孤独だった元勇者の冒険譚

@Yatagiri

第一話 プロローグ

 

 もし、この物語俺の人生を読んでいる人間がいるなら、一つ質問をしたい。


 異世界転移を本当にしたいだろうか?


 チートを貰える力がもらえる自信が持てる周りに頼られる美男美女に慕われるモテる

 もしかしたら、転移の力で見目麗しくイケメンになるかもしれない。


 しかし、例えどれだけの物を手にしたとしても。


 この世界、エスペニアに住む人間にとって俺と言う存在は異端者で。


 つまりは、俺は孤独たった一人だった。





「異世界より呼ばれし勇者よ! 名を名乗るがよい!」






 始まりは、特に何の変哲もない。朝起きて歯を磨いて。

 母さんが作った簡単なサンドイッチを片手にバックを持って。

 漠然と学校へ向かう途中だった。


 そこで眩い光に包まれ、まるで落ちていくかの様な感覚に襲われた。



 気が付いたら、そこは異世界エスペニアの中、ベイドリッチ王国の王宮の中にいた。



 周りには中世風の甲冑、もっと言えばファンタジー世界の鎧を被った騎士の人たちと、王冠を被った年配の男性。


 暫しの困惑の後、ようやく声を出すことが出来た。



「黒川、白峰です」


「……クロガー、シャーミネー? 随分と奇妙な名なのだな。まぁよい、貴殿は世界を救う勇者に選ばれたのだ!」



 これが、異世界転移の最初物語の始まりだった。


 ベイドリッジ王国第16代国王、セントリス・クラウン・ベイドリッジの命により、異世界から勇者が呼ばれた。

 それが、偶々俺だった。


 後は、よくあるテンプレート物だ。


 聖女であり、その性格もお淑やかな印象を受ける「アリア・メネラウス」、女ながらも第一騎士団長を務める「クラリス・フォン・エスポワール」。

 最強の闘士と言われる「ルドルフ・グラウゼヴィッツ」に、賢者の称号を持つ「サム・メイヤー」。


 王命により、しかして月日と共に本当の意味で仲間となった4人と、世界を駆けた。


 野宿の間は焚火と共に星空を見上げ、簡単な料理を食べながらルドルフと共に下らない話をした。

 見たこともない街を、アリアと一緒に歩き回った事もあった。

 異国の図書館で本を読むサムに、エスペニアの歴史を教えてもらった。

 夜更けにクラリスと二人で酒を飲み、本音を話し合った事もあった。


 そして森林を抜け、砂漠を踏破し、魔物を倒し、3年の旅を続け。

 世界を蝕む元凶である魔王であり邪神ルシフェルドの僕、ペルセウスを討った。


 その間は、実に充実した日々だった。



 その、筈だった。



 いくら人々の称賛を得ても、いくら仲間の信頼を得ても。

 どれだけの女性に言い寄られて、どれだけの男性からの賛美を得ても。


 なぜか渇きが癒えない。

 もっと、もっとと。




 今考えたら理由なんてわかりきってる。

 彼らが見てるのは「クロガー・シャーミネー」だ。「黒川白峰」じゃない。

 結局、世界を救っても俺と言う存在はこの世界では唯一人だった。




 世界を救い、再びベイドリッジ国王に謁見して様々な褒美を得た。

 欲しいものは何でも手に入った。美女はどんな人間でも抱けた。やりたいことは何でも出来た。

 だけど満たされない。まだ足りない。もっと欲しい。



「お前達が呼んだんだ。お前たちが望んだんだ。俺はその通りにしてやった。だから、お前たちは俺の望むことをするべきだ」


 そんな言葉を口走ったことが、やけに脳裏に焼き付きいて、胸の底に沈む違和感は消えてくれなかった。





 そんな俺を見るのが、仲間にとっては苦痛だったのだろう。





 何の変哲もない、エスペニア歴1435年10月19日の事だった。


「勇者クロガー。君を拘束させてもらう。」


 俺が住む別荘の一室に、かつての仲間であるクラリスと彼女の指揮下にある騎士団が雪崩れ込んできた。

 咄嗟の出来事だったが、反射的にポケットの中から4枚の白金貨を取り出し、リプライム大富豪の力で聖剣に変化させ構える。


「何のつもりだクラリス。仮にも勇者に向かって」


「クロガー。お前は変わってしまった。昔は純朴な正義感に溢れる男だったが、今は薄汚れた屑に成り下がった。私も、お前をよく知る人間たちも、お前をこれ以上見ていられない。


 もはや、この国ベイドリッジに、この世界エスペニアにお前は不要だ。


 私が直訴し、王命を出してもらった。勇者クロガーは現刻を持ってベイドリッジ王国における全ての権限を凍結。王宮地下、『無限の間』にて封印処分とする」



「嫌ならば、自分の道は自分で切り開け。クロガー・シャーミネー!」



 そうか、俺は孤独なまま、心まで腐り落ちたのか。

 仕方ないじゃないか。如何しろと言うんだ。


 だけど、ここで終わりたくはない。



「……そうか。なら、切り開かせてもらう。そこをどけ、クラリス!」



 そうして騎士団を切り伏せ、クラリスの手から逃れ、王国兵の追っ手を叩き潰した。


 その末に、勇者クロガーは遂に行方を晦ませ、その後を知るものは居なくなった。











 これが、異世界転移の最後物語の終わり












 エスペニア歴1436年12月3日、ベイドリッジ王国とは山脈を挟んで隣に位置する、バジリスク傭国。

 その北東側、山脈の傍に位置する町「アヴニツァ」


 勇者とベイドリッジ王国との間に起きた騒ぎから一年弱が経ち、人々の生活はいつも通りに戻りつつある。

 既に寒くなった冬を耐えるかのように人々の活動はまばらになり、しかし自身の貯蓄が足らない者が労働者ギルドや、冒険者ギルドに集っている。その数は平時よりも寧ろ多く、また彼らの力を求めて多種多様な人間が出入りする。


 様々な原因があるとはいえ、ここまで栄えているのは偏に一つの巨大な傭兵団が国を興したとされるバジリスク傭国の歴史が故と考える事もできるだろう。


 そんな中、旅装束ローブを纏い、顔は包帯で巻かれ素顔を隠した男が冒険者ギルドの受付前に居た。

 体格は服装に隠されてよく分からない。しかし、恐らく魔法職より体躯は良いが平均的な冒険者よりは細見だろう。包帯から覗く髪は短く、また黒髪である事が分かる。


「すまない、新規冒険者の登録をしたい。」


「承りました。こちらに必要事項をご記入の上、登録料として銅貨2枚をお支払いください」


 受付嬢の言葉と共に登録用紙が渡される。


 必要事項とは言っても書くことは氏名、年齢、技能ぐらいなもの。大した確認はされない。

 冒険者ギルドとは荒事専門の職業斡旋所という側面を持っており、つまりは社会の爪弾き者を纏めて有効活用することを目的としてる。


 綺麗な出自である必要はない。必要なのは、力だけだ。


 試験はこの用紙を書いて登録料を払えばすぐ開始される。




 俺は、ここから新たに始める。

 この世界に来た時から、常に独りだった。

 そして、遂に孤独となってしまった。


 元の世界に戻る方法は分からない。転移した後の世界にも、「黒川白峰」、そして「クロガー・シャーミネー」の場所はない。


 なら、新しく始めよう。

 本当の意味で、ここでこの世界に生きる人間として始めよう。




 ここから、俺の物語新しい人生が始まるんだ。




 登録用紙を記入し終え、銅貨2枚と共に受付嬢に渡す。

 その内容を見て、受付嬢は事務的に微笑みながら俺に言った。


「剣士ベル・ウォーカーさん。ようこそアヴニツァ冒険者ギルドへ」



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