第五話 森林依頼

 

 窓から差し込む朝日で目を覚ます。


 起き上がるとそこに見えるのはハンガーに掛けられたローブに壁に立て掛けられた片刃剣。横をみればサイドテーブルの上には水差しとコップが置かれている。

 部屋中央にはテーブルと椅子が1個ずつ備え付けられており、部屋での食事も考慮されている事が分かる。

 しかし一方でその部屋は手狭で、一人が最低限暮らしていけるぐらいのスペースしかない。



 ここはアヴニツァ冒険者ギルドから1区画ほど離れた、安宿の一つである『水亀』。

 パーティーを組むことを約束した後、ヘルメスとは別れ俺はこの宿に泊まった。

 食事なし、1泊のみで銅貨70枚。常に手持ちに不安が残る以上、しばらくはこの宿を利用することになるだろう。



 後半刻もすればクエストボードに新しい依頼が張られる時間だ。

 目当ての依頼を受けるため、起きて直ぐにローブに手を通した。






 冒険者ギルドに着くと、入り口には既にヘルメスが居た。


「待たせたか、すまんな」


「いい。……早く依頼を取らないと、またゴブリン討伐しかなくなる」


「そうだな。それなら、見に行くか」


 そう頷き、他の冒険者も多数眺めているクエストボードの傍に寄る。


 今日は早めの時間に来たため、まだゴブリン討伐以外にも様々な依頼が残っている。

 その中から3つの依頼をクエストボードから剥がし、テーブルで待っていたヘルメスに見せる。


「……スモールウルフ3体の討伐はした事あるけど、毒消しキノコ3個の採取。それと、ポイズンモス2体の討伐?」


「複数人によるパーティーでやる場合、ノルマはその倍。二人でやる分にも問題ない依頼を取ったから大丈夫だろう」


 スモールウルフの討伐は銅貨40枚。毒消しキノコの採取は銅貨20枚。ポイズンモスの討伐は銅貨35枚。

 しかしゴブリンと違い、スモールウルフから剥ぎ取った毛皮やポイズンモスの羽は冒険者ギルドに隣接する素材市場にて売る事が出来る。相場であればスモールウルフの毛皮は1匹分当たり銅貨15枚。ポイズンモスの羽なら1匹分当たり銅貨10枚。


 これにより一人分当たり銀貨1枚と銅貨60枚。

 ゴブリンから有効活用できる部分が何もなく、報酬金のみで最大銀貨1枚と考えると、やはりこちらの方が割がいい。


 尚、もしアイテムポーチと言う容積以上に物を持てる魔法具を所持していれば、スモールウルフの肉も剥ぎ取る事で1匹分の合計として平均銅貨10枚ほどの値段で売れる。しかし二人ともアイテムポーチを持っていない以上、その先の事も考えると持ち帰るのは毛皮程度にしておくべきだろう。


「まずは準備だ。森林の地図は俺が買うからいいとして、二人分の毒消し薬とポーション。携行食が足りないようなら補充しといたほうが良い……が、」


 そう言いながらヘルメスの方を見ると、麻袋の中身を数えつつ余り芳しくない表情を浮かべている。

 彼女の昨日の手持ちと消費した金額から考えるに、どちらか二つは買えるだろう。

 だが、すべてを揃えるには足りない様子。ましてや、今日は朝食もまだ食べていなかったか。


「手持ちが足らないか。なら、携行食分は俺が出そう。朝食は、これで我慢してくれ」


 そう言って、道中のパン屋で買ってきていたパンが入った紙袋を一つ手渡す。


 ヘルメスは申し訳なさそうに受け取るが、その紙袋に掛かれた文字を見た瞬間に目を輝かせながら中身を取り出す。


 ヘルメスに手渡した紙袋の中身は、焼いた羊肉をスライスして野菜と共に挟んだティンブレッドのサンドイッチ。

 味付けもさることながら、アクセントに少しばかり散りばめられたクコの実がささやかな甘さを出す。

 朝一番に買ったため野菜も萎びたものは使われておらず、艶があると言っても良いだろう。



 確かに、美味しそうな匂いがすると思って少々買ってきたのだが。それほど有名な店なのだろうか。



 ヘルメスが小さな口で黙々と、しかし思ったより早いペースで食べていくのを見ながら残ったもう一つを手に取る。


 自分の分は、厚めのベーコンとキャベツに、チーズを挟んだコッペパンのサンドイッチ。


 口に含んでみると、気がつかなかったが中にソースが入っていた様でベーコンの塩味と合わせて濃厚な味わいを醸し出している。朝食にしては塩分が多めかとも思ったが、キャベツが程よい受け皿となっている為スムーズに食べられた。



「……御馳走様。とても美味しかった」


「俺もこんなに美味いとは思ってなかった。有名なパン屋なのか?」


 そう聞くとヘルメスは頷いた。


「ベーカリーマスターのパンはこの街では一番美味しい。その分高いけど」


「言われてみれば確かに、サンド1個だけで銅貨9枚は手が出しにくいな」


 空になった空袋を折りたたみ、ごみ箱に入れる。


「よし、それじゃあ準備して行こう」







 アヴニツァより南側そうにある平原を挟んだ奥には森林があり、低級の魔物の住処となっている。

 複数で活動し人や家畜を襲うスモールウルフや毒をばら撒くポイズンモスなどがその代表例であり、武装しない状態で入る事は自殺行為である。

 一方で、森林に自生する各種薬草や毒消しキノコ、その他山菜等の需要は常に存在する。その為、冬でも冒険者の仕事が減ることは無い。


 また、アヴニツァの食糧生産は南部の平原にて栽培される野菜や、放牧された家畜に支えられている。

 それらを狙うスモールウルフの討伐は食糧生産者に強く求められていて、冒険者ギルドには常に依頼が張り出されている。こういった依頼の報酬金の供出割合はギルド側よりも寧ろ依頼者である彼らの方が高いのだ。



 山羊が放牧された平原の道から奥に行き、森林に入る。

 冒険者が毎日行き来する為、一定の場所には獣道の様な物が出来上がっている。その道を、二人で軽く警戒しながら進む。


 運が良いことに、森林に入って四半刻程でスモールウルフの痕跡を見つけた。

 その痕跡を基に静かに追跡すると、スモールウルフの群れが見えた


 丁度良く、6匹。

 此方が風上に居たためか、スモールウルフも直ぐ此方側に気づいた。


「ヘルメス、そっちで3体を受け持ってくれ。もう3体は、こっちで仕留める」


「分かった」


 そう言って草むらから出て剣を上段に構える。


 対魔物、特にスモールウルフの様な攻撃こそ単調だが戦闘力は高い獣系に対する戦闘方法は人間やゴブリン相手のそれとは大きく異なる。

 強固な毛皮ごと叩き切る必要があるため、瞬間で大きな一撃が必要とされる。



 1匹目がこちらに向けて飛びかかってきた所を、上から一刀両断する。

 間髪置かずに襲い掛かってくる次の一匹を、腰の位置から斜め上に振り上げ切り捨てる。


 立て続けに2匹が倒され動きが止まった最後の1匹の、その足を狙ってナイフを取り出し投擲する。

 微かな傷だが、不意に足元に攻撃を受けた事でスモールウルフの体勢が一瞬崩れる。


 その隙を逃がさず、縦に一閃。

 3匹目のスモールウルフはそれを避ける事も出来ず、力を失ったかのように倒れていった。



 ヘルメスの方を見ると、まさに2匹目を切り倒していた所だった。


 最後の1匹が数秒の逡巡の後飛びかかって来るが、口を開けたところを狙ってヘルメスが剣を突き出しその口内を串刺しにした。



 一般的な基準として、ゴブリン5体を一人で倒すだけの力。若しくは、スモールウルフ3体を相手に一人で難なく倒すことが出来れば戦闘面においては銅級冒険者になれるとされている。

 先日の戦いでは数が多かったため苦戦していた様だが、彼女自身は一定の実力はあるのだろう。後は冒険者として必要な知識と経験を得る事が出来れば、直ぐに階級は上がる筈だ。



「お疲れ様。剥ぎ取りの方法は分かるか?」


「うん」


「よし、じゃあこいつらの皮を剥ぎ取ったらもう少し奥の方にある毒消しキノコの自生地に行こう」


 そう言って、地面に落ちている自分のナイフを回収して1匹目に取り掛かった。





 そうして全ての毛皮を採取し、持ち運びやすい様に折りたたんで紐で纏めた後、毒消しキノコの自生地へと向かう。


 毒消しキノコは倒木等に生えるキノコであるが、もう一つ重要な条件がある。それは多少なりとも毒を周囲にばら撒く植物及び生物が近隣に生息している事である。

 この森林内においてはポイズンモスの生息域に沿って毒消しキノコが自生しており、そこがどこであるかを事前に調べておけば簡単に見つける事が出来る。


 更に、ポイズンモスは夜行性であり日中は木影に止まって眠っている。森林にとっては繁殖しすぎるのも害となるため討伐依頼が出ているが、下手な冒険者でなければ簡単に達成できる依頼である。



 着いて直ぐに隠れているポイズンモスを静かに殺し、二人で毒消しキノコの採取に移る。

 毒消しキノコを痛めぬように採取するコツを、ヘルメスに教えながら実際に採っていく。


「取り敢えず、これで今日の一連の依頼は終わりだ。街に帰って納品した後、素材を売り終わったら食事にしよう」


 最後の1株を採取し終えた後にそう声を掛けると、ヘルメスは頷いた。


「分かった。暫くはこれを続けるの?」


「今のところはそれが一番簡単で実入りがいい。お互い必要経費を除いたうえで、手元に銀貨2枚が残る様になるまでは続けた方がいいだろう」


 空を見上げれば、後3刻もすれば日が落ちると言った所か。


「よし、街に戻ろう。今日の夕食は昨日よりも贅沢が出来るぞ」


 そう声を掛ければ、ヘルメスは無言のまま目を輝かせて頷いた。

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