第八話 狼の群れ

 

 ハスラーと共に飲んだ夜が過ぎ、朝を迎える。

 フライリザードが出てくるという話に引っかかるものがあるが、元々は獲物を狩る際の障害物が比較的少ない山岳に生息する生き物。森の中で動く獲物を追うには向いていない体躯をしている。

 流石にスモールウルフ数匹より脅威度は上だが、森の中で撒こうと思えば撒ける相手でもある。


「分かっているとは思うが、昨日ハスラーが言ってた事もある。いつもより空にも気を配らなきゃ行けなくなるが、根を詰めすぎるなよ」


「うん」


 俺の言葉にヘルメスが頷きを返す。

 その様子を見て、いつもよりは慎重に森の中に入っていく。


 とは言え、やる事自体は一緒だった。

 スモールウルフを見つけ出し、狩った後に討伐証明となる部位と共に毛皮を剥ぎ取る。


 その後に森の少しまで行き、ポイズンモスを討伐し毒消しキノコを採取する。


 後はいつも通りギルドに帰り報酬金を受け取り、素材を売るだけだ。



 しかし、ポイズンモスの生息域から離脱しようとしたところで足を止めざるを得なかった。


「ヴヴゥゥゥ……」


 目の前には、地面を嗅ぎながら進むスモールウルフの群れ。見えるだけでも3体。だが、奥で茂みが動いているのを見るにまだいるだろう。


「スモールウルフがこんなところまで……?」


「いや、違う。多分だが俺たちを追ってきたんだ」


 恐らく、追っているのは俺たちが狩ったスモールウルフの毛皮とそれに付着した血の匂い。

 同胞を殺し続けている存在を追い始めたか。しかし、スモールウルフを狩る冒険者は他にいくらでもいる。今更追われる程運が悪いとは思えない。


 となると、理由は一つ。おそらく、奴らが捜しているつもりなのはフライリザードだろう。

 フライリザードならスモールウルフの数匹程度など森の中でも狩る事が出来る。加えて言えば、フライリザード自身の胃袋は小さく1匹から2匹の肉を胃袋に収めるのが精いっぱいだろう。

 つまりは、俺たちがスモールウルフを狩った後を見てフライリザードと勘違いされたか。まさかここで肉を持ち帰れない事が仇になるとは。


 迂回するか、突破するか。

 スモールウルフの毛皮も討伐目標も、既に必要分は狩っている。迂回しようと思えば出来るか。

 そう思って声を出そうとするとふと茂みが大きく揺れ、思わぬ獲物が飛び出してきた。



 体躯はスモールウルフの2倍以上はあるだろう。毛は錆銀色に染まっており周りの光を吸い寄せ、反射させる事がない。また皮装備程度なら容易に貫く牙と爪を持っており、4足の足は明らかに強靭であることが見て取れる。

 その見た目に劣らず逸話も豊富。森においては生態系の上位に位置し、その皮は滑らかながら並大抵の刃を通すことは無い。その巨躯からは相反して動きはスモールウルフより早く、実力によっては銀級冒険者すら返り討ちに遭う。

 森においては特に強く、フライリザード程度ならその1匹だけで狩る事が出来る程の強さ。


「グルルㇽㇽㇽ…………」


 地面の匂いを嗅ぎながら唸るは、スモールウルフの群れの頂点に立つ狼。グレイウルフが立っていた。


「グレイウルフ……! 流石に、ここは逃げるしか」


 その姿を見て、ヘルメスが怖気づいてしまう。

 しかし、スモールウルフの上位種だけありグレイウルフは鼻が利く。ここで逃げるのは得策と言い切る事は出来ない。


「いや、遅い。どれだけ頑張っても奴は俺たちに追いすがるだろうし、撒けたとしても森を出る事が出来るのは真夜中になる」


 それに、と付け加える。


「奴の皮はアイテムポーチの素材としてかなり向いてる。この機会を逃す必要はない。」


 そう言って片刃剣の留め具を外す。


 その後出てきたスモールウルフも合計すれば、グレイウルフ1匹の他にはスモールウルフが5体。


「スモールウルフの方は任せた。最悪場を持たせるだけでもいい。グレイウルフは、俺がやる。


 相手が此方に気づいていないうちに仕掛ける。準備はいいか?」


 ヘルメスはその言葉に対して躊躇いを暫し見せるが、最終的には頷きショートソードを抜く。

 二人でタイミングを見て頷くと、一斉に茂みから飛び出した。


 まずはグレイウルフに向けて切り掛かるが、流石に銀級冒険者と比べられるだけの力はある。直ぐに避けられてしまう。


 直ぐに振り返りながらナイフを抜き投擲するが、投擲されたナイフはグレイウルフの頭部に当たるも骨と皮の強靭さにより刺さらずに弾き返された。


 だが、注意を引くには十分。

 素早く片刃剣を左脇に構える。元の世界の人が見たら、居合の構えとでも言ったのだろうか。

 一見隙だらけに見えるが、これでいい。


「グゥルアァァ!!」


 怒りを表したグレイウルフが、吠えた後に感情のままに襲い掛かってくる。


 グレイウルフの体躯が空中を掛け、足が地面から完全に離れたタイミングを狙って一撃を繰り出す。


 生半可な一撃ではこの銅の片刃剣でグレートウルフを斬る事は出来ない。だが、斬り方さえ知っていれば斬ろうと思えば斬れるのだ。


 左脇からそのまま直線状に片刃剣を動かし、剣の根本でグレイウルフの腹を捉える。

 その瞬間をとらえ、手首を一気に体と共に前へ繰り出す。それにより、剣そのものの鋭さと言うよりはその圧力でもってグレイウルフの皮を捉える。

 胴の刃はそのままグレイウルフの皮を割き臓物に達する。腕を振り抜くと同時にその刃は骨へと達し、断ち、そして内側から背中の皮を割いた。


 剣を振り終えた後には派手な血しぶきと共にグレイウルフは胴から一刀両断され、その慣性と共に地面に落ちていった。


 圧斬り。これは、ずいぶん昔にクラリスから教えてもらった技だ。

 自身の得物では斬れない物を斬る。その点においては師匠の剣術よりもクラリスの剣術の方が向いていたし、人間より硬い皮膚を持つ魔族達を相手取るには必要な技術だった。

 だが、クラリスと違い完全に習得した訳ではない。相応の剣を用いて圧斬りを使わなければ、俺の腕ではその剣を潰すことになる。


 グレイウルフを銅剣で斬るという行為と引き換えに、自身の銅剣はもはや刃物として使えないぐらいに刃が潰れ、使い物にならなくなっていた。


 だが、まだ鈍器として使えば武器にはなる。刃先は今だ鋭く、刺突武器としても使えるだろう。


 そう思いヘルメスの方を見ると、既に3匹は倒し終えて残り2匹を相手取っていた。


 少々息が荒くなっているが、スモールウルフの討伐に慣れてきた彼女は最適な行動を取る。


 飛びかかってきたスモールウルフの攻撃を避け、そのまま奥にいるウルフに向けて突き進む。

 奥に居たスモールウルフも飛びかかってくるが、そのまま首をショートソードで串刺しにする。


 そのままの状態で振り返り、死体を使って後ろからのスモールウルフの一撃を受け止め弾き返す。

 その隙に剣を死体から抜き、スモールウルフに向けて構える。


「ヴルルㇽㇽㇽㇽ…………」


 剣を向けられたスモールウルフは暫しヘルメスに向けて威嚇するが、周りの仲間やグレイウルフの屍を見ると直ぐに尻尾を丸めてキャインという鳴き声と共に別方向に逃げて行った。


「よくやった。まさか、独力で殆どのスモールウルフを倒すとはな」


「……ウォーカーの、いつもの動きを真似しただけ。でも、私じゃ体力が持たない」


 そう言ってヘルメスは地面に崩れる様に座り込む。


「ウォーカーはグレイウルフを一撃で倒した。……私じゃ、逃げる事しか出来なかった」


「魔国との戦争の時にな。あれより硬い敵とも戦ったことがあるだけだ」


 そう言いながら、ヘルメスが倒したスモールウルフの屍に目を向ける。


 小さい体躯とリーチの短いショートソードで、同時にスモールウルフ5体を相手に勝利を収める事は並大抵の力で出来る事じゃない。近いうちにヘルメスは準銀級、ひいては銀級冒険者になるだけの才能はあるだろう。




 ふと、そう思った所で胸に何かが引っかかる様な錯覚を覚えた。


 うまく説明が出来ない。何か、違う気がする。その答えは直ぐに見つかる筈だが、何故か今は分からなかった。





「……ウォーカー?」


 ヘルメスの、どこか心配する様な声で我に返る。


「早く皮を剥ぎ取らないと。私じゃグレイウルフの捌き方は分からない」


「……そうだな。すまん、少し考え事をしていた」


 そう返して、地面に刺さったままの自身のナイフを引き抜く。


 どちらにしても、俺が今やるべき事は決まっている。

 多少動きこそ鈍るが、グレイウルフの皮とスモールウルフの皮を1枚ぐらいは剥ぎ取っても何とか街に帰れるだろう。討伐証明になる牙も抜き取っておけば、ギルドへ報告する際に僅かながらも報酬になる。


 そう思い心の澱みを奥深くへ押し込み、グレイウルフの屍にナイフを差し込んだ。



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