第十八話 冒険者ハスラー
木陰から木陰へと隠れつつ、揺れのあった方向へと進んでいく。
そして近づけば近づく程、漂ってくる匂いに嫌悪感を抱く。
「ハスラー」
「分かってる。血の匂いが強いな……」
「おいおい、何人のパーティーが死んだんだよ」
ダイヤが手に持った剣を僅かに震わせながらぼやく。
それに対して首を振る事で答える。
「違うな。血の匂いが強すぎるし、獣臭さがある。その癖戦闘音や鳴き声は一切聞こえない。
……多分だが、戦闘は終わってる。この臭いじゃ並の魔物は近づかない。警戒しつつ現地を確認するぞ」
そのまま少しばかり進むと、ふと草むらの中に気配を感じる。
姿を確認しようとゆっくり近づいた所で、足元の小枝を踏んでしまう。
瞬間、草むらから人影が飛び出してくる。咄嗟に剣を構え、相手の剣の軌道を遮る様に構えて盾とする。
金属と金属が衝突した甲高い音が聞こえ、飛び出してきた相手は直ぐに跳び下がった。
出てきたのは、よく知る相手だった。
「……ハスラー?」
「ヘルメスか、驚かせるな」
そうぼやいて剣を鞘に収める。
「いきなり斬りかかって来るのは冒険者としてどうなんだ?」
「それはこっちのセリフ。気配を殺して後ろから近づかれたら誰だって敵だと思う」
「それは……俺が悪いのか」
「言ってる場合かハスラー。
ヘルメス、こっちには一人で来てるのか? ウォーカー達は?」
メイソンがそう尋ねると、ヘルメスは地揺れがあった方向を指しながら答えた。
「あっちでウォーカー達がワイバーンと戦ってる。戦闘音が止んだ方から決着が付いたと思う。けど、終わってなかったら私が行くと足手纏いになる」
「やっぱりワイバーンかよ……」
ヘルメスからワイバーンの名前を聞いたダイヤは、そのまま怖気づいてしまう。
「いくら何でもナシだぜ、ハスラーさん。このまま嬢ちゃん連れて引こうぜ」
「……このパーティーだけだと戦力が足りないな。
リーダーはあなただ、ハスラー。決めてくれ」
撤退を具申するダイヤを横目に、アダムスは問い掛けてくる。
どうするかなんて、聞くまでもない。
「俺が先頭に立つ。ついて来い」
「……くそっ、分かったよ」
渋々と言った様子だが、ダイヤも納得してくれた。
ヘルメスを中心に菱形の陣形をとり、ゆっくりと前へ進んでいく。
進むにつれて樹々の一部に火種が燻っているのが確認できる。幸いな事に、枯れ木が少ない以上大きく燃え広がる事はない。
そして開けた場所に出た時、思わず我が目を疑った。
「……スゲェ」
先程まではビビっていたダイヤが、思わず溢す。
その周囲の木々は薙ぎ倒されており、中には炭化した物もある。風圧と炎によってか、雑草はことごとく消えており一帯の地肌が剥き出しになっている。
目の前にあるのは、首のない巨躯。
自身の周りに血溜まりを作り倒れ伏す、ワイバーンの姿だった。
「これは、まさかウォーカーが……?」
そう呟く。ワイバーンなぞ、金級冒険者が漸く相手にできるような魔物だ。その首を、切り落としたのか。
「ハスラー! こっちに来てくれ!」
そう声を張り上げるメイソンに呼ばれ駆け寄ると、そこには気絶したベゼスタが居た。
「ボロボロだな……見たところ、今すぐ死ぬといった事はないだろうが」
「そうだな。回復魔法を掛けておく。弱位だから効果は薄いが、無いよりマシだ。下手に強心草を噛ませるのもこの調子じゃよろしくない」
「……そうか」
つまり、戦力として期待はできない。ワイバーンと戦っていたと考えればそれも致し方ない。
そう考えれば、ワイバーンを倒したのは彼女とも取れる。
状況を確認したいが、今は先にすべき事がある。
「状況は不明だが、取り敢えず二人は救えた。これ以上は望まない方がいいな。
撤退するぞ」
「でも、ウォーカーが」
「嬢ちゃん、諦めろ。それに、まだ死んだと決まった訳じゃない。
街に戻って待っていた方が良い。な?」
ダイヤがヘルメスにそう言い聞かせる。暫く抵抗するが、最終的にはうなずいてくれた。
(それにしても何かあったのかね……)
他の誰も気付いていないが、俺たちが来た方向へと続いてく足跡がある。
恐らくはウォーカーだろう。彼は無事生き残っている。
しかし、彼女達を置いて去っていった理由が分からない。方向的に言えば、一度ヘルメスを呼びに行った様な動きだが……。
パーティーメンバー同士でのトラブルだろうか。まぁ、不思議ではないが。
考えても仕方ない。そう切り替えて、足を前に進めた。
ベゼスタを医院の元に連れて行ったところ、やはり受けたダメージが大きすぎると言う事で入院しての治療となった。
ヘルメスは付き添いとして一晩医院に泊まり、日が明けたら依頼達成報告と共にウォーカーの所在を確認するとの事だった。
そして俺はと言うと、ギルドの会議室でギルドマスター達に報告をあげていた。
「……本当に、ワイバーンだったのか?」
「えぇ。森林の北東部でウォーカーのパーティーが仕留めたみたいですよ。まだ死体が転がってます」
「にわかには信じる事が出来ませんが……」
「俺だってそうですよ。ただ、色々と説明が着くのは事実です。
恐らくは山脈部にワイバーンが現れ、フライリザードは住処を追われた。その結果、森林部でフライリザードが現れた」
報告をそう締めくくり、しばらく無言となる。
沈黙は、思ったより長くは続かなかった。
「そして自身の餌を追ってワイバーンもまた森林部まで現れた、という事か」
ギルドマスターがそう呟くと、サブマスターがギルドマスターに体を向けた。
「考えても仕方がありません。森林部および山脈部に向け、明日にでも調査隊を編成しましょう」
「そうだな。人員は準銀級以上にて編成するように」
「了解です」
その言葉と共に、サブマスターが退室する。
二人きりとなった空間で、ギルドマスターは顔を此方に向けた。
「さて、ハスラー君。今回の一件、ご苦労だった」
「いえ、ギルドマスター。大したことはしておりません」
「謙遜はいい。今回も良く生き延びて情報を持ち帰ってくれた。君のスキルに似合わず時々無鉄砲な様子を見せるのはどうかと思うがね」
「……申し訳ありません」
「まぁ良い。それより、コレだ」
そう言ってギルドマスターは机から一枚の書類を取り出すと、此方へ来てそれを渡してきた。
また厄介事かと思って中身を見る。しかし中身は次の依頼書ではなかった。
これは、昇格内示書か。今の俺が銀級だから、つまりは。
「……準金級ですか。そこまでの能力は」
そう言いかけた所で、ギルドマスターが制止する。
「戦闘能力だけならば、至らぬだろうて。場数も戦歴経験者と比べれば劣る。しかし君達の斥候としての能力はギルドにとっては貴重な才能だ。ここに限らず、何処でもな」
そう言って齢七十を超えてなお顔のシワ以外に衰えを感じさせない翁は笑った。
「これからも、この国の為によろしく頼むぞ?」
「……私程度でも、よろしければ」
「……って事になったんだよ、メイソン!!」
一気飲みして空になったジョッキを机に置く。報酬も期待できるし、少し高めだが三杯目のエールを注文する。
「まぁ良いじゃないかハスラー。お前も俺も晴れて昇格確定だろ? 固定給も出る様になるし良いこと尽くめじゃないか」
「その分責任が重すぎんだよぉ〜。適度の義務と適度の自由が冒険者の乙なところだろぉ〜」
三杯目のエールが運ばれて、すぐにその容積を半分まで減らす。
昇格なぞ望んでいないっての。自由に善意を押し付けたり自由に義務に準じたりできる今の立場がちょうどよかったのだ。
準金級以上になると、何もしなくても一日食っていけるだけの固定給が支給される。
だがその代わりに、ギルドからの指名依頼を断る事が出来なくなる。その為に遠方まで飛ばされるのも覚悟しなくてはいけない。
何よりも難しいのが、降格が出来ないことだ。この義務から逃れるには冒険者ギルドを脱退するしかない。偽名で入り直したとして、階級は最初からといった仕組みだ。
それでも一定の収入が入る事も有り、基本的には嫌がる冒険者は少ない。
そして、俺は少数派だ。
「自由こそ冒険者の誉れッ! それを踏みにじる制度なんて大っ嫌いだ!」
「ハスラー、分かってるとは思うがここはギルドの酒場だぞ?大丈夫か?」
知った事か。酔っぱらってしまえば全てが許されるのだ。
残りのエールを喉元に流し込んだ時、ふと一階のエントランスに見知った顔を見た。
「ウォーカー?」
零した独り言に彼は気づかず、そのまま受付へ向かう。
受付嬢に要件を伝え、書いているのは何かの書類だろうか?
暫く受付嬢と話した後に彼は用紙に何かを書いて行き、提出すると同時に封筒を受付嬢に渡した。
あれは、手紙だろうか?
依頼の達成報告かとも思ったが、それらしき剣を彼は渡していなかった。
何か別の手続きだろう。それも、ヘルメス達に声を掛けた様には見えないが……。
「何かあったのかねぇ……」
「どうした?」
「いや、何でもない」
怪訝そうに問いかけてくるメイソンに首を振る事で返事をし、追加のエールとつまみのベークドポテトを注文する。
どうせ、明日聞いてみればいい話だ。今は、酒と飯が楽しめればそれでいい。
「嬢ちゃん、ポテトとソーセージのポトフもついでに頼む!」
冒険は、これから先も続いていくのだから。
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