなくなってしまってな……」

「おお、やはりエルフ! しかも身分の高い方でしたか。フラグ的にそうかなって思ってました」

「ふらぐ?」

「いえ何でも。それよりリンちゃんこれからどうすんの、うち近く? 俺送ってこうか?」

「あっという間に打ち解けるんじゃないっ!!」


 そう叫びながらも、リンは俺の後ろに回った。やはり心細かったらしい。


「エルフの村に戻ったら礼はする。少々なれなれしい態度も許そう。よろしく頼む……」

「そりゃいいけど、俺って土地勘ゼロですよ。たぶんリンちゃんの輪にかけて迷子」

「ふぁぁっ!?」


 リンはまた悲鳴を上げたが、だってしょうがないじゃない。俺、ついさっきこの世界にきたばかりだし。マッププロジェクターとかそういうスキルないし。てかたぶんそういう世界観じゃなさそうだし。


 ……ん? いま気が付いたけど……俺ってもしかして、何のチートももらってない?

 あれ? 女神さま、たしかにそんな話はひとこともしなかった。

 沸き立つ魔力の感覚も、妖気をはなつ剣もない。


 てことは俺、ほんとにただの全裸男?

 ……え。これからどうすんの俺。


 ぼけーっと考え事をしている俺に、エルフの少女はそれでも、すがることにしたようだ。

 俺の手、股間を隠していないほうの指を掴み、遠慮がちに持ち上げる。


「……いや、一人で迷子よりも心強い。手をつないで……いっしょに歩いてくれると、うれしい……」


 あらかわいい。好き。


 エルフは長生きで若く見えるとよく言うが、リンは見た目通りの年齢なんじゃなかろうか。森で迷子になるとこといい、この素直さといい、俺より年上とは考えにくい。

 指先に伝わるぷにぷにやわこい指の感触。そのぬくもりに、俺の股間がピクリと動く。おっといけない。俺は手の筒の位置を一センチばかり前にした。これでよし。


「そういえば、おまえの名を聞いてなかったな。名はなんという?」


 言われて、俺は首をかしげた。実は俺、名前はもちろん、転生前の自分のことをサッパリ思い出せないんだよな。死んだことは間違いないので、思い出しても意味はないが。


「ああ、どうもその、いわゆる記憶喪失というやつでして。もしよかったら名付け親になってくださいな」


 俺が言うと、リンはしばらく考え込んだ。俺の全身に目をやって、さらに熟考。

 そしてポンと手を打った。


「桃尻太郎」

「それでいきましょう」


 俺は即答で同意した。

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