第十三話 ヘルメスの休日

 

 今日はウォーカーが工房に依頼していたアイテムポーチを受け取りに行くらしい。


 つまり、今日はお休み。


 だから何時もより少し遅い時間に起きて、他の冒険者達がギルドから出発し始めるタイミングで食堂に来た。



 今日の朝食は、ちょっと豪華。


 前にウォーカーが食べてた合挽肉のハンバーグと、塩で味付けされた根菜のスープ。手前にはコッペパンと羊のミルクがある。


 ハンバーグにウスターソースを垂らした後に一口分を切り分けて、フォークで刺して口の中に運ぶ。


 至福。やっぱりハンバーグにはウスターソースが合う。


 それに、付け合わせのじゃがいもに味付けするのにも使える。ウォーカーは塩で食べていたけど、私は多少高くてもウスターソースの方がいいと思う。


 根菜のスープは薄味に作られているから、朝食のハンバーグといい感じに釣り合いが取れている。香り付けに少しだけハーブを使っているみたいで、さっぱりした味を出している。


 総評は、80点。朝食にも文句なしの味だった。


 今日のちょっと豪華な朝食にそう結論付けて、冒険者ギルドを出ていく。





 次の目的地は、香水店だ。





 銀級以上の冒険者達ならさておき、基本的に普通の冒険者たちは見た目にはそこまで気を使わない。


 と言うのも、どうせ汚れてしまったりそもそも着る機会がないなら高い服やアクセサリを買っても意味はあまりないからだ。


 だからこそ、冒険者達の中でも女性に人気な物がある。



 それは、香水だ。



 銅級付近の冒険者達にとってはちょっとお高めの買い物だけど、それでも香水は一定の人気を誇る。

 何よりもまず、どの町でも値段に大した変動が無いのが大きい。未開封だったら劣悪な条件でも一年半は香りはそのままだから、多少の僻地でも値段の変動は大きくない。それでいて、女性にとっても男性にとっても匂いは大事だ。


 こと女性冒険者にとって、化粧と言えば香水の事を指すのだ。

 尤も、私は今までそんなに気にしたことは無いけど。


 香水店の商品棚に並ぶ品物に目を通していく。


 流石に高級品となると銀貨十枚は平気で飛んでいちゃう。

 だから、高くても銀貨一枚まで。それでもいろいろと種類がある。

 柑橘系に、簡単に各種の花の香りを持たせたもの。一番安いのだと、ハーブの香りもある。


 けどこの辺りになると、余程雑な物でもない限りどの香水でもそこそこ評判は良い。


 サンプルの蓋を開けて少し匂いを試しながら、それぞれ見ていく。

 今まで香水を使うとしたら安いハーブ系だったから、どれが男性受けするかは全く分からない。

 店員に聞くのは、ちょっと恥ずかしい。



 ウォーカーなら、どんな香りが好きだろう。



 男性受けと言えば花の香りを持たせたものが良いんだろうけど、ウォーカーは花が好きっていうイメージがない。

 けど、柑橘系が好きそうにも見えないし、ハーブ系はそもそも安っぽい。



 どうしよう、と悩もうとしたところで自分の思考に気づく。


 いやいや、別にウォーカーに振り向いてほしいとか思ってるわけじゃない。確かに頼りになるし、強いし、惹き付けられるけど。

 それは同じ冒険者仲間としてであって、男性としてとかそういう事では全くなくて。



 でも、ちょっと。

 香水を使ってみた時のウォーカーの反応も、見てみたいかも。



 そんな風に思考が右往左往していると、いきなり後ろから声が掛かった。


「何をお探しですか?」


 ビクッとして後ろを振り返ると、そこには香水店の店員さんが居た、

 髪は金髪で長く、頭にはベレー帽をかぶっている。白いシャツの上からでもわかるくらい胸は大きく、腰は締まっている。

 もしこの人が踊り子とかをやっていれば、大人気だったんじゃないかと思うくらいの美人さんだった。


「えっと、香水を探してるんです。余りきつすぎないのが良いんですけど・・・」


「分かりました。……見た所、冒険者の方ですか?」


「えっ、なんで分かるんですか?」


 今はいつもの旅装束じゃなくて茶色のワンピースを着てきている。ぱっと見だと村人に見えると思うんだけど、そんな直ぐに分かるなんて。

 そう驚いてると、店員さんは笑いながら私の手を示した。


「そこまで剣だこがあればわかりますよ? 仲間の方にも不快感を与えない様な香水となると・・・」


 そう言いながら店員さんは奥の棚の方に向かうと、商品棚から何かを取って戻ってきた。


「此方とかどうでしょうか。アジサイの香りに、少しばかりミントを混ぜ込んでます。しつこくなくていい感じだと思いますよ?」


「アジサイ……?」


「えぇ。一度試してみてください。きっと気に入ると思いますよ?」


 そう進められて、試しに瓶のふたを開けてみる。


 思ったよりいい香り。かといってバラみたいに強いわけでもない。


 香りを落とす時にも苦労はしなさそうだし、なによりも気に入ってしまった。


「これをください」


「有難うございます。銀貨一枚です」


 ちょっとお高めかな。そう思いながらも、躊躇いなく銀貨一枚を差し出して香水を受け取る。


 試しに少し使ってみる。なかなかにいいと思う。


 ちょっとだけ上機嫌になりながら店を出て、空を見る。


 いつの間にか太陽も上り切っている。

 少し入り口前の広場で日向ぼっこでもしてようか。


 そう思って広場の方に続く道を暫く歩いてると、反対側から会うと思って無かった人が歩いてた。


「ん? ヘルメスか。こんな日中に遭うとは珍しいな」


「ど……ハスラー」


「今なんて言いかけた」


 アレックス・ハスラー。ギルドお抱えの冒険者で、よく私みたいな新人を気に掛けてくれる人。


 まだ昼の内から会うとは思ってなかったから、ちょっとびっくり。


「今日は休みなの?」


「ここのところ成果を挙げれてないからな。今日はちょっとしたリフレッシュ休暇だ」


「フライリザード……まだ見つからないんだ」


「あぁ。痕跡ばかりは増えてくが、追うたびに何処かしらで途切れてる。余り良い兆候じゃないな」


 そう溢した後にハスラーは少しだけ首を振った。


「いかんな、何の為の休暇だか分からなくなってしまう。


 すぐ近くに良い喫茶店がある。一緒に軽食でもどうだ?」



「……おごり?」


「おごり」


 なら、断る理由はないかな。


「じゃあ、ついてく」


 頷いた後、ハスラーの後をついてくと喫茶店にすぐ着いた。

 石造りの建物で、外側にもガーデンパラソルと共に席が幾つか用意されてる。


 ハスラーは入り口近くの外の席を選んで座り、手招きで店員さんを呼んだ。


「紅茶をポットで。コップは二つ。それと、サンドイッチを1セット。


 ヘルメスは何がいい?」


「甘い物を」


「それなら、パンケーキを一つ。バターとメープルもセットで頼む」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 注文を受けたウエイトレスが頭を下げて下がると、ハスラーは私の方に向き直った。


「それで、最近の調子は?」


「私たちの方は順調。ちょっとばかり贅沢する余裕も出てきた」


「そうか。それなら良かった。


 新人の冒険者でも、若い奴ってのは特に訳ありが多いし経験も薄い。魔物に殺されるか、飢え死にするって事が多くてな。」


「お待たせしました。紅茶をお持ちしました。料理の方はもう暫くお待ち下さい」


「あぁ、どうも。


 ……まぁ、心配してたって事だ」


 そう言ってハスラーは最初に私の方のコップに紅茶を注ぎ、次に自分の分に注いだ。


「……」


「どうした?」


「何でもない」


 流石童貞ハスラー。紅茶と酒を同じだと思ってるらしい。


「どうした?その何かを諦めた様な目は」


 取り敢えず、せっかく頂いた訳だし一口。


 まだ少し時間が経ってないのもあるのか、ちょっと味が薄い。まぁ、ポットで頼んでるから話をしてるうちきちんと紅茶の味を出してくれるだろう。


「それで、ハスラーは私の事を気にしてくれてたって事?」


「まぁな。その年齢の女の子が冒険者になるなんて、理由は大体察せてしまうもんだ。粗方、口減らしで親元から自立しなきゃいけなかったってとこだろ?」


「……やっぱり、そういうの多いの?」


「お前以外にもそういうのは沢山居たよ」


 私の村は、ここアヴニツァより更に北に行った所の小さな集落。


 元より実る作物も少なく、魔物や野生動物を狩って凌いでも限界がある。


 そして去年の凶作が響いた。だから、集落の子供の中で一番年上の私が集落を出る事になった。他の子達じゃ、外の世界で生きていく力がないから。


「……確かに、最初は冒険者として生きていけると思ってた」


「実際、素人よりは戦えた。だから心配だったんだ」


「そして、暫くは食べるのにも寝る場所にも困った」


 その言葉のタイミングでウエイトレスがやってきて、料理を机の上に並べる。

 ハスラーの前にはサンドイッチが。卵のサンドと、レタスとチーズのサンド。それと、チーズとハムのサンド。軽食と言う名の通り、簡単に食べれてかつ美味しそうに見える。


 一方、私の前に置かれたのはホカホカのパンケーキ。天辺には四角いバターが載せられていて、パンケーキの甘みと共にちょっとした塩味を兼ねた香りを醸し出されている。横のミニカップにはメープルシロップが入れられていて、小さじで掬って垂らせば甘い香りが広がった。


 ナイフとフォークを使って切り分けて、一口。

 ふんわりと甘く、幸せな気分を味合わせてくれる。けど甘さ自体はしつこくなく、紅茶のお供として十分な役目を示している。バターの塩味がまた甘みを際立たせて、喫茶店のパンケーキながら村で焼いた焼き菓子の様な安心感を感じる。

 総評としては、90点。女性受けする様な店も把握してるとは。いつかハスラーでも活かせるのかな。


「……ありがとう。思えば、心配ばかりかけてきたかも」


「そうだな。俺も唯の冒険者で、試験官に過ぎなかった。お前ひとりを気に掛けてやる事は出来なかったが……」


「?」


 ハスラーの反応に首を傾げると、彼は卵のサンドイッチを一口で食べると笑いながら言った。


「良い先輩に会ったな」


「ウォーカーの事?」


「あぁ。あれは素人じゃない。確証はないが、旅慣れているし経験もそこそこある。それでいて、懐が広いように感じる。中々いないタイプだ」


「……ベゼスタさんは、ウォーカーを罪人だと疑っているけど」


「それは分からない。何かしら訳ありだろうが、罪人の全てが悪人とは限らん。良い奴もいれば、救いようのない悪人だっている」


 ハスラーが紅茶のポットを手に取って私の方を見る。ふと私のカップを見ると、あと半分もなかった。

 頷いてお願いすると、ハスラーはポットの中身を注いでくれた。


「昔はどうあれ、『ウォーカー』は信頼できる。冒険者なんて、所詮はごろつきと一緒だしな。


 それに、今は立派にパーティーとして成り立ってる様に見える。仲間は、大事にするもんだぞ」


 そう伝えるハスラーの言葉は、先輩冒険者としてだろうか。

 重みがあって、しっかりしていて。それでいて、親の言葉の様に暖かかった。


「うん。大事にする。



 ありがとう。童貞」




「おい最後」







 喫茶店を後にしてハスラーと別れると、太陽は地平線か二つ分くらい開けた位置にあった。

 あと数刻もすれば夕方になるだろう。宿屋で武器の手入れでもしていようか。


 そう思っていると、ふと見慣れた旅装束の後姿を見る。


「ウォーカー!」


「……! ヘルメスか。久しぶりの休みだったが、楽しめたか?」


「十分。ウォーカーは、アイテムポーチを受け取ったの?」


「あぁ。ちょっと性能も試してきた。これからは気持ち多めに素材も剥ぎ取れるだろうな」


 そう言って笑うウォーカーの表情は包帯で見えないけれど、少しばかり優しい顔に見えた。


「良かった。ところで……この後時間は?」


「まぁ、あるにはあるが。何かあったか?」


「武器とか道具とかの手入れをしたい。何かもっと気を付けた方が良い所とかあったら、教えてほしい」


「……まぁ、いいか。分かった。付き合おう」


 その返事に少しばかり頬がほころぶ。



 さぁ、明日からまた冒険だ。






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