第二十話 旅路


 窓から差し込む朝日で目を覚ます。


 起き上がった後に装備を身にまとい、最後にハンガーに掛けられていたローブを被る。

 身支度を済ませたら部屋を出て、階段を降りる。


 まだ朝になったばかりで、若干寝ぼけ気味の老店主に声を掛けて宿代と鍵を置いていく。



 今までと同じ朝。今までと同じ一日の始まり。


 そしてもう、二度とこの様な朝を迎えることは出来ないのだろう。



 ベゼスタに大富豪リプライムを見せた以上、俺が勇者だということは分かっているだろう。

 きっと、もう一緒に冒険することは出来ない。そういう意味では、ワイバーンと鉢合わせた時点で、俺たちで歩む冒険は終わっていたといってもいいのかもしれない。


 ベゼスタを置いていった後、戻った先でヘルメスとハスラーが遭遇しているのは確認している。

 きっと彼らは戦況を確認し、そして負傷したベゼスタを回収してくれているだろう。


 そして、ベゼスタの口から俺の正体についても語られている筈だ。


 そうと分かっていてギルドにヘルメス宛ての置手紙を残したのは、一種の義理立てか、もしくは未練みたいなものだったのだろう。

 素性も知れない、素顔を隠した怪しい男だと言うのに。共に依頼をこなし、食事をして、温かい日々を過ごした仲間だからこそ。


 大通りまでたどり着き、冒険者ギルドへの道へ目を向ける。

 今頃は、きっと手紙を受け取っている頃かもしれない。


「楽しかったよ、お前達との冒険は」


 普段は左に行く道を右へと向かい、そのまま町の西門へと向かう。

 太陽の光から逃げるように、夜の暗闇へと戻るように。




 西門にはこれから街を出る隊商が待機しており、街まで乗せて貰うために複数の人たちが商人と話していた。


 値切り交渉している男の横から、商人に話しかける。


「おやっさん、目的地は?」


 そう聞くと短く髭を整えた商人は此方に向き大声で返事を返した。


「グラナリーだよ。乗ってくなら銀貨1枚。ただ、兄ちゃん冒険者だろ? 護衛がわりになってくれるならタダで乗ってって良いぞ」


 グラナリーか。思ったよりは遠くだが、逃避行としては丁度いいかもしれない。

 それに、用事もある。


「分かった、引き受ける」


「あいよ、出発は四半刻後だ! 乗るんなら今のうちに準備しときな!」


「ああ」


 そう返事を返して、荷台へと登る。

 山脈からは既に太陽が半分ほど顔を覗かせアヴニツァの街を照らし出している。


 投げナイフ、手斧、その他の小道具を取り出し、状態を確かめ、そして戻す。


 過不足なく、護衛終了までは十分持つだろう。

 そうこうしている内に他の荷台にも乗客が乗ってくる。


「そろそろ出発だ! 他に乗りたい奴はいないな?」


 商人がそう叫びながら辺りを見回す。



「……誰もいないな。よし、」



「……待って!」



 聞いた事のある声が聞こえた。

 息も絶え絶えに、それでも小走りで馬車のそばに来たのは、ヘルメスだった。


「嬢ちゃんも乗るのか?


 ……見た所冒険者の様だな。よし、乗ってきな。魔物が来たら守ってくれよ!」


 商人の言葉に頷きヘルメスは荷台に登ろうとするのを思わず止めた。


「待て、ヘルメス。どうするつもりだ」


 あの手紙を読んで、なおついてくるつもりなのか?ベゼスタから何も話を聞いていないのか?

 いや、置手紙だけみてベゼスタから何も聞かずに俺の事を追いかけたとしても。


 俺が、お前と一緒に居ていい筈がない。


 生きる世界が違うんだ。俺は、陰に生きるべき人間で。

 お前みたいな、陽の光の下で生きていくべき人間とは。


「その様子……手紙は読んだんだよな?」


「読んだ」


「なら理解してくれ。俺には俺の事情がある」


「元々この街に長くいるつもりはなかった。何時かは離れるつもりで、それまでのパーティー契約だった筈だ……俺がこの街を離れる以上、俺と、お前の冒険はここで終わ――」


――――――うるさい!!!!


一瞬、誰が発した声なのかわからなかった。

それほどまでに目の前の少女に似つかわしくない大きな声だった。


「分かんないよ!」


「分かん……ないよ……なんでウォーカーが私から離れようとしたか、全く分からない」


 瞳に涙を貯めて、泣きそうになりながらも目の前の彼女は必死で声を紡ぐ。


 駄目だ、そこで止まれ。お前は、俺とは違う。

 ヘルメスの言葉を止めようと考える頭とは裏腹に俺の声は出ずにいる。



「嫌われてたんじゃないかって、邪魔だったんじゃないかってずっと思ってた」


「でも、楽しかったって……まだ一緒に冒険を続けたかったって書いてくれてた!!」


 そうだとも。だが、言葉に出来るわけがない。だからこそ、直接会わずに手紙で済ませようとしたのに。


 自分の心が揺らぎつつあるのを自覚しながらも、無理やり言葉を発していく。


「これ以上……俺と一緒に居たらお前にまで迷惑がかかる」


 俺の言葉を聞いて、

 今にも零れ落ちそうなほど涙を貯め、尚も真っ直ぐな目でこちらを見てくる彼女は先ほどとは違う。

 落ち着いたいつもの声で話し始める。



「私への迷惑なんてどうでもいい」


「ねぇ……ウォーカー。もし、あの手紙に書いていたことは嘘じゃないのなら……」


「もし、嫌いになったんじゃないのなら…。


 もし、許してくれるんだったら、私はウォーカーと一緒にいたい」




「私も、まだ一緒にウォーカーと冒険がしたい」




 泣きながら、それでもしっかりと目を見つめてくる。



「……参ったな」



 そこまで真っ直ぐな目で、真っ直ぐに気持ちをぶつけられたら、断れるわけが無い。


 結局は、俺もヘルメスと同じ気持ちなのだから。


 お前との冒険は楽しかった。まだまだ、同じ日々を続けたかった。



 俺も、まだ一緒に冒険がしたいのだから。



「……分かった。一緒に行こう」


「……ありがとう!」


 ヘルメスが嬉しそうに返事をするのを見て、思わず目を逸らしてしまう。


 礼を言うのは、きっと俺の方だというのに。

 こんな俺を、それでも良いからとついて来るのだから。



 隊商がそのまま動き出し、乗っている馬車も進み始め、街門から出ていく。




 場所は変われど、それでも、もし運命が許してくれるのならば。



 これからも、冒険は続いていく。





「そういえば、フルネームは言ってなかったな。



 ベル・ウォーカーだ。改めて、よろしく」



「……セナ・ヘルメス。これからも、よろしく」

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孤独だった元勇者の冒険譚 @Yatagiri

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