第16話 愛国者



「ねえなんか国なくなるって」

 歯磨きをしていたら、マダラがそう言う。うふぉあろ?返すとテレビがつく。

 いつものボンボンのキャスターが、白くなった顔で国の破綻を伝えていた。画面が変わり、流れ始めた国歴のダイジェスト映像に、微妙なBGMが付いている。


「は?」

「ね。だからはやくいこ」

「ろこに?」

「ここ」マダラがスマホで地図を開いて、名前も知らない国を指差す。

 ずいぶんと南のほうだった。

 俺はとりあえず、口をゆすごうと思う。



「だって、金は」

「じゃーん」

 光るパソコンの画面のなかに、一瞬、ケタが読めないほどに増えた異国の通貨の数字が浮かんだ。

 不審に思って画面をずらす。長者番付レベルの資産は、昔に等々力に教わって作った、向かいの国の口座に突っ込まれている。

「はあ?」

「ここぞとばかりに変えておきました」

「なんで?」都合というか、用意がよすぎる。

「こないだ教会燃えたでしょ」

「うん」

「神様がさ、いなくなっちゃったってことでしょ」

 マダラがまっすぐこっちを見ていた。俺は小さく口だけ開いて、眉を寄せた。聞き覚えがあったからだ。

斑鳩いかるがさんが言ってた」

 記憶が再生される。親父の背中が見えた。



 ベッドに広げた毛布のうえに要りそうなものを乗せて包んだ。丸めた毛布を持ち上げると、近くでガラスが砕ける音がした。


「はやく!はやく!」マダラが急かす。

「いやでもハマー今無いし、」

「思いますよね?あります!下に。取ってきた!だからぁはやくしてマジで」

「ウソだろハマー無事か」マダラは、免許を持ってない。

「ブジダヨ」

「あーあ」

「おれも無事だよ!!」

「、そうね」

 視線が泳いだ。ハマーのほうを先にしたのは、ひどかった。

 元気でよかったよ。言うと、マダラがピースしてくる。


 アパートメントの階段を駆け下りて、エントランスの扉を開けるとド真ん前にハマーがあった。助手席のドアから、車体の3分の2ぐらいまでに派手に模様が付いていた。頭を抱えたかったけど俺は手が塞がっていて、かわりに手ぶらのマダラがさっさとハマーに乗り込んでいく。

 毛布を後部座席に投げると、マダラもキーを投げてよこした。シートにもたれてエンジンを鳴らす。久しぶりに聞くハマーの音が懐かしかった。

 アクセルを吹かそうとした途端、大通りに繋がっている右手の路地から人が出てきた。ぼろきれみたいな格好の人々が、次々出てきて、群衆になる。

 なんとなく、違和感があった。マダラが口を開いた。

「あれ、違うね」

「だよな」

 集まった人間は皆、背筋が綺麗に伸びている。各々が持つ武器みたいなものの、金属部分は光を反射していた。

 アクセルペダルを踏み込んで、道の真ん中をハマーで飛ばした。車に気づいた群衆が、避けていくから散り散りになる。うんざりした。

 あれはすべて上級国民だ。

 この区の住人からしたら、突撃してくるハマーなんて金づるか、救いだから。


 人がギリギリ避けられる速度で、群衆の中を割って走った。変なところが破けた服の、なにかを叫ぶジジイの白すぎる歯が、女性の艶のある髪が、視界をかすめて消えていく。


 隣国に続く国道の入口あたりが塞がれていた。その辺にあったものを、適当に積んだだけのバリケードはキックダウンして突っ込んだら簡単に粉々になる。

「うわぁ燃費わるーい」

「いんだよ。有事の際だから」

「え〜珍しいじゃん」


 フロントガラスに残った木くずをワイパーでどかす。一瞬だけ、バックミラー越しに俺たちの国を見ておいた。煙の柱が何本も何本も上がっていた。

 砂埃が舞う土くれの道をまっすぐ、進んだ。

 そこで初めて、今日は晴れていることに気づいた。

 無駄に窓を開けたマダラが、砂にやられてくしゃみをしている。










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