ツキモノオトシ

柚城佳歩

1

この世界には、目には見えなくとも、確かに存在しているモノがいる。

俺がそれを知ったのは、高二の冬休み、ある二人に出会ったのが切っ掛けだった。



 * * *



程好く自然があり、繁華街からも程近い場所にある全寮制の進学校。

日本で全寮制の学校というと、ちょっと珍しいかもしれない。実際、俺の知る限りでの中学時代の同級生たちは皆、家から高校に通っている。

そんなちょっと珍しくもあるこの高校は、部活でも、コンクールでも、難関大学への進学率でも名を揚げ、受験シーズンになると毎年入学希望者が殺到する人気の高校である。

校舎が綺麗、カリキュラムや設備が充実している、立地が良い、というのももちろん人気の理由だろうけれど、ほとんどの入学希望者の狙いはこれだろう。


“特待生制度”。


部活動や勉学で優秀な成績を収めた者に対して、入学金や学費を免除するもの。

まぁこれは私立ならよくある制度だ。でもここのそれは一味違う。

ここでは特待生が二種類あって、入学金と学費の一部が免除される通常の特待生の他に、入学金から三年間の全学費、寮費を始め、教材費、食費、ノートや消しゴムなどの消耗品に至るまで、学校生活に於いて掛かるありとあらゆるお金を免除される特別特待生があるのだ。


部活動特待でも、学業特待でも、もしもこれに選ばれる事が出来たなら、掛かるお金は三年間で考えても本当に些細なもの。

だから誰もが狙い、当然ながら倍率もすごい事になる。

斯く言う俺も、そんな狭き門を潜り抜けた幸運な生徒の一人であるのだが、入学時からのルームメイトである紘人ひろとも同じく幸運を手にした一人だった。


三澄みすみ、今回のテストも順位キープおめでとう」

「ありがと。これで心置き無く冬休みに入れるわ。紘人は今回も一位キープおめでとう。俺も曲がりなりにも一応、特別特待生だからな。卒業までなんとか十位以内はキープし続けたいんだ」

「なんだかんだ言ってても三澄はいつも真面目に頑張ってるから大丈夫だよ。全国模試だっていつも上位じゃない。どこか行きたい大学はあるの?」

「いやー、うち兄弟多いからさ、高校までは面倒見るけどそれ以降は自力で頑張れって方針だから、卒業したら働くつもり。紘人は大学行くんだろ?」

「うん、まぁね。やりたい事もあるし」

「やりたい事?将来の夢とか?」

「……実は、昔からパイロットに憧れてて」

「おー!いいじゃんかっこいい!応援するよ。紘人なら絶対制服も似合うし!」

「しーっ!あんまり大きな声で言わないで。まだ家族にも話してないんだから」

「そうなのか?」

「もうちょっといろいろ調べて勉強して、自信が持てるようになったら言うつもり。ところで三澄は冬休み、家に帰るんだっけ」

「あぁ、明日から一週間くらい行ってくる。紘人は?」

「僕は今回は寮に残るよ。兄さんたちも両親も忙しいって言ってたから、たぶん帰っても一人で過ごす事になりそうだから。それなら寮にいた方がいろいろ楽だしね」

「そっか。じゃあ何かお土産買ってくるよ。淋しくなったらいつでも電話していいからな!」

「そこまで子どもじゃないし。三澄がいない間、一人部屋を満喫してるよ」


紘人とは出会ってすぐに打ち解けて、いろいろ話すようになった。クラスも同じで、お互いに気が合う事もあり、何かと一緒にいる時間が長い。

同室だからという理由だけじゃなく、仲良くやっていると思う。

紘人の家は両親もお兄さんたちも仕事好きな人らしく、長期休みなどで家に帰っても、皆仕事に行っていて家に誰もいないという事がよくあるそうだ。

常に誰かが家にいる環境で育ってきた俺には、家に自分一人というのはちょっと想像が付かない。

寮にいれば、少なくとも食事の心配はしなくて済む。それなら確かに残っていた方が楽だろう。


「今日はこの後自習室で勉強会とか言ってたな」

「うん。三澄は行かないの?」

「俺は荷造りもあるから。それに、勉強会って言って集まっても大抵脱線するだろ。だったら一人の時にさっさと済ませた方が早い。あと、行ったら行ったで数学とか解くの手伝わされそうだし。宿題の面倒見るのは弟たちだけで充分だ」

「三澄は面倒見いいから。弟と妹がいるんだっけ」

「上もいるぞ。兄、姉、俺、弟、弟、妹。俺は三番目だから名前に“三”が入ってんの」

「えっ、そんなに多かったの」

「あれ、ちゃんと言った事なかった?上二人はもうとっくに自立してるけど、全員揃ってた頃はジャングル状態だったな。今でも充分うるさいけど」

「なんだか賑やかそうだね」

「賑やか、なんて可愛いもんじゃない。ケンカなんか始まった時には、どっちもそう簡単に譲らないもんだからもうずっとぎゃーぎゃー大騒ぎだよ。下手したら取っ組み合いになる」

「そうなんだ。僕は兄が二人いるけど、そういうケンカはした事ないな」

「お兄さんたち優しいんだな」

「年が離れてるってのもあるかも。子どもの頃って一歳違うだけで結構差があるじゃない?たぶん僕じゃケンカの相手にもならなかったんだよ」

「我が家じゃ考えられねぇ……。特に姉。うちは年齢差とか関係なくやる時はやるぞ。なんか今の紘人の話聞いたら弟と本気で言い合いしてる自分が恥ずかしくなってくるわ」

「あはは、大丈夫だよ。三澄がそれだけ真剣に相手に向き合ってるって事でしょ。僕はいいと思うよ。あ、そろそろ時間だ。じゃあちょっと行ってくるね」

「おう、行ってら。夕食は一緒に食べに行こうぜ」

「うん、またあとで」


ひらひらと手を振り出ていく紘人を見送ってから、俺は荷造りに取り掛かった。





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