第5話 サムライソウル
親父の生首を見てから十日、俺はベッドの足側に頭を向けて転がっていた。下がり続ける仮想通貨を買い増しする気もなにもおきない。部屋を浄化するのもだるい。閉めたカーテンの隙間から、晴れた十五時の西日が差し込んでくる。
時計の針がチクタク言う。秒針が、上から下がってくるときは無音なのに、下から上がるときは音がデカかった。
この十日のあいだじゅうに、めちゃめちゃになった親父の死体を棺桶に入れて燃やしたり、その煙でむせたマダラが吐いたり、等々力が次の頭になった。後頭部に入れられたカエルと葡萄の旗印が、事務作業や手続きに追われてあちこちいったりきたりするのをぼんやり眺めていたりした。
親父は俺が知らない間にまわりからかなり嫌われていて、それはこの界隈のタブーを犯して金をガッポリ稼いでいたからで、なんか、だるかった。そんなしょうもない理由で、大勢の関係者から、ほぼミンチになるぐらい身体をぼろくそにされた親父に幻滅した。なんにも知らず知らされず、そんな男をラスボスみたいに思っていた俺にも。
裸足を動かすとマダラに当たった。枕のうえに座るマダラがぎこちなく身じろぎした。水のむ?と聞かれたので指でベッドパッドを弾いた。肯定だととられたみたいで、脇にあったビニール袋から、オレンジジュースの紙パックが腹のうえに置かれた。水でもねえし、ストローを引き伸ばす元気がなかった。
「喜ぶとおもって」マダラが呟いた。
「正気?」マジでそう思った。
「だってしねばいいのにってよく言ってたじゃん」
「いやだからってフツー首まで落とす?」
「サムライは首落とすじゃん」
「いつの記憶だよ」
「だって」
「あ?」
「殺したいっては言わなかったから」
図星で、喉が鳴った。
確かに親父を殺したいとは口には出さなかったけど、殺したくないわけじゃなかった。ただ、俺は親父を殺せなかった。親父のほうが強かったからだ。背後も取れない。気配でバレる。薬はなにも効かない。お前は足音が汚えからな。なんでそんなんで生きてんだろな。羽交い絞めにされながら、何度も何度もそれを聞いた。殺したくないわけがなかった。
それでもマダラが来る前は、いつか殺せると思ってた。けど、俺は俺が思う以上に致命的な低スペックで、俺よりチビなマダラにも身体能力も勝てないし、髪の毛の質も完全に違うし、1000ヤード先を走るフルスロットルのNinjaに乗ったターゲットを、フツーに撃墜してくるマダラを見てから俺は自分を見限った。無理だ。マダラはバケモンということにして、自分の不出来のハードルを下げて、神や量子力学の世界に逃げることにした。
マダラが腹のジュースを開けて自分で飲んでいる。
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