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その翌日から予定通り、俺は冬休みの初めを実家で過ごした。
ここで暮らしていた時には気付かなかったけれど、暫く離れていた事で感じられる我が家の匂いがとても落ち着く。
弟たちの騒がしいほどの出迎えにも、帰ってきたと実感させられた。
宿題を手伝わされるのは想定内だったが、予想外だったのは年が明けてすぐに兄と姉が揃って帰ってきた事だ。
元・兄の部屋と元・姉の部屋は、現在それぞれ物置と弟たちの部屋になっている。
そのため姉は一つしかない客間に、兄はなぜか俺の部屋を使うと言い出したので、自分の部屋なのに入室拒否された俺はリビングに布団を敷いて寝る羽目になった。理不尽極まりないが、力でも口でも兄にはまだ到底敵わない。
翌朝、「狭くなるから」という理由で姉による帰寮命令を出された俺は当然逆らえるはずもなく、地元の銘菓らしい饅頭と、近所のケーキ屋で匂いに釣られて買ったアップルパイ、それからなんだかんだで大量に持たされたお菓子をお土産に、予定していたよりも早く寮の部屋へと帰る事になった。
「こんなにガラガラの電車は久々だな」
生徒たちの帰省ラッシュが過ぎたからか、乗客の姿は疎らだった。今俺が座っている車両だってほぼ貸し切り状態だ。規則正しいリズムを刻む電車の走行音が耳に心地好い。
普段の登下校は同じ敷地内にある寮と校舎の往復だから、バスも電車も休日に買い物や遊びに出掛ける時くらいにしか乗る事はない。
通勤・通学ラッシュとはとても比べ物にならないだろうけれど、休日の車内もそれなりに賑やかで、こんなにも静かにゆったりと座れた事はほとんどなかった。
ちょうど良い揺れと静けさに身を任せつつ微睡みながら座っていたら、目的地まではあっという間だった。
「ただいまー。あけましておめでとう。お土産買ってきたぞ……っていないのか」
数日振りに戻ってきた寮の部屋。
紘人は外出中らしかった。
荷物を置きながら、予定より早く帰ってきた事と今どこにいるのかのメッセージを送ると、少しして返信があった。どうやら紘人はショッピングモールにいるようだ。
「モールか……」
今、手元には両親と兄、さらには姉から貰ったばかりのお年玉がある。無駄遣いをするつもりはないけれど、このまま全額貯金に回すのもなんだか味気ない。
「……俺も行ってみるかな」
その場で紘人に返信すると、荷物の整理もそこそこに、いつも使っているバッグに財布だけ入れて、俺は帰ってきたばかりの部屋を出た。
改札を抜けると、どこも正月特有の賑やかな雰囲気があって、駅前広場にはキッチンカーも数台出店していた。前を通りすぎる時、その中の一つに目を引かれた。
売られているのが流行りのものだとか、珍しいものだったからじゃない。単純に場違い感があったからだ。
“かき氷あります”
車の脇に立て掛けてある黒板にチョークで書かれた文字。最初は見間違いかと思ったけれどそうではない。どこも温かいメニューを出しているというのに、よりにもよって真冬に、夏の代名詞とも言えそうなかき氷とは。
冬にだってアイスは食べる。ただそれは暖房が効いた室内での話で、こんな寒い日にわざわざ外でかき氷を食べる人なんてそういないだろう。商売する気があるのかと聞きたくなる。
案の定、通行人は立ち止まる素振りすらないし、そもそも二人いる店員のうち一人は運転席に座ったまま出てくる気配もない。
もう一人はどうなんだろうとカウンター側に目を向けると、そこには綺麗な女の子が立っていた。
年の頃は俺とそう変わらないか二つ三つ上くらいで、艶のある黒髪を後ろで一本にまとめている。
モデルをやっていると言われたら素直に頷いてしまうくらいの整った顔立ちで、ただ真っ直ぐ立っているだけなのに妙な存在感があり、長い睫毛に縁取られた印象的な瞳をしていた。
笑って呼び掛けでもすれば足を止める人もいるだろうに、その子は笑うでもなく、呼び掛けをするでもなく、何かを探しているように真剣な眼差しで道行く人を見つめていた。
じっと見過ぎたのかもしれない。
その子がこちらを向く気配を感じたので慌てて体ごと目を逸らし、いつの間にか止めていた足を再び動かして歩き出した。
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