第十五話 飛竜

 

「ベゼスタさん、どうでしょうか」


「……見た所、私たちの方が当たりみたいだな」


 木の幹に刺さった矢を引き抜きつつヘルメスさんが答えてくれた。

 周りを注意深く見てみると不自然に切れた葉っぱとか、斬撃の跡が残ってるのが分かる。


「この辺りだろうな。探してみよう」


「分かりました」


 周辺を探しながら、ふと空を見る。

 木の葉に隠れてはいるけど、太陽は1十五度ほど傾いた位置にある。まだ十分に余裕はあると思う。


「……ベゼスタさん、ごめんなさい」


「何がだ?」


「本当なら貴方に手伝って貰うべきじゃなかった。私一人の力で探さなきゃいけなかったのに……」


 ベゼスタさんは依頼金を払ってついてきてる。なのに、ウォーカーと一旦別れた後はベゼスタさんが殆どの痕跡を見つけて辿ってくれた。


 その事がとても申し訳なくて、その言葉は特に意識することもなく口から出てきた。


 だけど、その言葉に対してベゼスタさんは直ぐに首を振った。


「いや、気にすることは無い。新人冒険者が捜索系の依頼をこなすのは難しいからな。その点、今回の事は私にとっては嬉しいんだ」


 ……嬉しい?


「どうして?」


「ウォーカーが今まで私に対して取ってきた態度は、あくまで依頼人。聞こえは良いが、要は余所者。信用されてないという事になる」


 それなりには同じ依頼に同行してた筈だがな。そう呟くベゼスタさんは、どこか寂しそうだった。


「実際ウォーカーがどう考えているかは分からない。単純に私の事を信頼し始めたのかもしれない。ただ、ウォーカー自身が君に引け目を感じている、という可能性もあるな」


「そんな、でも私はいつもウォーカーに助けられて……」


「だが、ウォーカーは間違いなく『訳あり』だ。顔を態々包帯で隠して、新しく冒険者登録をする割には手練れ並の実力がある。何か裏があるのは事実だろうな。


 もし仮に誰かしらに追われる身だとしたら、遠ざけようとするのも分かるだろう?」


「それって、例えば……」


「そう、例えば、私みたいに」


 そう言ってヘルメスさんは笑みを浮かべる。確かに、ヘルメスさんの目的は黒髪の罪人を探す事。そう考えれば、間違いなく一致する。証拠は、当然ないけど。


「……ヘルメスさんは、ウォーカーの事を『黒髪の罪人』だと思ってるの?」


「そうでない事を祈ってる」


 返事は、即答だった。


「それなりの期間は一緒に居させてもらった。それ故分かるが、あいつは根はかなり優しい。他の人間と比べてもな。君と一緒にパーティーを組んで、かつ手取り足取り教えているのがいい例だ。


 本当なら、彼は一人の方が動きやすい筈だからな」


 一拍置いて、絞り出すようにベゼスタさんは吐いた。


「ウォーカーが。


 クロガー・シャーミネーであって欲しくない」



 その名前は、私でも聞いたことがある名前で。


「……異世界の、魔王を倒した勇者」


「そして、私利私欲を尽くして数多の人間を不幸にさらした大罪人」


 私の言葉に対してそう付け加えて、ベゼスタさんは続ける。


「確かに、私はクロガー・シャーミネーの悪い部分しか知らない。それは認めよう。だが、思うのだ。


 あの極悪人の性根が、善からなるものだったと信じたくはないのだ」


 そう言って、ベゼスタさんは口を閉ざす。

 暫く場に沈黙が広がったけど、ふとベゼスタさんが少しばかり喜びの感情を持たせた声で話しかけてきた。


「あったぞ」


「……本当ですか?」


「あぁ、恐らくだがな」


 そう言ってベゼスタさんが掲げるのは、刀身の中心辺りで折れてしまった鉄の両刃剣。剣の鍔はシンプルだけど、それでも鍔迫り合いの際に使い手を守る様にコの字の形になっている。剣の扱いに慣れれば、鍔迫り合いから手首の動きだけで相手の剣の動きを封じる事も出来るかもしれない。師匠から弟子に対して、試練と共にさらなる成長を祈ったのがよく分かる剣だった。


「ジェスタ・ブリッツから今までで最高の弟子へ、か。・・・中々泣かせる剣だな。依頼金を出してまで探そうと思うだけの価値は、確かにあるだろう」


 そう頷いてからベゼスタさんは折れた剣を布で包んで紐を通して背負う。


「さぁ、帰ろう。後一刻もすれば日暮れになる」


「分かりました」


 そう頷いた瞬間、ふと空が暗くなった気がした。


 反応が早かったのはベゼスタさんで、上を見た瞬間直ぐに人差し指を口に当て、草むらに私を引きずり込む様に隠れた。


 その後直ぐに降りてきたのは、灰色の羽を持った最下級の飛竜。だけどその実力はグレイウルフにも匹敵して、平原だったら確実に軍配が上がると言われている程の強さ。


 ハスラーたち銀級冒険者たちが捜している対象。名を、フライリザード。


 餌の匂いを嗅ぎつけてきたのだろうか。フライリザードは地面に降り立つと、辺りをうろうろと歩き回っている。


「・・・古くなったとはいえ、血の匂いを感じたのかもしれないな」


「・・・餌を、探しに?」


「かもしれない。ゆっくりと、音を立てない様に離れるぞ」


 小声でそう話し合い、気を使いながら下がろうとする。




 次の瞬間、また空が暗くなると共に突如発生した謎の風圧により咄嗟に目を瞑ってしまう

 暗闇の中、耳から聞こえてくる巨大な地響き……そしてフライリザードと思わしき断末魔


 風が収まり、目を開ける……べセスタさんが何かを叫んでいるが、耳に入ってこない……それほどまでに私は……目の前の生物に圧倒されていた。












 同刻、森林南側から一刻ほど進んだ場所。


「……おい、ハスラー。これって」


 アダムスの唖然とした言葉に対して、ハスラーは神経質に返した。


「分かってる」


 手練れの冒険者にしては随分と余裕の無い口調だった。否、このような事態に対して、皆初めての経験と言ってよかった。


 メイソンがその場に散らかる多数の血糊と死骸を見て、呟く。


「フライリザードの死骸……。食い散らかされているが。大体は体の末端部。それを数えていけば、食われた数は尋常じゃないぞ」


「フライリザードだけじゃねぇぜ。多分こりゃ、グレイウルフもだ」


 焦ったようにアダムスとダイヤが同時に言葉を発する。


「これは俺たちの手には負えないんじゃないか?横やりを入れたにしても、グレイウルフとフライリザードの両方を相手取って両方とも食い散らかすなんて中々いないぞ」


「オイオイオイオイ、冗談じゃねぇ。流石に俺たちの手には負えねぇぞ。刺激的どころじゃねぇ。唯の劇物じゃねぇか」


 とは言いつつ、この場にいる4人はその候補に大方の予想は付けていた。

 この付近にいる可能性が有るモンスターで、この所業を為しうるモンスター。


「ハスラー、悪いことは言わない。撤退するべきだ。これは、銀級冒険者が束になったって死人が出るのは免れないぞ!」


 相方である、メイソンが柄にもなく焦った様に勧める。


「分かってる! 分かってるが……」


 ハスラーの脳裏によぎるのは、つい昨日ウォーカーに頼んだ依頼。


 間違いなく、この森林のどこかに彼らは居る。だが……今から探しに向かったとして見つけられる可能性は低いだろう。

 どう考えたとしても撤退するのが正解だ。


 だが、この惨劇を作り出す生物……。


 俺は、新米冒険者二人を、死地に追いやったのか。

 だとしたら、直ぐにでも探しに行きたい。たとえ無駄足だったとしても、それだけはプライドが許さない。


 だが、俺が。俺だけが足掻いたところで何とかなるのか。たとえこのパーティーで挑んだとしても。いや、相手が悪すぎる。


 その悩みを打ち消すのは、この焦った中でもやけに耳に通った、それでいて気を付けてなければ聞き逃すような小さな地響きの音だった。


「この音は……!」


「ハスラー? 何か聞こえたのか?」


 ハスラーのつぶやきに対してメイソンが素早く反応する。


 ハスラーは暫し悩んだ後、ゆっくりとパーティーメンバーたちに指示を伝えた。

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