第九話 買い物

 

 冒険者ギルドで依頼をこなしていく中で、本来は対象外である魔物と戦闘になることは十分考えられることだ。

 今回の様にスモールウルフの討伐を受けている際にグレイウルフと遭遇したとして、出立前にグレイウルフの依頼を受けていなければ当然報酬金も貰えない。


 では、遭遇したら逃げた方が得策かと言うとそうでもない。

 他の依頼を受けた途中で他の魔物を狩った場合、その討伐証明を渡すことで討伐金を得る事が出来る。その魔物の戦闘力や希少性、そして凶暴さを勘案した上でそれに見合った討伐金が渡される。


 昨日のグレイウルフの討伐金は銀貨8枚。余剰分のスモールウルフの討伐金は合計すると銅貨32枚。

 グレイウルフの討伐金は俺に、そしてスモールウルフの討伐金についてはヘルメスが受け取った。


 ヘルメスの手持ちについては知らないが、俺の手持ちはこれで銀貨10枚に銅貨20枚。手持ちだけでいえば余裕がある。

 しかし、代償としてここに来るまでに使っていた片刃剣の刃は潰れてしまっている。あまり使い続ける必要はない。加えて言えば剣1本にナイフ1本だけだとどうしても切れる手札が少なすぎる。


「ヘルメス、すまんが今日は依頼を受けるのは辞めてもいいか? 今日一日は工房街を周りたい」


 ギルドにて朝食を取る前にヘルメスに声を掛けると、彼女は素直に頷いた。


「分かった。ウォーカーは、アイテムポーチの製作を依頼するの?」


「それもそうだが、今の片刃剣の替えを新調しに行く。もし気になるのがあればそれも買うつもりだな」


 そう言ってサンドイッチの最後の一つを口の中に入れ、水を流し込む。

 トマトとレタス、そしてハムが挟まれたサンドイッチはシンプルながら朝の胃には丁度よく、そしてそれら野菜の瑞々しさが程よい美味しさを醸し出していた。


「ヘルメスはどうする?」


 念のためそう聞いてみる。ヘルメスの手持ちにも余裕はあるだろうが、工房街を巡った所で買える物は少ないと思うのだが。


 しかし、ヘルメスは特に目立った反応もみせず、当たり前の様に返した。


「私もついていく」





 アヴニツァ街北東部にある工房街には白い煙が様々な建物から登り、鉄を打つ音がそこらかしこから響いている。

 鉱山へと続く街道が中心に引かれている事もあり、労働者ギルドに所属する人たちの出入りも盛んである。この街の性質上、アヴニツァにおいて最も栄えている場所と言っても良いだろう。

 ここには鍛冶屋のみならず魔法具店や木工細工店も立ち並んでおり、手に職を持つ人間にとってはそこらの店に入って商品を眺めるだけでも楽しい一日を過ごすことが出来るほどだ。


 その内で最もメジャーとされる魔法具店「エム&ティー」にてグレイウルフの皮を使ったアイテムポーチを依頼する。

 素材の持ち込みもあり、銀貨3枚の費用で無事に済み、2日もすれば出来上がるとの事だ。


 会計が終わると、ヘルメスは商品棚にある様々な魔道具を眺めていた。

 てっきりアイテムポーチ等の装備品に関係する魔法具を眺めているのかと思ったが、彼女が見ているのはどうも消耗品の類の様だ。


 彼女の視線を追うと、そこには鉱山から偶に採取できる魔石に魔法を封じた小道具が置かれていた。


「それは……初級魔術のブラインドを封じた魔法石か」


「ショートソード1本だけだと限界がある。けど、私にナイフを投げて敵に傷を与えたりすることはまだできない。なら、手数を増やすにはこれみたいな物の方がいいのかなと思ってた」


「……難しいな。手の内を増やすことは悪いわけではない。だが、剣術一本で食っていけるぐらいには腕を磨いておかないと厳しいものがあるのも事実だ。俺も、そうだった」


「……ウォーカーが?」


 心底意外そうな表情でヘルメスが尋ねる。

 確かに、流石に彼女よりは剣術の腕は上だが。


「師匠の影響もあるのかもしれないけどな。俺は少々手数を増やすことに頼りすぎた。だから師匠の剣術にはまだ届いた気がしないし、本職の剣士に勝てるかと言われると少し怖いものがある」


 極端な話、騎士であるクラリスと剣術のみで一騎打ちをしたら確実に負けるだろう。小細工を使ってようやく対等に戦えるぐらいだ。能力を使うのであれば、此方の方が優位だが。


「手数を増やすのは良いことだ。だけど、適切な場面で適切な手を切れなければあるだけ無駄だ。まずは自身の剣の腕を上げたほうが良い。その前提で、自身の腕ではどうしようもなく逃げるしかないといった場面を想定して一つだけ買っておくのが良いだろう」


 雑談の間ではあるが、簡単にアドバイスをする。


 その言葉を聞いたヘルメスは暫く考えた後に、別の棚から小道具を一つ買った様だ。何を買ったかまでは知らないが、二人でパーティーを組む以上いつかは分かるだろう。





 会計を終えた後再び街道を歩き鍛冶屋を回るが、どれも中々片刃剣の代わりとなるものが見つからなかった。

 様々な装飾を施されていたり、見栄えを重視したデザインがされていたり。そもそも良質な片刃剣が無かったというのもある。


 大通りに面した鍛冶屋に俺が好む武器はないとみて、逆に少しばかり街道から外れ路地を歩いていく。



 そこで、ふと心地よい鉄の音が聞こえてきた。


 3軒先、看板には「ドワーフの鍛冶屋」と書かれている。

 随分安直な名前だと思いつつ、そこの扉を開けた。


 中に入ると様々な武具防具や道具が棚に掛けられており、それらはどれもシンプルな見た目と、そして実用性を兼ねていた。

 少々奥には鍛冶場の入り口があり、今もそこで鍛冶屋が鉄を打っているのだろう。


「凄い……」


 ヘルメスが並んでいる品々を見てそう呟く。俺も、その質の高さに呑まれていた。


 棚に並んでいる中から、鉄の片刃剣を手に取る。

 綺麗な銀色に磨かれたそれは触っただけでも頑丈さが分かる。余計な飾りつけもなく、突起物もない。ただ、敵を斬る事だけしか考えていない武骨な剣。




 欲しい。単純に、武器に対してそう思ったのは初めてだった。




「どうよ、俺が打った剣は」


 鍛冶場の奥からドワーフの男が出てくる。

 身長こそ一般的な男性と同じくらいではあるが、その体躯は大きく強靭で、頼もしい印象を受ける。

 長いあご髭を生やしており、彼の二の腕は隆々としており多少重い鉄槌ぐらいは軽々と持ち上げる事が出来そうだ。

 髪は茶髪で、あご髭同様に少々長く伸ばしっぱなしな印象を受ける。だが、不思議とその存在感と貫録を感じ取ることが出来た。


「引き付けられた。これは、大将が打ったのか?」


「おうよ。飽くまで量産品みたいなもんだが、それでも切れ味は保証するぜ。それで、どうする?買うか?」


 そう聞かれて、少しばかり他の棚を見まわした後にこたえる。


「そうだな、この片刃剣をくれ。後、3列左の手斧も二つ。握りの部分には紐を通す穴を開けてくれると助かる」


「分かった。合計して、銀貨5枚と銅貨60ってとこだ」


「予算丁度と言った所だな。頼む」


 そう言って麻袋から銅貨と銀貨を取り出す。

 それらを受け取り、片刃剣と加工した手斧を渡すと鍛冶屋が声を掛けてきた。


「しかしお前さんも物好きだな。街道沿いにも鍛冶屋はあっただろう。冒険者が好きそうな剣なんて幾らでもあるぞ?」


 そう試すように尋ねる鍛冶屋に、素直に本心を語る。


「道具なんて使えれば十分だ。そして、使えるという一点だけは絶対に妥協しちゃいけない。


 街道沿いの鍛冶屋に並ぶ剣と比べると、ここの武器は違う。


 こいつらには、余分なものが何一つない。見た目は他の剣より地味かもしれないが、街道沿いの鍛冶屋のどの剣よりもここに並ぶ剣は綺麗だ。かと言って、斬る事については十分な切れ味があるのが分かる。」


「随分嬉しい事を言ってくれるな。その通りさ。余計なものは無し。男の道具は、鉄をどれだけ練り上げたかで決まるもんよ」


 そう言ってドワーフは笑って腰に手を当て胸を張った。


「もしまた武具に困ったら、俺のとこに来るといい」


「その時は、よろしく頼む」








「今日は付き合わせて済まなかったな」


「いい。私も楽しかった」


「そうか。なら良かった」


 鍛冶屋を出て街路に出ると既に日も暮れつつあった。

 こんな風に、仲間と共に一日中を買い物で過ごしたのはいつぶりだったか。

 そんなことを思いながら、夕食を取る為に冒険者ギルドへと向かう。



 しかし、四半刻ほど歩いて着いた冒険者ギルドは、いつもより少々騒がしかった。

 他の冒険者達はどうも他の誰かについて話しているようだ。だが、余所者が来ることなんて冒険者ギルドにとっては今更な筈だ。誰か、有名人でも来たのか。


「……何かあった?」


「分からんが、成るべく関わらない様にしよう。どうせ食事を取りに来ただけだ」


 そう言って冒険者ギルドの中へ入り、2階の酒場へと向かう。



 その途中の階段から下をふと見降ろすと、この騒ぎの原因が分かった。


 冒険者が二人ほど床に倒れ、その傍らには長身の女性が立っていた

 首から下の上半身を鎖帷子で守っており、胸部は更に胸当てを装備している。肩や下半身に目立った装備をしていないのは、恐らく旅の様な長距離移動を想定して身軽にした為だろう。

 茶色の髪を短く切りそろえられており、艶もある事から髪を気にすることが出来る位には裕福な人間だとわかる。


 だが、それ以上に気を引くのが背中に背負った盾と腰に差したロングソード。

 ロングソードには特にこれと言った装飾は為されていないが盾には六角形を下地にして鷹を合わせた紋様が彫られていた。

 この紋様を、クロガーは知っている。


 ベイドリッジ王国、第一騎士団。近衛騎士団と並び立つ程に精強とされる、ベイドリッジ王国の主戦力。


 直感で分かってしまった。こいつは、この女騎士は俺を追ってきたのだ。

 クラリスの命の元、逃がした後の俺の僅かな痕跡を辿ってここまでたどり着いた。


 お前は過去から逃れられない。


 そんな幻聴を、聞いた気がした。


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