第三話 初依頼
ゴブリンとは、魔物の中でも自種族における社会を構築し、武器を用いる数少ない魔物の内の一つであり同時に最弱の魔物の一つともされる。
簡単なねぐらを自ら作り、他種族の雌を攫って孕ませる事で子孫を増やす。
しかし知能は低く、集団行動による攻撃こそ為すが連携が上手く取れない。
また、武具についても石斧や簡単な縄を使ったスリングショット以上のものを使うことが出来ない。
魔王軍による侵攻当時は精鋭により攫われた村娘達を使い繁殖させ、生活圏を拡大させると共に人類へ確かな損害を与えていた。しかし魔王軍が崩壊し新たな孕み袋を得る事が出来なくなったゴブリンは、徐々にその生活圏を縮小させつつある。
一方人類もその現状のみで満足せず、定期的にゴブリンを狩ることで町周辺からゴブリンを完全に滅そうとしていた。
ここアヴニツァにおいてもゴブリンは今だ重要な討伐対象である。
特にゴブリンの生活圏の中心部を特定した場合には銀貨50枚が、繁殖元を討伐若しくは救出することで金貨1枚が報奨金として約束されている。
未だアヴニツァ均衡にある鉱山は労働者ギルドを主体とした労働者が採掘を進め、アヴニツァに富を齎している。そこまでの道の安全を確保する必要もあり、アヴニツァ冒険者ギルドにとってのゴブリン討伐はこの街の冒険者すべての一日の寝食を保証できるだけの資金を確保してでも為したい事であるようだ。
しかしゴブリンとて最低限の知能はあり、獲物が来るまでの間ただその辺を徘徊しているという事はない。
遠巻きに隊商が鉱山へ向かうか、街へ戻るのを見つけてから初めて集団で出てくる。
故に一般的な冒険者の中でもゴブリン討伐を受けるのは三分の一程しかいない。いつ出てくるかもしれないゴブリンを待つよりかは、街から南側に位置する森林に行き、そこの棲む魔物を討伐する傍ら採取依頼をこなした方が効率が良く、身入りも良いのだ。
鉱山へ続く街道からそれなりに離れたところまで歩き、身を潜める。
身を隠したまま半刻程立つ頃、岩の影より5体程のゴブリンが顔を出してきた。
内2匹が棍棒を、もう2匹が手製のスリングショットを。最後の1匹が石斧を持っている。
ふと街道の方を見る。
隊商らしきものは見当たらない。また、まだ太陽が頂点より少し落ちたかどうかと言った時間に鉱山から労働者達が戻ってくるとは思えない。寧ろ、昼の休憩が終わりこれからもう一仕事といった時間の筈だ。
何か、別の獲物を見つけたのか?
周囲の警戒をしつつ、ナイフを取り出てゴブリンらの後方にゆっくり回り込む。
狙いは、スリングショットを持つゴブリン。
ナイフを左側に見えるゴブリンに投擲した後、突っ込みながら片刃剣を抜きもう片方に切り掛かる。
投げナイフが刺さり片方は倒れ、それにより襲撃に気づいたもう片方も切り伏せられた。
残りは3匹。
既に残りは此方の存在に気づき、戦闘態勢を取っている。
だが、どこまで行っても相手はゴブリン。
正面からの戦闘で、そう簡単には負けない。
とびかかってきた1匹を素早く突き刺し、そのまま横なぎに払う。
突き刺さったゴブリンの体が遠心力により剣先から振り飛ばされ、棍棒を持つもう1匹にぶつかった所で纏めて上から剣を振り下ろす。
その時には石斧持ちが左後方より飛びかかっているが、右足を軸にして体を半分ほど回転させ、石斧の柄腹を正確に刀身でとらえて防ぐ。
その態勢のまま右手を剣から放し、ゴブリンの頭を掴んで地面に叩き落とす。
「ギェッ!!」
叩きつけられたゴブリンはその衝撃により動けず、その一瞬の間に此方の右足がその頭を捉える。
足に力を込めて踏み抜いた事でゴブリンの頭蓋が弾け飛び、血と脳髄が地面と足にこびり付いた。
投げたナイフを回収しながら討伐証明としてゴブリンの死骸から耳を、最後の一匹からは石斧を剥ぎ取る。
これで、クエストの討伐目標は達成した。
但し、5匹のみの討伐だと成功報酬は銅貨50枚。追加報酬として1匹ごとに銅貨10枚。最大5匹を討伐して、ようやく合計報酬が銀貨1枚となる。
(ここで達成報告をしても二日も過ぎれば麻袋は空になってしまうか)
他のゴブリンを狩るべく場所を移そうとして、ふと足を止める。
このゴブリン達の進行方向は、街道へまっすぐ向かうルートではなかった。
どちらかと言うと鉱山側の方向だが、鉱山へ直接向かうには離れすぎている。
こいつ等はどちらかと言うと援軍。苦戦している味方を助けに行くか、若しくは獲物を横取りするために出てきたのだろう。
つまり、近くに誰かが居る。おそらくは同じ冒険者。戦闘状態にあり、同時にゴブリン達の獲物である。
獲物を横取りする事になるかもしれないが、向かってみる価値はあるだろう。
暫く歩くと、戦闘音が聞こえてきた。
駆け足で寄ってみると、戦っているのは少々小柄な剣士だった。
俺と同じように旅装束を身に纏っているが、激しく動く事を前提としているのか全身を隠すようには身に着けていない。精々がフードのみ頭に被っている状態だ。
足元には4体のゴブリンの死骸。しかし、周りにはまだ4匹がいる。
両刃のショートソードを両手で構えているが、肩は震えていて明らかに苦戦した様子が伺える。
もう1匹ぐらいは屠れるだろう。しかし、残り3体を相手に出来るかどうかは怪しい。ましてや、討伐証明を剥ぎ取れるかどうかについては望むべくもなさそうだ。
ならば、加勢するべきだ。
素早く駆けてゆき、ゴブリン達の横合いから斜めに振りかぶり1匹を切り伏せる。
さらに切っ先を下から振り上げ、こちらに構えてきたゴブリンの棍棒を弾き飛ばす。
無手となったゴブリンに、片手で剣を突き串刺しにする。
「そこの剣士、大丈夫か!」
「……! 分かった、お願い」
此方が声を掛けると、奇怪な容姿故にゴブリンと同程度の警戒を抱いていた剣士は一度それを解き、再びゴブリンに意識を向けた。
「残り2匹だ。そっちは任せた!」
そう言葉を残し、残り1匹に剣を向ける。
「ギギギッ!ギギッ!」
此方の相手は、石斧を持ったゴブリン。
石斧持ちのゴブリンは他のゴブリンより知能が高いとされている。当然、現状ゴブリン側が不利だという事は分かっていてもおかしくない。
撤退される前に、倒す。
右足で地面を強く前方を向けて蹴り、ゴブリンに砂を掛ける。
ゴブリンの目に砂が飛び散り、怯んだ隙に剣でもって相手を突く。
咄嗟にゴブリンは石斧を使って防御の姿勢をとるが、小柄な体躯では剣の威力を殺しきれずに後ろに弾き飛ばされ、後方にあった岩に叩き付けられる。
その衝撃から立ち直ったゴブリンの眼前には、此方の剣撃が迫っており。
回避もままならず、肩から真っ二つに切り伏せられた。
直ぐに剣士の方を振り返れば、大きく振りかぶり一撃を加えようとする剣士と、同じように飛び込んで棍棒を叩き込もうとするゴブリン。
交差するようで、しかし一撃が届くのは剣士の方が早かった。
ゴブリンの頭蓋はその刀身によって叩き切られ、その体は棍棒ごと地面へ落ちていった。
そのままゴブリンが動かない事を確認した後、緊張が一気に切れたのか剣士は後ろに倒れ込む。
「おい、大丈夫か」
そう声を掛けながら近づくと、フードの中の素顔が目に映った。
水色の髪を肩の辺りまで伸ばしており、左目の側には泣きぼくろがある。
髪の手入れについては最小限なのだろう。荒れている程では無いが、街で見かける娘たち程の艶は無い。
しかしそれを補って余りある程の容姿は、もし冒険者などやっていなかったら数多の男の視線を引いたのだろう。
そう評価することができる位には、見目麗しい娘の顔だった。
「あ、ありがとう……。危ないところを、助けてもらって」
「良いさ。困ったときはお互い様だ。しかし、なぜたった一人でゴブリン討伐を?女の身なら狙われる事ぐらいは……」
「クエストがこれしか残ってなかったの。……パーティーを組む時間も、無くて」
そう言葉を紡ぐその子の胸には、準銅級を示す冒険者証。
言ってしまえば戦闘能力は少しはあるものの、冒険者稼業に慣れていない新米と言うことだ。
「疲れている所悪いが、まだ仕事が残ってる。
討ち取った数通り、其方が5匹分。俺は3匹分を貰うぞ」
未だ小さく、それでいて荒い呼吸を続ける娘に向かってそう言いながら手を伸ばす。
その子は無言のまま小さく頷くと此方の手を取り、起き上がった。
「ウォーカーだ。よろしく頼む」
「ヘルメス。……宜しく。」
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