第2話 責任と代償
第2話
夕暮れ時の学校の廊下。距離は7〜8メートルくらいだろうか。
通常のナイフにしてはかなり刃の部分が長い、もはや日本刀とも呼べるほどの凶器を左右の手に握りこちらを笑いながらこちらを凝視していた。
見覚えというには鮮明すぎるその男は、この学校の物理教師の福島純也だった。
「どちらです?」
急な問いに思考が止まる。
「どちらがゲーム参加者だと聞いているんです。まぁ……どうせ目撃者も殺さないといけないので、不要な問いかけなのですが。」
普段は授業以外ではほとんど生徒ともコミュニケーションを取らず、周囲に関心を示さない寡黙な人物が、今目の前でこんなにも猟奇的な笑みを浮かべている。
僕はそのギャップにただただ狼狽えていた。
状況が飲み込めない。
こいつもリアルレイドゲームの参加者で僕を狙ってきたのか?
放課後で人目は少ないとは言え、こんな公共の場で殺し合いをするのか?
そもそも何故僕が参加者だとわかった?
僕は自分がゲームの参加者であることを他人に悟られるようなヘマはしていないはず……
「はぁ……」
福島は大きく溜め息をつき、こちらの思考を遮るかのようにナイフの切っ先を向けてきた。
幸い距離はある。
つまり逃げるチャンスはある。
しかし、ここは4階だ。
窓からの逃亡は不可能。
階段まではギリギリこちらの方が近い。
ここを全速力で降りて、グラウンドに出て助けを呼ぶしかない。
人目の多い場所まで逃げ切ればこちらの勝ちだ。
そんなことを考えていた次の瞬間。
白い光が目の前に迫っていた。
僕は咄嗟の出来事に全く反応出来なかった。
そう、ナイフの切っ先が光速で真っ直ぐこちらに向かって伸びてきたのだ。
否、はっきり見えたわけではない。
本能がそう感じ取ったのだ。
しかし、いくら本能で危険を察知しようが凡人の肉体にそれを回避する術はない。
突発的な出来事を前にすると、人間とはこうも呆気なく脆いものなのか。
僕は間違いなく死を覚悟し、自ら受け入れようとしていた。
(あぁ、こんなところで終わるのか。)
心の中でそう呟き、全てを投げ出し、己の運命を受け入れようとしたその時……
「ぐはっ……」
僕の身体が真横に吹っ飛んだ。
自分の意思とは相反する運動に身体がついていかず、受け身すら取れなかった。
身体に痛みが走る。
さらに、同時に重みも感じる。
ん?重み?
気が付くと、僕の上に伊藤玲緒菜が覆い被さっていた。
「ほう、今のを躱すとは。伊藤さん、参加者はアナタの方でしたか。」
福島は自分で納得したかのようにそう言い放ち、その表情はより一層猟奇さを増していた。
僕はクラスメイトの女子に命を救われたのだ。
「大丈夫?生きてる?」
「あ、あぁ……すまない、、たす」
「お礼なんて後でいいわ。このままじゃ私たち2人ともこいつに殺される。とりあえず逃げるわよ。」
伊藤はそう言うと、僕の手を掴み音楽室へと飛び込んだ。
そして、ついさっきまで演奏していたグランドピアノの影に身を潜めた。
「おい……これからどうするつもりだ?」
「知らないわよ。アナタがなんとかしてよ。頭良いんでしょ?」
「はぁ!?何を言っているんだ……!?」
「何って、私はさっきアナタを助けたんだから次はアナタの番だって言ってんのよ!」
なんなんだこの女は……
これがあの学校一のマドンナの本性か……
しかし、そうも言っていられない。
何せ命が懸かっているのだ。
「あぁもう、わかった。僕に考えがある。」
「そうこなくっちゃ!」
伊藤は笑顔で微笑んだ。
こんな状況だと言うのに、その笑顔を見ると不思議と何でもできそうな気がした。
(美人って怖いな……)
とりあえず僕は持っていたスマホにひたすら文字を打ち込んだ。
「何やってんのよ!こんなときに!」
「うるさいな!遺書だよ!死ぬかもしれないからな!」
「アナタってバカなの?」
「うるさいのは君ですよ、神崎君。」
教師の皮を被った殺人鬼が音楽室に入ってきた。
「来たか…お前はここに隠れてろ。」
そう言い残すと、僕は逃げも隠れもせず福島の真正面に立った。
「おや?血迷いましたか?まぁいいでしょう。そんなに死にたきゃ殺してあげますよ。」
そして次の瞬間、先程と同じ白い光が一直線にこちらに向かって進んできた。
「……!?」
福島は驚きのあまり、思考停止していた。
「な、何をした……!?」
「本当は見せたくなかったけど、これが僕の能力さ」
「わ、わたしの……ナイフが……」
さっきは咄嗟の出来事で反応出来なかったが、来るとわかっていれば対処は難しくない。
暴食のスキルで相手のスキルを無効化すれば、福島のナイフは伸びることはないのだから。
「な、なんだそれは……!!!ク、クソが……!!」
錯乱した福島はまるでマシンガンのごとくナイフをこちらに向けて連射してきた。
僕はそれらをまるごと黒い霧のようなもので包む。
これが暴食のスキルだ。
相手のスキルはことごとく無効化される。
恐らく、福島の戦闘手段はスキルを使ったナイフの攻撃のみだ。
白兵戦はズブの素人なのだろう。
しかし、それは僕も同じだ。
そしてこちらには攻撃手段がない。
いくら相手のスキルを無効化できてもこのままではジリ貧だ。
まさに矛と盾の状態だ。
相手も同じことを考えているのか、お互いの動きが止まる。
教室内に緊張が走る。
1秒1秒が恐ろしく長く感じる。
僕は幼い頃からスキルについての教示はそれなりに受けていたが、この平和な現代日本で文字通り命のやり取りなどしたことはただの一度もなかった。
一挙手一投足が運命を分つ未知の感覚を初めて体験し、脳のドーパミンがこれでもかと言うほど溢れているのが自分でわかった。
だが、この緊張の糸は突如ぷつりと切れた。
音楽室のドアが大きな音を立てて開く。
「誰だ!?」
福島は即座に牽制を入れる。
しかし、その予想外の光景にあっけにとられる。
なんと、そこには美咲春花が立っていた。
それだけではない、この学校の女性が20人ほどホウキやカッターナイフ、包丁など、学校で揃えられる限りを尽くした武装をして立っていた。
「な、なんなんですか……アナタたちは!?まさか……全員ゲームの……」
「んなわけないだろ。バカか?アンタ。彼女達は僕を助けに来てくれた助っ人さ。」
そう、彼女達は僕が過去に暴食のスキルで心を食した非能力者の女生徒達だ。
ちなみにさっき書いた遺書は春花先生宛てだ。
『春花先生、ちょっと殺されそうなので、僕の支配下にある生徒を集めて音楽室に来てください!あ、一応学校にあるものでできる限り皆で武装してきてください!』
万が一のために普段から、この学校の生徒で僕の支配下にある者は、春花先生の指示にも従うように設定してあったのが幸をそうした。
「貴様らぁぁあああ!!!!」
福島は容赦なくナイフを向け、伸ばそうとする。
もちろん暴食のスキルで発動はさせない。
スキルさえ使わせなければただの凡人だ。
いくら大人の男と言えど、武器を持った女子高生20人に囲まれれば無事ではない。
おまけに今の彼女達には心がない。つまり恐怖心が存在しないのだ。
故に怯むことなく、目の前の猟奇的殺人鬼に立ち向かう。
武装した女子高生に囲まれ、能力を封じられた福島は無闇矢鱈に手持ちのナイフを振り回す。
しかし、そんな抵抗も虚しく、背中に刃物が突き刺さる。
春花先生だった。
あの、天然でおっとりした美人教師に一生消えることの無い殺人という業を背負わせてしまったのだ。
背中に刃物が刺さった福島はフラフラと二歩三歩と千鳥足で歩を進めると、そのまま壁にもたれかかり息を引き取った。
「終わった……」
緊張が解け、一気に全身の力が抜ける。
僕は何も考えずにその場に座り込んだ。
「ありがとう皆、もう帰っていいよ。先生もありがとう。」
意思のない人形達に心無い言葉がかけられる。
意思のない人形……
それらを生み出したのは僕だ。
僕は戦いが終わった安堵と同時に彼女達に対する責任を今更感じていたのだった。
しかし、そんな終戦の後の一時も束の間に何処からともなく数人の黒服の男達がその場に現れた。
「……!?」
そして、その奥から忘れもしない道化師が出てきた。
「やぁやぁ。久しぶりだね神崎優理君。いや、実際に会うのは初めてだから、ここははじめましてかな?」
相変わらず腹立たしい笑みを浮かべながら、道化師が挨拶をしてきた。
「一体なんだこれは?」
「さぁね〜。とりあえず初キルおめでとう〜!とだけ言っておくよ!」
まともに質問しても返って来ないことはわかっていたが、やはり腹が立つ。
「何しに来た?」
「僕らはこのゲームの運営だよ。運営の役割はプレイヤーに快適にゲームを楽しんでもらう環境を提供することだよね?気付かなかった?なんで学校でこんなに派手に暴れても誰も来ないのか、なんでこんなゲームが成立するのか。それはね〜毎回〜毎回〜僕達運営が人払いとか証拠隠滅とか事後処理をやってるからだよ!まぁ上からの命令だからね。そのお陰で君は明日からも変わらずこの学校でいつも通りの生活を送れるってわけ!それが僕の仕事!凄いでしょ?」
なるほど。
カラクリはわからないが、そういうことなのだろう。
これだけの規模のゲームが一切外部に情報流出せずに今まで行われていたことが、それを物語っている。
「そういうことだから、優理君もこれからは気にせず大暴れして大丈夫だよん!」
「はぁ……」
「さぁ、帰った帰った!」
あぁ、そうだ。その通りだ。今日はもう帰ろう。
「おい、伊藤もう帰……」
いない………………あの女いつの間に………
*
激闘を終え、僕は帰路についた。
幸い身体はほぼ無傷だったが、初めて命のやり合いをしたことによる精神的疲労はとてつもなく大きかった。
何より、自分の手で直接人を殺めてしまったのならまだ自分を責められただろうに、それを他人に強制させてしまったのだ。
そして、本人には意思がないため責任を追求されることもなければ、この行為が外部に広まり世間の批判を浴びることもないだろう。
だが、そんなことは大した問題ではなく、僕は人として許されないことをしたのだ。
誰にも責められないというのもまた辛いものなのだ。
「伊藤はどう思ったんだろうな……」
ゲームに勝ち、自分の命とクラスメイトの命を救った代償はあまりにも大きく、その日も僕は一睡も出来なかった。
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