第六話 大富豪《リプライム》
初めての森林巡りから二日が経つ。
そこそこ懐は潤ってきたが、今日ばかりは少し不安が残る。と言うのも、ヘルメスの体力が早々に尽きてしまったのだ。
慣れない森林での依頼巡りは初日こそ報酬の多さに高揚感を抱いたのだろうか。だからこそ二日目、すべての依頼をこなして帰る際に倒れてしまったのだ。
まだ体は完全に慣れていないか。この辺りは、俺が歩調を合わせて行かなくてはいけないだろう。
ヘルメスをその日のうちに宿まで送り、ゆっくり休むように伝えた。今頃はぐっすりベットの上で眠っている事だろう。
数日ぶりに一人でクエストボードを眺める。
森林巡りも良いが、一人なら山脈でゴブリン討伐でも良いか。久しぶりに、人の目を気にすることなく戦ってみるのも良いだろう。
その様に考えていると、背後より気配がする。
後ろを振り向くと、そこには腰の曲がった老婆が立っていた。
「もし、冒険者の方……。まだ、ご依頼は決めては居りませぬか」
「そうだが……どうかしたのか?」
「お願いでございます。アンナを、孫娘を見つけてきて欲しいのです! どうか、どうか・・・」
「待ってくれ、事情が分からん。どういう事だ?」
老婆の様子に困惑していると、見かねたのか近くで酒盛りをしていた冒険者が近寄ってきた。
「兄ちゃん、この依頼書だよ」
そう言ってボードの端を指差す。紙は既に茶色くなっており、随分前に張られた依頼だと言う事が分かる。
内容は、ゴブリンに拐われた村娘の捜索。報酬は金貨一枚。一個人が出す金額としては大きく、全財産を叩いている事がわかる。
しかし、内容が内容だ。受ける冒険者は居ないだろう。
此方の反応を察したのか、冒険者は言葉を続ける。
「この婆さんは半年も前に孫娘をゴブリンに拐われてな。当然ギルドもお抱えの冒険者を使って捜索したが見つからなかった。もう手遅れだとみんな諭したが、全く聞き耳を持たないんだよ」
厄介なのに絡まれちまったな。そう締めくくり、冒険者の男は去っていく。
「きっとまだ生きているのです! お願いです。アンナは息子の、息子の唯一の忘形見なのです!何卒、何卒……!」
そう老婆は縋り付くが、俺は黙って首を横に振るしかない。
「そんな……」
「残念だが、俺は英雄でも勇者でもない。流石に、俺には荷が重い」
そう言って束ねられて貼ってあるゴブリン討伐の依頼書を一枚剥ぎ取り、受付へと向かう。
「勇者でもない、か」
最初は、もっと高尚な感情があったのだろうか。
ふと自分が口にした言葉を、他人事の様に感じながらそう思った。
街道から離れた場所で、四匹目のゴブリンを不意打ちで仕留める。
ノルマまでは最低でも後一匹。太陽はちょうど真上から西へと動き始めたばかりの時間。この時間帯であれば音にさえ気をつけておけば人に戦いを見られる事はないか。
小さな鈴を用いて、探知魔法に変化させる。
安物故に効果範囲は狭いが、歩いていけば目視よりは見つけやすい。
少しばかり歩くと、近くに反応が三つ。
スコーピオンの巣の可能性もあるが、日中だ。ゴブリンだと目算をつけて慎重に近づく。
岩陰から覗いてみると、やはりそこにはゴブリンが居た。
念のため、ポーチの中から安い痺れ薬を取り出して移動速度低下のデバフを掛ける。効果は微細だが、念のためだ。
デバフを受けて、ゴブリンが戦闘態勢を取り敵を探し始める。まだ、此方を見つけられては居ない。
携行食を変化させて身体能力を強化する。何時もより体が軽く感じるのを確認して、突撃する。
正面には、スリングショットを持ったゴブリンが二匹と棍棒を持ったゴブリンが一匹。それぞれが敵を探しており、見ている方向はばらばらだ。
まず最初に、棍棒持ちを切り伏せる。
そのままスリングショット持ちのゴブリンに向かって進もうとするその時に、背後より気配がする。間違いなく、待ち伏せていたゴブリンだろう。
銅貨2枚で新たに銅の剣を作り出し、左手で掴む。
そのまま体をひねって右手の銅の剣を投擲すると放たれた銅の剣は勢いよくゴブリンに突き刺さり、その勢いのまま背後の岩に突き刺さった。
返す刀で先ほどの右のゴブリンを切り捨てる。しかしすぐ左で残りのゴブリンがスリングショットを構えている。
銅剣だと流石にリーチが短すぎる距離。直ぐに能力で生み出した銅剣を手放し、麻袋より銀貨1枚を取り出し小さな銀のナイフに変化させる。
素早く投げるが、少しばかり遅い。銀のナイフを投げたと同時にスリングショットに装填された小石は射出され、此方の頭部を狙ってくる。
互いに一撃が交差するが此方は素早く懐にあった万年筆を防御魔法に変化させ防ぎ、ゴブリンは此方の投げナイフに反応できずその銀の刃が心臓を捉えた。
起き上がった後にゴブリンの死骸からナイフを引き抜き周囲を警戒する。今の所、敵は全て亡骸と化した様だ。
そう認識すると共に、銀のナイフは小さな光の粒子となって消えていった。
やはり、直接発動かつアイテムポーチが無い状態となると能力を発現させるまでにタイムラグがありすぎる。最後のゴブリンは、銀のナイフを投げつける事で一撃を許すことなく安全に倒せたはずだ。アイテムポーチがあれば手を突っ込み望んだものをイメージすればすぐに取り出せる。今回は上手く銀貨一枚を取り出せたが、一瞬で生死が決まる戦闘で不安要素は減らすべきだろう。
そう結論付けると、二つ目の能力である
とは言え、ゴブリンから得られるものはそれほどはない。冒険者から奪ったであろう少し錆びた銀貨と共に、ゴブリンの記憶を奪う。
しかし、
「基礎能力しか使えない……か」
それでも、
気を取り直し、先ほど垣間見た記憶を思い出す。
どうも、このゴブリン達はつい最近ゴブリン達の群れから離反しているらしい。その際に、飼っていた人間の内の一人を連れている。今は、食糧を狩りに行く帰りと言った所だろうか。実際にゴブリンの懐からは木の実が幾らか零れ落ちている。
まともに話が出来る状態かは分からない。だが、ゴブリン達の記憶を基にすれば、ここから一刻程離れた岩陰で手錠と足かせを用いて拘束されている筈。
銅の剣を腰に戻すと、記憶の場所へと向かっていった。
ふと、目が覚める。
久しぶりに酔うほどの酒を飲んだせいか、頭がくらくらする。
水差しからコップに水を注ぎ、一気に呷る。まだ頭痛は続くが、少しばかり気分は良くなった。
急いで剣を腰に差し、部屋を出る。
太陽も少し昇っているし、もしかしたらヘルメスが待っているかもしれない。
少しばかり駆け足でギルドに着き、扉を開ければクエストボードの傍にはヘルメスが待っていた。
「……ウォーカー!」
「済まん、待たせた」
「私こそ、迷惑かけてごめんなさい」
「いや、俺もヘルメスの体力に合わせるべきだった。申し訳ない」
そう謝りつつヘルメスの顔色を伺う。
疲れが残った様子は見当たらない。十分回復したと見ていいだろう。
「今日も森林での依頼巡りをする。まだ懐の余裕も十分ではないだろうし、ある程度は慣れておかないとな。構わないな?」
「大丈夫」
返事を確認した後、残り僅かになった森林での依頼書を剥ぎ取っていき、受付を済ませていく。
「受付は終わった?」
「あぁ。それじゃあ、」
行くか、と言いかけたところで二階のテーブル席からの雑談が聞こえてきた。
「なぁ、毎日来てた婆さんどこ行ったんだ? 今日はやけに遅いな」
「知らないのか。娘さんが昨日山道に居たところを助けられたらしい。流石にまともな受け答えは出来ないみたいらしいがな」
「まさか、生きて助かったのか。そんな事もあるんだな」
そうか、彼女があの老婆の言っていたアンナだったのか。
「……ウォーカー、どうかした?」
ヘルメスの言葉で我に返り、首を振りながら返した。
「何でもない。じゃあ、行くか」
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