第七話 先輩冒険者
パーティーを組んでから三日が経ち、お互いに戦闘時の癖や呼吸が分かる様になると同時に依頼をスムーズにこなせる様になった。
今日は何とか夕暮れ時に街に帰ることが出来、剥ぎ取った素材を市場で売りさばいていた。
「そろそろ慣れてきたか?」
「うん。手持ちも順調に増えてきた」
ポイズンモスの羽を仕入屋に売った後そう声を掛けると、ヘルメスは頷いた。
お互い、必要経費を除いても銀貨1枚以上は蓄えられている筈だ。今日は、少しばかり贅沢をしてもいいかもしれない。
「よし、それじゃあ偶には買い食いでもするか」
そう言って、左前方にある串焼き屋を指さした。
この世界において、料理を扱う露店は土地や食糧保存の為に必要な魔法具等を所持することが出来ない料理人達が日々の生活資金を得るために行う最も主流な方法だ。
基本的には素材市場の中、若しくはその近辺で食料を仕入れてその場で調理する。その為材料自体は豚や牛と言った家畜等ではなく、冒険者が素材市場にて売り払った獣系の魔物の肉などが多い。また、レストランと違い保存が効かない食材や捕れたての食材をその場で調理・提供出来ることから意外とレパートリーも豊富だ。
その中でも串焼き屋は最もシンプルで安く、しかし様々な部位の肉を食べる事が出来る事から余裕のない冒険者の人気が高い。
魔物肉のバラやロース、更には保存が効きにくいとされている内臓部位。ハツやレバー、シロに至るまで様々な肉が単純に岩塩と多少の香辛料をまぶしただけの状態で串に刺され網で焼かれるのだ。
無論、魔物肉が苦手という層もいるため家畜類の肉も揃えていることが多い。正し、それらは魔物肉の串焼きと比べると少々高い上に在庫も少ないのが欠点と言えるだろう。
ヘルメスはスモールウルフのロースとレバーを頼み、俺はシロとバラを頼んだ。
串焼きはまだ焼き立てで、ほんのりと白い湯気がまだ経っている。
バラはやはり肉の定番。しかし、岩塩と香辛料のみで味付けされているのがまた乙な味を出してくれている。
一方シロはバラと比べると焦がすように焼かれており、また味付けも香辛料は付けられておらず岩塩のみだ。
しかし余分な脂を焼き落とされたシロの味は格別で、岩塩のみのシンプルな味付けがまた良い味を出している。
ヘルメスはどうも猫舌なのか、少々息を吹きかけ覚ましながら食べていく。
様子を見るとどうも一般的な肉より寧ろ内臓系。今回の場合はハツの方が好みの様で、ロースと比べると食べるペースが格段に早い。
ヘルメスが串に残された最後のハツのひとかけらを口にしようとしたとき、ふと声が掛かった。
「お、そこにいるのはウォーカーと……ヘルメスちゃんか! 久しぶりだな!」
声の主は、冒険者ギルドの試験官だったハスラーだった。傍には、相方と思しき男が経っている。
ハスラーは試験時の時と同様の革の装備一式に、両刃と思しきロングソードを腰に差している。
一方、相方らしき男は背中に弓と矢筒を背負い、腰には両刃のショートソードを差している。おそらくは弓をメインに使い、ショートソードを自衛用の為に持っていると言った所か。
「ハスラーか。いつもここに来てるのか?」
「俺らだって依頼は受けるし、素材は売りに来るさ。ついでに、毎日ここらの露店で買い食いしながら酒を煽るのが乙ってものよ」
「そりゃそうだな。で、そっちの人は?」
そう聞くと、少し後ろで串焼きの入った紙袋を持っていた男が前に出た。
「初めまして。ハスラーとタッグを組んでるメイソンだ。よろしく頼む」
そう言って手を差し伸べてくるメイソンに対して俺は握手で、ヘルメスは会釈で返答を返す。
「しかし、ウォーカーとヘルメスちゃんがなんで一緒に? もしや、デートか?」
「違う。初日の時に依頼中に会ったんだ。その後、二人でパーティーを組んでる」
ヘルメスも俺の言葉に続いて頷く。お互い純粋な仲間としての間柄だ。
「お前とヘルメスちゃんが? ……成程。それなら、ヘルメスちゃんも安心だな」
ハスラーは俺たちがパーティーを組んだことが予想外だったようだが、数度頷くとよしと呟いて此方を向いた。
「せっかくだから、4人で夕食でもどうだ?いい酒場を知ってる」
素材市場からわずかに離れた場所に、大きくスペースを取った露店があった。
天幕では鍋が火にかけられており、数人の料理人がせわしなく食材を調理している。
この露店は大衆居酒屋と言った側面が強く、その料理のレパートリーもギルドの酒場と比べると更に大味かつ酒に合う様に作られている。その為、常温かつ蒸留酒しか出てこないが酒もあるし、食事を囲むテーブルも幾つか置かれている。
その内の一つのテーブルを4人で囲みながら話をしていた。
テーブルの上には4人分のもつ煮込みと、数本の串焼き。野菜の漬物と、飲み物が置かれていた。
ハスラーとメイソンはウィスキーの水割りを。ヘルメスは水を頼んでいるが、俺はウォッカのストレートを小さなコップで舐める様に口にしていた。
因みに、これらはすべてハスラーの奢りだ。「折角の再会だから、遠慮なしで行こう。先輩冒険者の奢りだぞ!」との事だ。
「いやしかし、ヘルメスちゃんは戦闘能力自体は悪いもんじゃなかったが如何せん試験の時はソロでな。アヴニツァにある依頼って言ったら、早い者勝ちの森林系統を除いたら新人に出来て次点で稼げるのはどう頑張ったってゴブリン討伐ぐらいなもんでさ。ずっと心配してたんだが、パーティーを組めた様で本当によかった」
そうハスラーが頷きながら酒を煽っていた。これで1杯目が終わるころの筈だが、既に酔いが回っているようだ。
「……ウォーカーには色々助けてもらってる。毒消しキノコの採取も慣れてきた」
「それは良かった。うん、二人とも順調にパーティー同士の仲を深めてるようで何よりだ」
そう頷くハスラーのリアクションはとても大袈裟と言うか、何か過剰な気がしてくる。
「メイソン、なんでハスラーはこんなに俺たちの事を?」
「いや、君たちって言うよりかは、先輩冒険者兼冒険者ギルドお抱えの銀級冒険者としての立場からだろうな。それに、たぶん君たちの性別も関係してるんじゃないか?」
「性別?」
そう疑問の声を投げかけると、メイソンは頷いた。
「いやな、こいつは銀級になってギルドお抱えになるまで物凄い努力をしてきたのは良いんだ。だが、ちょっとばかしプライベートで空気が読めないのもあってな。多分、ウォーカーとヘルメスちゃんが『良い仲』になりそうだとでも思ってるんだろ。全く、恋愛経験のない奴は」
その言葉は余りにも予想外で、つい失礼な事を口走ってしまう。
「ハスラー、まさか童貞なのか? ……見た目は、30代後半に見えるのに?」
「ヴッ!!」
俺の言葉に対して、ヘルメスも小さな声で呟いた。
「えっ、その年で……?」
「グッ!!!」
だが悲しいことにヘルメスの言葉をハスラーの耳は拾ってしまったらしく、彼は一言目で硬直し、二言目で撃沈しテーブルに突っ伏した。
予想外の話題とはいえ、流石に言い過ぎた。俺もやはり少しばかり酔いが回っているのか。
「いや、その、すまん。ちょっと意外だったもんで言い過ぎた」
「い、いや、別に構わない。別に、俺は今までの人生を後悔してはいないし。それに、まだチャンスはあるし」
ヘルメスが少々意外と言った様子でハスラーを見る中、謝罪を入れるとハスラーは錆びた鉄が擦れる音でも出そうなぐらい挙動不審になりながら復帰した。
「それで、そっちの調子はどうなんだ?」
無理やり話題を変えるためにそう聞くと、無事にハスラーは復活した。
「そうだな、少なくとも食い扶持にも困らないしこうやって人に奢るぐらいの収入は入ってきてるな。だが、街の状況としてはちょっと不安が残るな」
「と言うと?」
「……森林の中でだが、フライリザードの目撃情報があった」
そのハスラーの言葉に、一気にテーブルの空気が冷たくなる。
フライリザードは最下級ではあるものの飛竜の一種として数えられることもあり、戦闘能力としても他の冒険者とは比にならないほど強い。人間の1.5倍はある巨躯と飛行を可能とする翼、そして鋭利な爪や牙を持ちその戦闘力は銀級冒険者一人分以上にもなる。
「本来は山脈側に生息しているべき魔物だ。だが、どうも森に降りてきているらしい」
「……食事の為か?」
「そうでもないみたいだ。いや確かに食うために殺している形跡はあったが、別の何かを感じてならない」
そう言ってハスラーはコップの中の残りを呷ると、緊張感のある目つきで此方を見た。
「幸いフライリザードも森林内なら動きは鈍る。暫くは俺たちの様なギルトと直接契約している冒険者は森を巡回しながらフライリザードを捜索する様にギルドから指令を受けてる。君たちはフライリザードに出くわしても無理して戦わずに、逃げてくれ」
その言葉に、ヘルメスは頷く。
一方、俺は何か得体のしれないものを感じていた。
大抵、魔物や動物が普段の生活圏から移動する理由は少ない。
食糧が取れなくなったか、若しくは自身が食われかねないから。つまり、より上位の種が流入してきたか。
山脈側で活動する冒険者の話も仕入れる事を心に決め、ハスラーに頷きを返した。
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