第十四話 不穏な気配

 

 アイテムポーチを手に入れてから、森林の依頼巡りで手に入る稼ぎは格段に大きくなった。


 なによりも、スモールウルフの肉を一定数持ち帰れる様になったのが大きい。安物と言えど肉は肉。特に食料供給に不安が残る山岳地帯の街では下手な装飾品よりまともに売れる。


 二階の酒場で夕食を終え、先にヘルメスを帰す。

 来たばかりの頃と比べるとかなり懐に余裕がある。最新の地図を仕入れるか、それとも良い加減小道具を仕入れるか。


 麻袋の中身を見ながら思案していると、ふと前方から声が掛かった。


「よぅ、ウォーカー。調子はどうだ?」


「なんだ、ハスラーか」


「おうよ」


 軽く笑いながら近づいてくるハスラーは、どうも先ほど帰ってきたばかりの様だ。まだローブには埃や葉っぱが付いており、ろくに身なりを整えた様子もない。


「何時まで森林に居たんだ? 今お帰りとは随分勤勉だな」


「夕方まではメイソンと森の中に居たのさ。お陰でこんな時間の帰りだが、得るものはあったぞ?」


 そう言ってハスラーは親指を立てる。しかしその割には疲れ切った様子だ。


「ところで、もうヘルメスとは別れたのか?」


「あぁ、食事も終わったからな」


「そうか。まぁ、お前を捕まえる事が出来ただけでも儲けものだろう。少しばかり酒に付き合ってくれ。話がある」


「……? まぁ、良いさ。座ってくれ」


「じゃ、遠慮なく」


 そう言ってハスラーは対面の席に座ると、ウェイトレスにエールを注文する。


「食事は良いのか?」


「それは話が終わってからだな。どうせ長話するつもりも無い」


 エールは思ったよりもかなり早く出され、受け取ったハスラーはそれを一気に飲み干した。

 その表情はまるで今日使い果たした元気を補充したかのように生き生きとしていた。もっと直接的に言うならば、完全に仕事終わりに一杯飲みに行くおっさんだ。


 一瞬で空になったコップを机に置くと、ハスラーは話を切り出した。


「実は、二人に受けてほしい依頼があってな」


「依頼? 銀級冒険者様が?」


「ギルドお抱えの、が抜けてるぞ。


 フライリザードの捜索もそろそろ大詰めだろうからな。出来れば其方に専念したいんだが、古い馴染みからの依頼となると無下にも出来ない」


「それで、俺とヘルメスに?」


「あぁ」


 此方の言葉に頷き、ハスラーは真新しい依頼書を此方に差し出した。


「森林内で投棄した折れた剣の回収依頼。報酬は銀貨5枚だ」


「大盤振る舞いだが、内容も難度がありそうだな。投棄位置はどの辺なんだ?」


「森の北側辺りだそうだ。スモールウルフの群れとの遭遇戦で、咄嗟に防御に使ったらしい。受け方が強引すぎたのと年月が経ってた剣と言うのもあって、ぽっきりだとさ」


「年月が経った剣か。もしかして」


 此方の疑問に対して、ハスラーは頷いた。


「俺の馴染みが剣の師匠から受け取った、"始まりの剣"なんだとさ」


 その一言で、依頼人の思い入れを察する事が出来た。


 エスペニアで剣を教え終わった際、師匠は弟子にオーダーメイドの剣を送る風習がある。それが、"始まりの剣"と呼ばれる物だ。

 流石に高級品と呼べるほどの金は掛けないが、師匠が弟子の特性を考えた上で鍛冶屋に依頼するため、剣を教わった人の数だけ"始まりの剣"は存在する。



 そんなものが、確かにあった。それは、俺も同じだった。



「分かった。受けよう。依頼人にはきちんと説明しておいてくれよ?」


「おうよ。それとこれは、ちょっとした気持ちだ」


 ハスラーは机に手を滑らせるように4枚の硬貨を此方に差し出す。


 銀、にしては色が汚い。これは鉄貨か。


「要らないつり銭を押し付けてるのが半分と、後は一種のゲン担ぎだな。ガキの使いの時と同じように簡単に見つかりますようにってやつだ」


「駄洒落か何かかよ。まぁ、お守りとして受け取っておくよ」


 そう言って笑みを浮かべ、依頼書を折りたたんで鉄貨と共に懐に入れる。

 席を立つと、ハスラーは此方に手を軽く振った。


「頼んだぞ~」


「はいはい」


 ウエイトレスにお代わりと料理を注文し始めるハスラーを背に宿へと戻っていった。








「……それで、今日はハスラーの依頼をやるの?」


「あぁ。捜索がメインだから、今日は軽装の方が良い。いろんなところを動き回る必要があるからな」


 ハスラーから依頼書を貰った次の日、ギルドのクエストボードの傍の机でヘルメスと方針を打ち合わせる。

 ベゼスタは近くの柱に寄り掛かり腕を組んで此方を見ている。当然の権利の如く、今回も銀貨二枚を払ってついてくる予定だ。


「ハスラーからの話だと、依頼主が折れた剣を投棄した位置は森林の北側との事だ。範囲は広いが、偶発遭遇での戦闘だったと考えると少しばかり奥まで行った場所になるだろう。森の外縁から侵入痕を探しつつ、戦闘跡地を探すしかない」


 机の上に広げたアヴニツァ周辺の地図に羽ペンを使って書き込みつつ説明する。


「……痕跡、残ってるの?」


 ヘルメスが疑問を投げ掛けてくる。時間が経っていると思われる以上、当然の事だ。


「足跡は期待できない。進入路についても同じくな。但し、逃げかえってみた道なら、枝が乱雑に折れた跡ぐらいはある筈だ。そこから逆算する。


 依頼書には、スモールウルフとの戦闘の後は撤退したと書いてある。態々依頼を出すほどに大事な剣をその場に捨てたってことは、かなり這う這うの体だった筈だ」


「手慣れているな。普通の冒険者だとそこまでは考えられないぞ」


「師匠の教えが違う。ベゼスタは慣れてるだろうから口出しはしないが、その装備のままでもし足を引っ張る様なら見捨てるからな」


「流石に捜索任務で今の装備のまま行くつもりはない。私も少しばかり所持品を置いていく」


 そう笑ってベゼスタは机の上に置いていた自身のマグカップを取ると、中に入っていたハーブティーを口にする。


「しかし、君がこの様な依頼を受けるとはな。少々見直したよ」


「……と言うと?」


 首を傾げると、ベゼスタは少し笑みを浮かべて答えた。


「てっきりこういった思い出絡みの話にはドライな反応を返すと思っていたが、意気込みが普段と違うからな。そう言った感情もあるのだなと思ったのさ」


「ハスラーからの依頼だからな。それじゃあ、準備を済ませて行こう」


 地図を折りたたみアイテムポーチの中にしまって机を立ち受付を済ませた。



 いつも通りベゼスタを最後尾にして街を出て、街道を進んだ末に森の傍まで行く。


 そのまま外縁を探索し、痕跡を探すが流石に時間が掛かった。それらしき痕跡を見つけたのは、太陽が完全に登り切った頃だった。


「二人とも、休憩にしよう。軽く腹に詰めて置かないと後が持たない」


「そうだな。四半刻程は休んでもいいな」


「……大丈夫なの? もうこんな時間だけど」


「だからこそだ。森の中で集中力が切れる方が危ない」


 そう言って座って木に寄り掛かりつつ座り、ベルトポーチから取り出した携行食の包を開ける。


 雑な塩味のそれは余り美味しいと評価できるものではないが、それでも疲れた身には塩分と最低限のエネルギーぐらいは補給できる。


 水筒の蓋を開き、携行食を流し込む様に水を飲む。


 ベゼスタも最近は此方と同じ携行食を持ち歩いている。簡単に食べる事が出来、かつそこまで味も悪くないと本人からは好評だ。まぁ、少しばかり評価が高すぎる気がするが。


 一方ヘルメスが包から取り出したのはビスケット。小瓶もベルトポーチから取り出し、小さなスプーンで中身を掬う。


 赤色をした半固形のそれは、恐らくジャムだろう。ビスケットの上にのせて食べている。


「ビスケットか。どこで売ってたんだ?」


「私の宿の近くのベーカリー。余り保存は効かないけど、いつもの携行食は流石に飽きた」


「そうか? 十分美味いと思うが」


「ベゼスタ、それはお前が特殊なだけだ。普通はこの携行食を美味いとは思わん」


「そんなものなのか」


 そう言ってベゼスタは食べ終わった後の包を折り畳んでポーチの中にしまう。


「しかし、ここからどうする。痕跡を見つける事は出来た。だが、ここから先日が沈むまでに見つかる保証はないぞ」


 ベゼスタの言う通りではある。何かが無理やり通ったであろう、折れ曲がった枝は一定の方向を示してはいるが、軽くみた限りでは戦闘跡は無かった。


 痕跡の途絶えた位置から扇状に探していくべきだろう。しかし、日が暮れるまでに見つかるかどうかは運かもしれない。


 少しばかり目を閉じ考えを整理して、結論を出した。


「なら東西二手に分かれて探索するのが望ましいだろう。」


「となると、君とヘルメス、そして私で分かれるか?」


「いや、今回はヘルメスとベゼスタ、そして俺に分かれる。西側は起伏が激しい以上、一応はロープを持っている俺が行ったほうが良いはずだ」


「分かった。ベゼスタさん、よろしくお願いします」


「あぁ、よろしく頼む」




「よし、それじゃあ始めよう。探索時間は一刻半、それを過ぎた場合は一度引き返そう」











 同刻、森林の南側にて。


「メイソン、こっちに来てくれ。……どう思う?」


 ハスラーの呼び声に対してメイソンが近づく。


 ハスラーの傍にあるのは、灰色の翼。干からびてはおらず、しかしそれなりに傷がついている。


「フライリザードの翼だな。……食いちぎられてるが」


「おいおい、フライリザードの翼をもぎ取れる奴が近くにでもいるのかよ」


 木盾とショートソードを持った仲間でありアダムスがそうぼやく。捜索の為に、ハスラーとメイソンのパーティーに冒険者ギルドより増員されたのだ。


「……候補としてはグレイウルフ、か」


「案外もっとやばい奴だったりしてな」


 長槍使いのダイヤが警戒しつつ口に出し、アダムスが返す。


 森林の中では手ごわい部類の奴が恐らくは近くにいる。少なくとも、その事実だけは全員が確認できた。


 逆に言えば、今までフライリザードが見つからなかった理由も分かるかもしれない。そして、フライリザードを見つける事も。


「森の中に降りたフライリザードは単体ではなく複数の可能性あり、って話を聞いたときは冗談かと思ったけどな。


 中々刺激的な依頼になりそうだ。ダイヤ、気合入れようぜ」


「勘弁してくれ……」


 気持ちが上がっているダイヤとアダムスを横目にしつつ、メイソンは周囲に違和感を覚える。


「グレイウルフとフライリザードがやり合ったならもうちょっと荒れててもよさそうだが……。どうする、ハスラー」


 状況に対してメイソンは違和感を抱き、ハスラーに指示を仰ぐ。

 ハスラーは熟練した銀級冒険者らしく、しかし気負いすぎる事もなくパーティーに指示を出した。


「慎重に進んで行くぞ。アダムスとダイヤは左右に。メイソンは後方に控えてくれ。俺が先導する」




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