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ショッピングモールは学校の最寄り駅から四駅のところにある寮から近い遊び場だ。買い物するにも映画を観るにもそこに行く事が多い。
だから見知った顔とも度々すれ違う。
生徒も、生徒じゃない人も。
「あれ、って
モールへ向かう途中の道で、見覚えのある背中を見掛けた。
高井さんとは用務員のお兄さんで、学校内のいろいろなところで遭遇する。
敷地が広いからだろう、いつももう一人の用務員である
横山さんは親しみのある顔の印象通り気さくで多趣味な人で、時間がある時はいつもいろんなジャンルの話を聞かせてくれる。
高井さんは物静かだけれど優しく博識で、たまに授業で出されたプリントで難しい問題があった時には一緒に考えてくれたりヒントをくれる事もある。二人とも生徒たちから人気の用務員さんだ。
せっかく会えたなら新年の挨拶でも、と近付いた足が止まった。
見慣れた作業着姿じゃないからだろうか。
なんだか纏う雰囲気が全然別人のような気がして、声を掛けるのを躊躇ってしまう。
お酒が好きという話は特に聞いた事がなかったけれど、歩き方も酔っぱらっているようなふらふらした足取りで、なんとなく気になってそのまま追い掛けてみる事にした。
「……これって完全に尾行だよなぁ」
後を追って暫く。
駅からも離れ、人通りの少ない路地をいくつか抜けた。あまり治安が良いとは言えなさそうな見た目の店が数軒並ぶ場所も通り過ぎる。
どこか目的地があるのだろうか、高井さんの足はまだ止まる気配がない。
流石にそろそろ引き返そうかと思った時、唐突に高井さんの足が止まった。
その視線は何かを強く見据えている。
視線の先は、俺の位置からだとちょうど死角になっていて見えない。
すると、高井さんが急に走り出した。
然程間を置かず、男性の叫び声も聞こえてくる。
「高井さん!?」
慌てて追い掛けた俺が見たのは、路上生活者と思われる五十代くらいのおっさんの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかろうとしている高井さんの姿だった。
万が一にも相手に怪我をさせてしまったら大変な事になる。
「やばい」と思ったと同時、反射的に体が動いていた。
ほとんど体当たりの勢いで高井さんに突進すると、振り上げている腕を両手で全力で掴む。
ぶつかった一瞬、何か黒い靄のようなものが見えた気がしたが、それが何かなんて考えている余裕はなかった。
身長はそれほど変わらないものの、普段の仕事が仕事なだけあって、高井さんは見た目よりも筋力がある。
抵抗されたらどうしようかと内心焦っていたけれど、意外にもあっさりと腕を下ろしてくれた。
だがまだ一息ついている場合じゃない。
「あ、兄貴っ!探したぜ。全く飲み過ぎだっつーの。いやーすみません!お怪我は……大丈夫そうですね、うん、よかった。それじゃ失礼します。お騒がせしました!」
呆気に取られた様子のおっさんに早口で捲し立て、高井さんの腕を引きつつ逃げるようにその場から去った。
「……はぁー、ここまでくれば大丈夫ですかね」
大通りに近い路地。何度も振り返り後方を確認する。よし、あのおっさんが追い掛けてきたりはしていないな。
歩いている間もずっと無言だった高井さんが気になって顔を見た途端、思わず足が止まった。
「高井さん……?どうしたんですか。もしかしてどこか痛めたとか?」
“無”という字が頭に浮かんだ。
普段から高井さんはあまり表情豊かな方ではないけれど、今は顔を見ても何も感じられなかった。
まるで感情ごと抜け落ちたようだ。
怖い、けれど放って置くわけにもいかなくて動けずにいると、急に電池の切れた人形みたいに高井さんの体が傾いた。
「え、あの、ちょっと、大丈夫ですか。俺の声聞こえますか!」
何度か呼び掛けてみるも起きる気配がない。
いよいよ困った俺は迷った末、学校に電話をしようと思い付いて……、指が止まる。
住所の番地だってあやふやなのに、電話番号なんて覚えているはずもなく、すぐに検索に頼る事にした。自分の通っている高校のホームページを見るのはなんだか少し妙な気分だった。
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