第二話 模擬戦
バジリスク傭国北東部、山脈の傍にあり鉱山街としても名高いアヴニツァ。
その街の冒険者を管轄・運用するアヴニツァ冒険者ギルドの試験場は建物中心部にある闘技場だった。
「それではウォーカーさん。貴方の職は剣士という事ですので、まずは剣を思い通りに振ってみてください」
受付嬢に促され、腰に携えた銅の片刃剣を構える。
上段に構えてまずは大きく仮想敵の首元のあたりまで振り下ろす。そこから頭を庇うように刀身を寄せ、その構えから素早く胴を切る様に剣を動かす。
そこから直ぐに中段に構えなおし、突いて引く。
『突いたままにするな! 肉体はすぐに固まるんだ。刺す、切るの動作の後は直ぐに刃を引け!』
幻聴が聞こえた。とても懐かしい、だけど今はいつの出来事だったか思い出すことが出来なかった。
刃を引いたら体を左に寄せながら刀身を右肩に寄せ、遠心力も加えながら首を刈るように振り下ろす。
ここまでが、仮想敵に振舞える俺の剣のイメージだった。
「珍しい剣術ですね。騎士流ではなく、どちらかというと元盗賊の方々が使う剣法に似ています」
受付嬢が俺の剣舞を見て、そう評する。
そうか、元盗賊の剣法か。少しばかり、懐かしさと寂しさが襲ってきた。
「この剣は、師匠から譲られたものだからな」
「そうでしたか。ですが、見たところ多少の魔物相手でしたら問題なさそうですね。それでしたら、次の試験に移らせて頂きます」
その言葉と共に、受付嬢の傍らに立っていた適度に筋肉のついた、体格の良い男が木剣を抜き、正面に立つ。
「彼はアヴニツァ冒険者ギルドに所属する銀級剣士となります。此方の模擬剣を用いて彼と三本勝負をして、1本取れれば試験は終了となります」
「あまり深く考えるなよ、この嬢ちゃんはいっつも堅苦しくマニュアルばかり守るからな。
とりあえず、まずは軽く一戦だ。怪我はさせないから安心しろ」
男の言葉にうなづき自分の剣を収め、受付嬢より受け取った木剣を中段で構える。
数秒の沈黙の後、先に動いたのは相手の方だった。
大きく振りかぶり上から斜めに斬り下ろしてくる。
咄嗟に数歩さがり剣の間合いから逃れ、空ぶったタイミングを狙い相手の首元を狙い突こうとするが、すぐに刀身を胸元に戻され防がれる。
その状態で敢えて体ごと当たり、鍔迫り合いの状態となる。
膠着状態。直ぐに両者とも素早く離れる。
相手の体格、そして剣の振り方を見るに対魔物に特化したスタイル。
初手から大きく振りかぶるのは一撃の元に確実に魔物の体を断ち切るため。一方、対人戦については生まれる隙を自身の身体能力に物を言わせて無理やり収める。
典型的な冒険者の剣術だ。
本当ならば相手の一撃を受けることが出来るが、これは試験。
俺の剣術を基に考えると、受けることは悪手とされる可能性がある。
なら、相手が一撃を繰り出す瞬間が勝負だ。
数合切り結び、互いに一撃を与えられない。
その状況を打開するため、相手は前に出ながら横なぎに剣を振り胴を狙ってくる。
その段階で素早く振りかぶり、剣を振り下ろす。
狙いは、相手が持つ木剣。
相手そのものを切り倒せる程の威力で放たれた一撃で木剣同士が衝突するが、相手の剣が腹を見せているのに対して此方の剣は刀身で相手の剣を捉えている。
相手の木剣はその負荷に耐え切れず、真っ二つに折れてしまう。
そのまま相手とぶつかるが、弾き飛ばされないように足腰に力を入れて受け止める。
そこから素早く数歩下がり切っ先を相手の首元めがけて構え、残心を取る。
「はい、そこまでです。試験を終了します。お疲れさまでした」
受付嬢の言葉により、緊張が解かれた。
「いやぁ、兄ちゃん流石だな。三本勝負の一本目で負けるのは久しぶりだよ。
隙を嫌うその剣術は対人がメインと見た。嬢ちゃんは盗賊の剣術に似てるって言ってたが、ちと違うな。どこで身に着けたんだ?」
木剣を折られた対戦相手の剣士は朗らかに笑いながら聞いてくる。
どこか、素朴で明るい印象を抱く男だ。
「数年前に元盗賊の師匠から教えてもらったんだ。だが、そこに少しばかり我流を混ぜている。とはいっても人相手に切り結んだ経験より、魔物と戦った経験のほうが多いぞ」
「そうだろうなぁ。戦い慣れた人間で、以前の魔王軍の侵攻を経験していない奴はいない。
まだ、各地でその爪痕が残ってる。ここアヴニツァでも、魔王軍が放った魔物が町の周囲で生活圏を構築して人間を襲っている。
まだまだ、平和からは程遠い。その力、是非俺たちに貸してくれ」
そう言って男が剣だこの出来た、ごつごつとした手を差し出してくる。
此方も右手を差し出し、力強く握手をした。
「アレックス・ハスラーだ。ようこそ、アヴニツァ冒険者ギルドへ」
「ベル・ウォーカーだ。これから、よろしく頼む」
試験の結果により、受付嬢より準銀級冒険者の証を受け取った。
冒険者はその試験の結果により、まず最初は鉄級、準銅級、銅級、準銀級に分けられる。
鉄級は、戦ったこともない素人。準銅級となれば、戦闘経験がある人間。
銅級になって一般的な冒険者と同等とされ、準銀級が将来有望な冒険者、といったところだ。
先ほどの試験で戦闘の心得があるか、また実際に戦えるかを見られる。
それ以外にもその人自身の容姿、身に着けている物からアイテムの管理ができるか。冒険前の準備を怠るような性格かを試験官より見られる。俺の場合は、先ほどの受付嬢がそれらをチェックしていた。
追っ手から逃れた今の
腰に携えた銅の片刃剣。
少なくとも一定距離の旅には慣れており、また生き残る実力がある事が分かる。
しかし、
理由は二つあり、一つはその当時は王国から支給された大容量のアイテムポーチを持っていたから。
アイテムポーチとは外見上はベルトポーチと一緒だが中には容量以上の物を入れられる、旅人や冒険者の間ではメジャーであるが少々値が張る魔道具だ。
昔は王国から支給されたそれに必要品は詰め込んでおり、身軽に旅ができていた。
もう一つの理由が、
この能力は所持している物をトランプでいう大富豪の手札に見立て、その物の価値によって様々な効果や物を限定的に得る事が出来るという物だ。
例を挙げると銅貨2枚なら一般的な銅の剣、4枚用いれば最高品質の銅の剣を持てるが1枚しか消費しない場合は錆びた銅剣しか手に入らない。
この能力の弱点は二つ。一つは、消費した物はそのまま消滅し元に戻らず生成したものも戦闘終了後、非戦闘時の場合は一定時間が経過した後に消滅してしまう。
あの時に白金貨4枚を用いて生成した聖剣についても、戦いが終わった後また使うためには白金貨4枚かそれに相当する貴金属、宝石を用意しなくてはいけない。
そして次の弱点が、この
もし
主には相手の所持品や能力の他、その戦闘で使った手札の効果を封じた一度きりのトランプ型の魔法具、場合によっては相手の命や思い出の記憶と言った物も奪うことが出来る。
勝敗の基準はまず「相手を討ち取ったか、もしくは降伏させたかどうか」、その次に「どちらが逃走したか」となる。
相手を討ち取れば二つの報酬を、相手が逃走した場合は限られた中から一つの報酬を得る事が出来る。
但し、この効果については相手に対しても適用されてしまう。
俺が逃走することで負けた場合は同じように奪われてしまうし、負けたり降伏してしまった場合についても同様だ。
事実、クラリスから逃走する際に
つまり、可能な限り勝ち戦以外で使ってはいけない。
その為、
以前はもう少しまともな武具だったが、今持っているのは銅の片刃剣と鉄のナイフのみ。
それでも、逃げ延びた後にこの街へたどり着くには十分な武器だった。
能力を使うことにリスクもあり、何よりもこの能力が使えるのは
基本は戦闘時にしか使っていないため一般的な知名度は低い。しかし、仲間や深く関わった事のある人間がその力を見たら正体に気づいてしまうだろう。
基本的には、この能力を使うことは極力控えた方がいい。
今頼りになるのは、あの頃の旅で培った自分自身の技能のみだ。
持ち合わせについては銀貨1枚と銅貨が30枚。
1日の宿には困らないが、直ぐに依頼を受けなければ次の日は野宿することになるだろう。
直ぐにクエストボードの傍まで行き、依頼を探す。
幸いなことに仕事は腐るほどあるようで、そのうちの一枚を剥がして受付へ持っていき、依頼を受理した。
内容は、「鉱山入り口付近にいるゴブリンの討伐」。達成目標は「5体」だ。
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