第十七話 別れ
地揺れと、その後に聞こえて来たワイバーンの咆哮を聞いた瞬間には足をヘルメス達が居る方向へと向けていた。
ベゼスタが付いている以上問題は無い筈だ。しかし、何故か嫌な予感がする。
特に、ここ最近は彼女の実力以下の魔物しか狩っていない。それに、ヘルメス自身もゴブリンやスモールウルフ程度なら自分の身を守れた。
だが、ワイバーン相手は?
空を自由に飛べ、強力な爪に圧倒的な面制圧能力を誇るブレス。さらに言えば、その巨躯そのものが質量兵器となり得る。
ベゼスタ一人ならば倒せるだろう。しかし、守らなければいけない対象が居たら?
ヘルメスはワイバーン相手に身を守る程の実力はまだ無い。ベゼスタが不意を突かれる可能性は十分にある。
駆け足で向かっていると、ヘルメスが走ってきているのが見えた。
その奥には煙幕が巻かれている。恐らく魔法具を使ったのだろう。
「ヘルメス!」
「ウォーカー!」
互いの顔がはっきり見えるところまできて安心してしまったのか、ヘルメスが足を縺れさせ倒れてくるのを受け止める。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫。でも、ベゼスタさんが!」
「勝てそうだったか?」
念の為にそう聞くと、案の定ヘルメスは首を振った。
「私を庇ったせいで、ブレスを直接受けて……」
「そうか……。分かった。ヘルメスは安全な場所に居ろ。
俺は援護に入る。もし日が暮れる前に俺たちが戻らなかったら、街に戻れ」
そう言って、不安そうなヘルメスの頭の上に手を乗せる。
「心配するな。必ず、全員で生きて帰る」
そう言って煙幕の方向へと駆けつつ、手斧を懐から出す。
その最中、ふと疑問が湧いてきた。
何故、此処まで身を張ろうと思ったのだろうか?
元々ベゼスタは俺にとっては邪魔者だった。死んでくれるならそれで良いじゃないか。
ヘルメスはベゼスタの行動のお陰で逃げ延びている。二人で撤退しても非難される事は無い。
その考えが脳裏に走った自分に、酷く嫌悪感を覚える。
違う。俺は助けなければならない。何があっても。
何故と言う思考が走る前に目の前の煙が晴れていき、ベゼスタとワイバーンの姿が見える。
すかさず右手の手斧を投擲する。狙いは右目。
一本しか持ってきていない以上失敗する訳には行かなかった。無事命中し、ワイバーンは激痛のあまりに悶え苦しみながらブレスを虚空へと散らす。
そのまま手斧に括られた縄を引き、更に右目にダメージを与えつつ動きを封じる。
(よし、動きが乱れた!)
好機を逃さず抜刀し斬りかかる。
狙い通りワイバーンの右手の根本近く、その鱗同士の合間を捉える。
しかし、半ばまで刀身が食い込む段階で異常に気付く。
(以前より、硬い!)
そのまま渾身の力で振り抜き、なんとか両断に成功する。
そして斬り込んだときの勢いのままベゼスタの前方に立ち、右手に持った片刃剣の状態を見る。
無理やり切り抜いた影響か刃こぼれが目立つ。確かに勇者時代と比べると剣の質は劣るが、それでもここまでになるだろうか。
「無事か、ベゼスタ」
背後にいるベゼスタに問いかけると、息も絶え絶えと言った様子で答えてくる。
「君の、おかげでな……。しかし、私はもう戦力にならない」
身に着けていた鎧はかなり変形しており、煤がついている。切り傷が無いという事は、威力の高い攻撃までは避けれたと認識して良いだろう。
「助けに来てくれたのだろう? 本当に、有難い。だが、ここが限界だろうな。ヘルメスを、相棒を連れて逃げてくれ」
「怪我人は黙ってろ。仲間が倒れてる状態で引けるか!」
そう叫びながら右手を腰の後ろまで下げ、剣先を左手の指で押さえる。
最早この剣で斬撃は出来ない。刺突でもって、もう片方の目を貰う。視界さえ奪ってしまえば、逃げる隙ぐらいはできるだろう。
そう思い、突進する。
その瞬間、経験則が目に映る光景よりも先に答えを導き出していた。
この一撃は、届かない。
そうだ。ワイバーンと戦っていたのは、
そして何よりも、強敵と戦うときの感覚が劣っている。
命の危機を感じる相手と相対した感覚。人より上位の種族を相手にした感覚。強敵を相手にした時の研ぎ澄まされた勝利への感覚さえも。
当然、本来繰り出すべき攻撃は、
ワイバーンの左手が刀身ごと体を捉え、弾き飛ばす。
その結末を導き出した瞬間、脳内での想定通りの結果が再現され。
自身の体は近場の木の幹に叩き付けられていた。
「ガハッ…………!」
衝撃は内臓を揺らし、口を血が濡らす。
「逃げ……ろ! ウォーカー!!」
自身の体のダメージもまだ尾を引いているだろうに。必死な形相でベゼスタが叫ぶ。
あいつも、初対面の時と比べて変わったものだな。
探し人を捕えるためだけにアヴニツァに来て、弱い者の生き死になど関係ないと言った様子の女が。
この数週間。仲間達と共に依頼をこなした記憶が蘇る。
きっと、走馬灯なのだろう。
思えば、王都と腐っていた頃と比べてやけにこの数週間は楽しかった。
そうか。きっと、そうなのだろう。
最終的には
だから、この数週間が美しく見えるのだ。
この数週間を与えてくれた仲間たちを、大切に思うのだ。
ならば、ここで死ぬわけには行かない。
まだ、何も返せていないのだから。
「騎士様が、そんな慌てふためいた声だすもんじゃないぞ」
アイテムポーチから薬草を取り出し、回復魔法へと変化させる。
普段ならば時間を掛けて効能を発揮するはずのそれは、
所詮はダメージを少し回復した程度。しかし、それでも直ぐには動ける。数分ならば戦い抜ける。
次に携帯食料を取り出し、筋力を幾分か強化させる。後一歩が届く程度の強化だが、それで十分ワイバーン位なら相手取れる。
能力を使うその光景をみて、ベゼスタは目を見開く。
そんな筈はない。この男が、
薄々気づいてはいたのだろう。どこか納得し、だが何かに苦しんでいるような。そんな表情を浮かべているべセスタに向かって語り掛けるように話し出す。
「お前が目を付けた相手は当たりだったって事だ、ベゼスタ。俺は人でなしの、元勇者だからな」
鉄貨4枚を懐から取り出し、
生み出されたのは、鋼鉄の片刃剣。その質も、普通の鍛冶屋で打たれた剣より遥かに上だ。
この剣ならば、ワイバーンの鱗程度ならば容易に切り裂ける。
右前方にベゼスタがまだいるのを確認して、勝利を確信する。
ワイバーンはブレスを構えているが、もはや脅威ではない。守るべき味方は、ブレスの加害圏内からは離れている。
「恨むなら恨め、ワイバーン。お前は、ここで終わりだ」
ワイバーンがブレスを吐く寸前、強化された筋力を最大限引き出して飛び出す。
ワイバーンのブレスは地面を焦がすが、そのギリギリ範囲外を突き進む。ブレスを追尾させ焼き払おうとするが、わずかに遅い。
ブレスを避けた勢いのまま跳躍すると同時に、全身のバネを活用して剣を振り抜く。
古今東西、相手を斬るという事は「叩き切る」という一心を押し通す事にある。
その瞬間を、俺がその眼で見る心理的余裕など、一つもなかった。
剣撃を加えた後の体はその勢いのまま空中を落下していく。
着地した瞬間に両足と片手で勢いを殺し地面を抉りつつ、ワイバーンの方へと向き直り剣を構える。
ワイバーンの動きは静止している。ブレスも、もはや吐かれてはいない。
だが、斬れたと言う感覚を感じる事が出来る程の余裕はなかった。
動く事を警戒しつつ、切っ先をワイバーンの背中へと向ける。
その数瞬後、ワイバーンの首はまるで思い出したかの様にゆっくりと切断面を沿って滑り、そして地面へと落ちていった。
一気に体の緊張が解け、倒れかけるのを剣を地面に突き刺し体の支えとする。
まだ、やる事はある。たくさんある。寧ろ、これからなのだから。
剣を地面から抜くと、そのまま右へ投げ捨てる。
投げ捨てた剣は地面へ落ちる寸前に光の粒子となって消えて行った。
賭けに勝ち、命を奪った。役はリセットされる。そして、
得られる報酬の中から、使い切りの飛翔の魔法と共にワイバーンが蓄えていた魔力をそのまま貰う。流石は勇者の体だけあって、ワイバーンの魔力をそのまま奪ってもその魔力により体そのものが爆ぜる事はない。尤も、回復することは無い使い捨てである以上使いどころは限られるだろうが。
「ウォーカー、お前は……」
ふと、そう呟く声が聞こえた。ベゼスタだ。
ある意味、彼女の心を裏切ったことになるのだろう。今まで真実を隠して、仲間として接してきた罪人が自分であるのだから。
「まぁ、そういう事だ。これで、お別れだ。
一応一人で食えるぐらいにはヘルメスを育てたつもりだが、念の為だ。ベゼスタ、少しの間でも見守ってやってくれ」
その言葉を聞き追いかけようとして、ベゼスタは転んでしまう。
それを横目に見つつ、久しぶりに自然な笑みを浮かべながら別れの挨拶を告げる事ができた。
自身の所業により罪人となった
しかし、
だから、
「待て、ウォーカー!」
「さようなら。
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