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数日前に深夜過ぎまでのカウントダウンパーティーをしたという事もあって、新年会は夜の九時前にはお開きとなった。
実家にいる間、多少の夜更かしや寝坊はしたけれど、寮生活での規則正しい生活リズムは自分が思っている以上に体に染み込んでいたようで、一晩ですっかりいつもの起床時間に戻ってしまった。
そしてそれは紘人も同様だったらしい。
二度寝をするには中途半端な時間だったので、そのまま起きる事にした。
長期休みの間も、食堂ではありがたい事に三食を提供してくれる。
とは言っても、あまりにも遅刻をすると出入り口を閉められてしまうから、確実に食事にありつきたいのなら、休み期間中であっても必然的に早寝早起きとなる。
食堂へ行くと、窓側のテーブルに座った
天気が良い日なんかは特に、中庭が見渡せる窓際やテラス席は人気で、急いで行ったとしても既に誰かしら座っている事が多い。でも大半の生徒が帰省している今は、どの席も選び放題だ。トレーに載った食事を受け取って隣に座る。
「帰ってるやつが多いと席取るのも楽でいいな」
「あー、授業始まったらまた空席探すの大変になるのかー」
「でも賑やかなのも、僕は結構嫌いじゃないよ」
「まぁ普段がうるさいくらいだから、こう静かだとちょっと物足りない感はあるかもな」
雑談をしながら食べている途中、窓の向こうに見えた横山さんの姿に「あれ?」と思う。
この時間に歩いているのは別に珍しい事ではない。気になったのは、作業服ではなく普段着で歩いていた事だ。
いつもならこの時間帯は高井さんと二人で用具を持って学校のいろんな場所の補修や管理をしてくれているはず。
向かっているのは正門のある方角だから、何か外に用事でもあるんだろう。
もちろん毎日仕事をしているわけではないだろうけれど、一瞬見えた横顔は、休日に出掛けるにしては似つかわしくないような、どこか難しい顔をしていた。
「悪い、俺用事があったの思い出した!ちょっと出掛けてくる」
なんとなく胸騒ぎを覚えた俺は、半分ほど残っていたご飯を掻き込み、急いで横山さんの後を追い掛けた。
日頃から広い敷地内を歩き回っているからか、横山さんは歩くのがとても速い。
それほど時間差なく正門を出たはずなのに、その背中はもうかなり遠くまで行ってしまっていた。
「横山さん!」
走って追い付いたところで呼び掛けると、振り向いた横山さんは俺の顔を見て一瞬驚いた表情を浮かべた。
「どうしたんだい、こんな早くに。私に何か急ぎの用事かな」
「えー……、と」
問い掛けられて、言葉に詰まる。
ほとんど衝動的に出てきてしまったため、その後どうするかまでは全く考えていなかった。
しかしそんな俺の沈黙を、横山さんは“伝えにくい内容のために言い淀んでいる”と捉えたらしい。
思いがけず、横山さんの方から話を切り出してくれた。
「……もしかしてどこかで聞いてしまったのかな、高井くんの事を」
高井さんの名前に反応して声が出そうになるのをぐっと堪え、その通りとばかりに一度大きく頷く。
「そうか。君は昨日高井くんと会っているからなぁ……。直接会ってわかったかと思うんだが、実はここ数日高井くんの様子が変なんだよ。それも急にだ。彼は真面目な性格だから、頑張りすぎて疲れでも出たのかと、仕事を休ませて気に掛けていたんだが、四六時中付きっきりなわけにもいかんだろう。昨日は私が見ていない間に一人でふらっと出掛けてしまったんだ」
今日もまた、朝食を差し入れようと部屋に行ったら高井さんがいなくなっていたらしい。
この事はどうか他の人には内密に、と言って横山さんは学校裏の方へ歩いていった。
小さくなっていく背中を見送りながら頭に浮かんだのは、フードコートで聞いた噂話だ。
もしも、万が一だけれど、高井さんの急な変化がストレスだとかの気持ちからくるものじゃなかったとしたら。
医学や科学ではどうしようもない何かがあるんだとしたら。
そして、それを治せる人がいるのなら。
「……んな馬鹿な事、あるわけないよな」
浮かんだ考えを即座に否定する。
仮に噂が本当だったとしても、探してどうする。
「ちょっと診てもらいたい人がいるんですけど」とでも言って学校に連れてくるのか。
説明のしようもないのに、運良く探し出せたとして、そこで終了だろう。
そもそもあれは信憑性のないただの噂話。
偶然特徴が似ていただけで、治してくれる人っていうのもあの二人の事とは限らない。
けれど心のどこかで妙に気に掛かる。……というより、確信めいたものがあった。
そんな事は有り得ない。冷静に考える頭とは裏腹に体はうずうずと落ち着かない。
「あぁーもう!考えてても始まらない!」
何かをじっと考えるより、体を動かしている方が俺の性分に合っている。
キッチンカーでも高井さんでもどっちでもいい。
とにかく見付けよう。考えるのはそれからだ!
自分に気合いを入れると駅に向かって走り出した。
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