31.窮地

薄暗い洞穴路にオレンジ色の火花が散る。

ギィン。と、前からは鉄を弾く刃の音。

斧の一振に抉り取られる地形を蹴り、バーレッドの妖刀が鎧男の片腕を掠めた。


鎧男は黙ったまま気迫で彼を押し返し、大きな半月を力任せに叩きつける。

表情はまるで見えず、ヘルムの奥にいまだ隠されたままだがとてつもない殺気を放って。

その殺意を受け取るバーレッドも嬉しそうに、獲物を眺める獣のように舌舐(なめず)りをし、


「ーーーーいきますよっ!!」


「ーーーー!」


触発に吹き飛ぶも瞳の赤は猛々しい。

間一髪だ。斧がめり込んだ壁が崩れ、天井がみしみしと軋んで悲鳴を堪(こら)えた。

派手な瓦解。崩壊。震動が伝う空間。

地下迷宮を解体する鑿岩機(さくがんき)が暴れまわる通路は段々と石屑で道幅を狭めていく。


その隙間を泳ぐようにぬって駆け寄るバーレッド。

一度自ら突き放した鎧男目掛けて走り出せば、再び首を狙って飛び掛かる。

強襲。

唾呑のための呼吸(いき)さえ捨てて、強欲な刃の舞いを敵へと浴びせ返してゆく。

彼もまた殺意に囚われたように戦っているのだ。


「ひいいっ! バーレッドさん、受け流して時間稼ぎをするんじゃなかったんですかぁ?!」


「くくくっ。ああ見えて奴は我が知る限り随一の戦闘狂だからな。妖刀・月蝕を媒介(スイッチ)に人格が入れ替わるとか……なんだとか、だったか」


「ええーーっっ?!!! なんですかそれ!」


予想外の展開に泣きながら回復魔法をかけ続けるルタと、逆に面白くなってきたと不敵に笑うキリシマ。


(まったく。他人を中二病呼ばわりするくせに、どっちがだかわかったもんじゃないな)


詠唱をしながらバーレッドの剣技に見惚れているルタを見て思っていれば、突如として悪寒が走る感覚に視線を切り替える。

キリシマは一瞬、しなる刀の銀色に映り込んだ黒鎧の一部から抜け出たように現れた敵の姿に息を飲む。


「……ルタ! 下がれ!」


そして、すぐに声を張り上げた。


「下がれって?! ご主人さま、何で……?!」


「大蝙蝠だ! こんなタイミングでリポップしおって! ちいっ!」


彼らの視線の先。どうやら、どうにも運が悪い。

知らない間に復活したらしい固定モンスターが登場し天井で牙を剥いて威嚇している。

そろそろ戻っていなければおかしいとキリシマが思っていた魔物だ。


詠唱に集中し、周囲の警戒を疎かにしていたことを後悔する。

本来は中間に位置取ったルタに任せたい役目ではあったが、色々と戦闘に不慣れな彼に頼るわけにもいかない。


「ちいっ! 間に合わんぞ! 一か八かだ!」


飛膜を拡げた巨大な魔物が闘争中の二者へと滑空していく様子に舌打ち。

打った舌先に乗せた呪文を高らかに叫ぶキリシマ。


「降頻(そそ)げ……『爆雷』!」


通路の割れた壁に稲妻の音を響かせ、その場にいた者達の視界は真っ白な光に包まれる。

あとはまばゆく降り注ぐ幾重の雷が駆け回るのみ。




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