29.開幕

今回の作戦は全戦力を鎧男討伐に注ぐため、シャーロッテの注意を引き付けておく囮役は無し。

彼女に不審がられないように立ち回る必要がある。

それはすなわち、それだけ素早い攻略が必須となるということである。

最初から分担をせずに二人で地下に赴いていればよかったのでは?というルタの言葉にはキリシマは耳を塞いで否定した。

何事もやってみてからでないと解らないものだ。結果論に過ぎないのだ。と。


三人で歩く地下道は一人の時よりも狭く感じた。

五メートルもない道幅だ。さして変わらないと思っていたのだが。

先導するキリシマがある事に気付き、ふと立ち止まって天井を松明で照らす。


「おかしいな。大蝙蝠がリポップしていない」


大蝙蝠というのは昼間のうちにキリシマ一人で対峙した例の魔物だ。

ゲームの中では決まってこのタイミングで登場するため、一度離れて再度同じダンジョンにやって来た今、復活(リポップ)していると思っていた。その魔物が天井にぶら下がっていない。

辺りを警戒するキリシマに先を行くバーレッドも首を傾げる。


「まだそんなに時間が経っていないから……じゃないですかね?」


「……そうかもしれんな」


なにしろNPCをパーティに引き込むことができたのだ。

それ以外のこともゲームの頃とは勝手が違う可能性もある。

慎重に足を進める二人の後ろをおどおどしながらルタも懸命について歩いていた。


「ご主人さま、りぽっぷってなんですかぁ……? ひっ!」


「下がって! 打ち合わせ通りのフォーメーションで行きますよ!」


と、ルタの質問を遮ったバーレッドの声で一同に緊張が走る。

続く台詞は戦闘開始を意味する言葉。

すぐに距離を離し後方で杖を真横に構え詠唱の準備をするキリシマと、腰の剣を抜いて身構えるバーレッド。

ルタも一拍子遅れて二人の中間を陣取り指揮棒を握り、魔法陣のエフェクトを展開。

玄人二人にならって彼らが睨む前方を見遣ると、そこには噂のエネミー・黒い鎧の男が立ち塞がっていた。


「キリシマさん、宝箱の先に登場すると聞いたと思うんですが……」


「そのはずだったのだがな。気まぐれなのか余程我々とやり合いたいのか。いずれにせよ時間短縮には好都合だ! かかれ! バーレッド!」


一方通行の道に間を離して態勢を整える三人。

巨大な三日月斧の一撃をかわし、盛り上がる土と石の混ざった道から飛び退いてバーレッドが最初の一撃を鎧男の首目掛けて切りつける。

が、簡単にダメージを取らせてくれるような相手ではない。

首を狙った一撃を肩で受け止められ、鎧にぶつかった剣の重い金属音が洞窟状の廊下に響き渡る。

痺れるような衝撃が剣を伝ってバーレッドの腕を震わせ筋肉を振動させているが、


(すごい。本物だ……!)


今までに感じたことのない感触に怯えるどころか彼は興奮していた。

キリシマが逃亡を余儀なくされたという相手から放たれているただならぬ殺気も、バーレッドにとっては心地のよい刺激に思えているようだ。

自身のHPの表示が少し削れているのを横目で確認すると、彼は剣を翻して距離を置く。

怯むことなく次の一手を見定めて鎧男へと向かっていった。


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