30.夜衣の月蝕

ルタは今見ている戦況をあまり良くないものだと思っていた。

かっちりとしたメイルプレートを着込んだ鎧男に対して、バーレッドは身軽な軽装に鋼の剣。体格も装備もバーレッドの方が明らかに劣っているように彼には見えていた。

だからこそ、彼には自分の支えが必要なのだということも理解していた。


(バーレッドさんの体力が少しでも減ったら回復……少しでも減ったら回復……)


自分自身に言い聞かせているうちにその時が来たようだ。


「小回復(ヒール)! バーレッドさん、頑張ってください!」


応援の言葉と一緒に指揮棒を振り上げると、かすかな光が昇華。バーレッドを包み彼のHPゲージを満タンにする。


(上手くいった……!)


しかし、手ごたえを感じて喜んでいる場合ではない。

一度回復したゲージも数秒と経たないうちにまたすぐに削り取られ、慌ててまた次の詠唱を始める。

ルタの気を知らないでか或いは信頼をおいてなのか、


(でぇぇ?! ば、バーレッドさん?! それ! 無茶苦茶してませんか?!)


白刃で巨大な斧を受け止めるという物理的法則を無視した戦いにルタは頭を抱えて心の中で叫んでしまった。

しばらく鍔迫り合いをしていたが、やはり腕力の差は体格の差に比例してしまうのか、押し返されてしまうバーレッド。

それでも攻撃の手を弛めない彼にルタも目が離せない。

隙を作ることなく減ったHPを埋めるための魔法を使い続けている。


「寄り集まれりは寂雷の渦、距(へだ)たれしは帯と重なる稲妻の気迫……」


ルタから数メートル先で杖の先に雷の元素体を集め輝きを灯すキリシマは長い呪文の詠唱を開始し、


「ーーーー!!」


その声に反応したらしい鎧男がバーレッドを突き放し対象すべくキリシマへと片腕を向ける。

敵は遠距離での魔法攻撃にも精通しているらしい。

咄嗟に判断したバーレッドは、剣を左手に持ち替えて腰に提げたもう一本の和刀を引き抜くと、


「させませんよ! 夜衣の月蝕(つきばみ)!」


刀を手に二刀流のスタイルとなった彼の瞳の色が変わってゆく。

翡翠色だった瞳のうち下部にだけ滲んでいた赤が瞳全体に煙のように立ち上って浸食したかと思えば、たちまち瞳孔の奥は血のような赤一色となり、


「ぐ……ーーーーッ!」


鎧男の腕を刀の先で弾き行動を制止。

キリシマを狙った詠唱をキャンセルさせる。

相手の手を弾いて即、そのまま振り上げた刀を鎧男の脇目掛けて突出。

続けて反対の手に握る洋剣が敵の胸を這って顎へと上げられるが、敵も重装備とは思えぬ身のこなしで躱してしまう。

飛躍的な筋力の増強により反応速度を上げたバーレッドは止むことなく次の一撃を左右、振りきっての連撃として敵へ浴びせる。


「あっわわわっ! 小回復(ヒール)! 小回復(ヒール)! ま、間に合わないぃ……!」


敵からの斬撃を避けることなく間合いを詰め、敵の目標(ターゲット)を自身から外さないよう立ち回るバーレッド。

全ての攻撃を受け付けている分HPは激減しており、慌ててルタも回復魔法を繰り返す。

MPが足らなくなったら補給薬を飲めという指示も思い出し、バッグの中から引っ付かんで口に運んで。



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