第四話 新米冒険者

 

 既に日は頂点から半分ほど落ち、ほんの少しばかり空には赤みが混じっている。


 アヴニツァの街へ戻る街道をヘルメスと名乗る少女と共に歩いていた。


 街道は多少の小石こそ転がっているが、先ほどの多数の岩が転がっている場所と比べると随分と歩きやすい。

 また、一人の時と比べると全周囲を警戒する必要がなく、例え新米冒険者といえど少しばかりは気が楽になった。



 その為、世話話をする位には互いに気持ち的な余裕があった。



「それにしても、随分と無茶なことをするな」


 そう問いかけると、ヘルメスは無言のまま此方に少しばかり顔を向けてきた。


「幾らクエストが残っていなかったからって、他にも依頼はなかったのか?俺が見た限りでも、薬草や毒消しキノコの採取依頼位は残ってた筈だが」


「……それだと、宿代が足りない。野宿する事になる」


 その言葉で、ヘルメスのおおよその手持ちが分かってしまう。


 採取依頼についてはその難易度にもよるが、大体銅貨30枚前後。そして、安宿の相場が1泊あたりおおよそだが銅貨75枚前後。

 当然、人間は食事なしで生きていく事は出来ない。一食をどれだけ安く抑えようと思っても、この鉱山街では銅貨15枚が相場と言った所。


 つまり、現在のヘルメスの手持ちは銅貨30枚もあるかどうか。

 ある程度慣れた冒険者なら採取依頼の複数持ちで一夜は過ごせるだろう。しかし、彼女の能力だと採取依頼については討伐依頼を達成した後の帰り道に取り組めるかどうかだろう。


「じゃあ、とりあえず一日の宿分はこれで稼げたのか。そして、夕食はどうするんだ?」


「…………」


 少女の様子を見るに、打つ手無しと言った所か。


 ヘルメスの討伐数は5体。此方は8体。

 此方も可能ならばもう少し稼いでおけば次の日のクエストは楽な物を選択できるし、ヘルメスにとってももう2体は倒しておきたいだろう。



 こういう時にどうすればいいかは、大体決まっている物だ。







 そして空が橙色に染まってきた頃、街道がそれなりに近く見えるところで隠れていると、多数の馬がゆっくりと土を踏む音が聞こえてきた。


 それと共に、俺たちから見て左側、隊商と比べると中間の位置にゴブリンが3体現れる。


「本当に現れた……」


「言った通りだろう。さぁ、仕事の時間だ。まずは1匹ずつ。後の1匹は、俺が気を引くからその間にお前が倒せ」


 その言葉に、ヘルメスは頷く。


「さぁ、行くぞ!」


 その言葉と共に、二人で駆けながらゴブリンに切り掛かる。


 前にばかり集中していたゴブリンは反応が遅れ、此方側を向いたときには既に刃が眼前まで迫っていた。


 ゴブリンの1匹を切り伏せた後すぐに残りの1匹に振り返り、足元の小石を拾ってゴブリンの頭に投げつける。

 投石が当たったゴブリンは痛がる様子を見せ、此方を怒った目で睨みつける。


「ほら、こっちを向け!」


「ギギィッ!」


 そう濁った、しかし甲高い声を出して威嚇してくる。


 しかし、此方を向いている隙にその後ろから接近してきたヘルメスが剣を突き出し、ゴブリンの胴体を串刺しにした。


「ギ、ギィ?」


 自身が串刺しになりながらも何が起こったのか分からない様子のゴブリンは、そのまま力が抜ける様に絶命した。


「さぁ、取るものを取ったらあれに乗って帰ろう」



 ゴブリンの死骸から剣を引き抜いたヘルメスに対してそう声を掛けると、彼女は小さく頷いた。







 アヴニツァ冒険者ギルドの2階は酒場となっており、依頼を終えた冒険者たちが親睦を深める傍ら情報交換に勤しんでいる。

 もしくは酒を楽しんでいるとも言うが、酒の席で出てくる情報や食事を共にする事で出来る友情というものは案外と馬鹿に出来ない。


 そんな騒がしい場所の中、俺とヘルメスは共闘した後という事もあり一緒に食事をしていた。


 俺の食事は羊肉のステーキにキノコシチュー。飲み物には常温のエール。

 羊肉の味付けには鉱山付近で獲れた岩塩を使っていて、シンプルながら腹を満たすには十分な味付けがされている。

 シチューは街の南側で獲れた各種キノコの他、鉱山街周辺でも栽培可能な根菜類が入っている。これらはよく煮付けられており、シチューの味が根菜によく染み込んでいて良い味を出している。

 ここアヴニツァが山岳地帯である分、温かい料理は殊更身に染みて美味い。エールのアルコールも手伝い、疲労と共に冷えた体を温め直してくれるかのようだ。


 一方、ヘルメスの食事はクルミを混ぜたパンに俺と同じキノコシチュー。スクランブルエッグに、シンプルなサラダ。飲み物には牛乳を頼んでいる。

 スクランブルエッグには岩塩を少々混ぜたトマトソースが掛けられており、それ単品でも美味しく食べられるように工夫された味付けが為されている。

 サラダには特に味付けがされていないが、それでも濃い味付けをされた料理の間のつまみとしては十分な役割を持っている。




「取り敢えず、一日お疲れ様」


 そう声を掛け、グラスを煽る。

 エールが喉を通して胃袋の中に入るとともに、疲れが流されるような気持ちになった。


 ふとヘルメスの方を見ると、彼女は静かにサラダから口につけていた。

 メニューのラインナップと、彼女の体格から考えると小食なのだろうか。


 そんな事を思っていると、ヘルメスが口を開いた。


「どうやってゴブリンが現れる場所を見つけたの?


 ……私じゃ、日が上まで登っても見つけられなかった。少し休憩しようと思ったら、途端にゴブリンに襲われた。」


「……何か目印があるの?」


 そう聞くヘルメスに対して、首を振る。


「あれは見つけたんじゃない。あっちから現れたんだ」


「?」


 ヘルメスが首を傾げる。

 その様子を見ながら、一度シチューをスプーンで掬い口に入れた後答えた。


「この街に来る途中で会った冒険者に聞いた話だが、ゴブリンは大抵繁殖相手を奪うために行動する。ここアヴニツァに当てはめた場合、あそこで一番目にかかりやすいのは労働者ギルドに随伴した炊き出しの女たちだ。


 その隊商がゴブリン達で襲えるかどうか、ゴブリン達はいつも偵察するんだ。ゴブリン討伐になれた人間は、大体そこを狙うらしい。俺も3回は試したが、3回とも2体は倒せた」


「……その後は?」


「運、らしい。倒せるときもあれば、倒せない時もある。まぁ冒険者稼業なんてそんなもんだろう」


 その日暮らしが、いつも上手くいくとは限らない。

 その場合、野宿しながら獲物を待つが、数匹分の討伐証明を取りつつ次の日に持ち越すか。


 弱いとされる魔物を狩る事は楽でも、それで日々を暮らすにはそれなりに努力と根性が居るという事だ。


 そういった形で話を締めくくり、ステーキの最初の一口を口に運ぶ。


 ギルドの宿屋で出されている羊肉は決して上質とは言えない。少しばかり硬い印象を受ける。

 しかしそれ故に食べ応えがあり、常温のエールとの相性は抜群に良い。


 飲み干したジョッキを机に置き、傍を通ろうとするウエイトレスにエールをもう一杯注文する。



 代わりのエールが運ばれてきたところで、ヘルメスが食事の手を止めて此方を見た。


「今日はありがとう」


「と、言うと?」


「貴方が居なかったら、私はゴブリンに倒され攫われていた。こうやって食事を頼む分のお金も、貴方のお陰で稼げた」


 その言葉に、どうもむず痒い気分になる。

 逃げている道中で多少の人助けはした事がある。感謝の言葉も、言われたことはそれなりに。


 ただ、それでも昔の所業を考えると。まだ少し、分不相応と言うか。

 慣れない感じがしたのだ。


「貴方は、旅人なの?」


「そうだ。ただ、ここに来るまでに路銀がほぼ尽きたからな。しばらくはこの街で金を貯めようと思ってる」


 そう言いながら、ステーキを切り分け口に運ぶ。



「それなら、この街にいる間パーティーを組んでほしい」



 その言葉に、次の肉を切り分けようとした手が止まった。



「……もし、迷惑でないなら。


 私はまだ準銅級冒険者。パーティーを組んでくれる人も、今はそう多くない。

 貴方からいろいろ学びたい。もし、よければ。


 少しは、この恩を返したい。……駄目かな?」



 表情は変えず、しかしまっすぐとした眼で此方に向かって言う。

 思えば、こんな風に頼られた事は今まで一度もなかったか。今までは、俺より経験がある人たちしか周りに居なかったから。


 どうせこの街には暫く居座る。なら、少しばかりはこういうのも良いだろう。



「分かった。それじゃあ、ヘルメス。明日からよろしく頼む」


 その言葉と共に、まだエールの入った木のジョッキを前にかざす。


「……うん。足を引っ張らないよう、頑張る」


 そう言いながら、ヘルメスは牛乳の入った木のコップを手前に出し。



 心地よい音が、騒がしい酒場の中で一つ響いた。






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