第6話 お坊ちゃま、奮闘す

「ご主人様、どうします? もう一つ依頼を受けますか?」

「え? ああ、今日はもう夕暮れだし……」


「クニウスは初めてばかりだから、今日はもうゆっくりした方が良いわね。これからこの日常が続く訳だから慣れて行かないといけないけど」

「仕方ありませんわね」


 パルヴァはあっさりと提案を受け入れた。ホッとしたのも束の間、パルヴァは村の中を見て回ろうと言うので付いて行く。


「良い? これくらいが普通なのよ?」


 村を歩いていると、ある家の軒先の前で立ち止まり指さして言うので見ると、木のテーブルの上に大きな樽が置かれ”一杯銅五枚”と書かれていた。


「瓶に入れて売られたりしてないから、自前の瓶を買うとかして買わないといけないから注意ね」

「は、はい」


 そこから少し行ったところでは野菜が並び、商品の前に板が置かれ其々の値段が出ていた。初めて見る光景に別の世界に来た気がして頭が追い付かない。


その後も武器屋や精肉店、喫茶店を見て回りギルドに戻る。じっくり見るのは初めてだが、うちの屋敷が近いせいか村にしては規模が大きく人も多い。


パルヴァ曰く、ここ最近首都の人口増加により他の領に人が移ってきているのもあるらしい。ここは山も多く未開拓地も豊富なので、開拓しようと来た人も多いので冒険者ギルドも賑わっているようだ。


「お金の周りもよくなるだろうから、そのうち物価が上がるかもしれないわね」

「そ、そうなんだ」


「そのままでも売れるんだから、手間賃とか言って価格を上げても競合が少なければそこで買うしかないからね。新規参入も無ければジワジワ上げて行くでしょう。少しでも儲けたいからね誰でも」


 魔法だけでなくそんなものまで知っているパルヴァの凄さに驚き感心する反面、自分が何も知らず深く考えもしないで生きて来たと痛感する。


パルヴァは異世界から来たと言うが、これじゃ俺の方が異世界人だ。自分の世界どころか目と鼻の先にあった村すらも分からないなんて。


「さぁ帰って食堂でご飯を食べたら寝るわよ。明日から依頼を受けまくって名を上げないといけないんだから!」

「あ、ああ」


 空元気を出して返事はしたものの、今日一日で身分だけでなく人としても最下位に落とされた気がする。勘当されなければ今日知った事実を知らないまま生きていたと思うと恐ろしい。


ギルドへ戻り食堂に行って夕食を頂いたが、味が分からない。いや俺に分かっているものなど何一つ無かったのかもしれない。これまで生きて来たのは全て本の中の出来事のような気がしている。


ひょっとするとこのまま寝て起きたらまた屋敷に居るんじゃないかと思い始め、ベッドに入り目を閉じる。


「起きなさい!」


 淡い夢すら見る間もなく朝を迎えた。そして優しい婆やとメイドではなく厳しいメイドに叩き起こされる。


「うう……現実が辛い」

「何も辛い状態になってないでしょ? まだ。何処までお坊ちゃまなのよアンタ」


 気持ち良く起きれなかった初めての朝を迎えたが、ギルドの外にある水汲み場で桶に水を入れて顔を洗いスッキリして大分マシになった。全てが用意された生活の有難さが身に染みる。


着替えなども無く風呂も入らずに居るので何だか落ち着かない。こんなのパルヴァに言えば馬鹿にされるに決まってるから黙っておくけど。


「おはよう、よく眠れたかしら」

「特段良くも悪くも無いわね」


「お、おはようございます」

「こっちはホームシック」


 ホームシックって何だ? と思ったがどうせ碌なものじゃないのはニヤついた顔から分かるので聞かない。


早速ミレーユさんから依頼を貰い朝食後依頼を果たすべく現地へ向かう。昨日と同じように俺が敵を集めてパルヴァが倒すっていうパターンで暫くの間依頼をこなしていく日々が続く。


「クニウス、実は貴方御指名の緊急依頼があるんだけど」


 一週間、走り回って過ごしてた次の日の朝、いつも通りカウンターに行くと、ミレーユさんからそう切り出された。緊急依頼とは何だろうと言う顔をしてパルヴァに視線を向けると、盛大に溜息を吐かれる。


「ミレーユ、拒否権なんて有って無いようなものだから先に勧めて頂戴」

「そうね、でも一応強制じゃないのよ。ただ緊急依頼なんて滅多に無いし、受ければ報酬その他も多いし」


「指名で緊急依頼なんて珍しいにも程があるわ。断れば目を付けられる可能性が高い」

「邪推しないでパルヴァ。この一週間の貴方達の働き振りを見てのものだから」


 怪しむ顔をして耳打ちしてきたパルヴァに震えた俺を見て、食い気味に否定して来たミレーユさん。今の俺たちを貶めて得をするなんて無いだろうから大丈夫だとは思うんだけど、少し不安になる。


「い、いやぁパルヴァは兎も角俺は走ってるだけだから」

「パルヴァは恥ずかしがり屋だから言わないけど、貴方の運動量と能力は凄いわよ? これで魔法が使えたら文句無く上のランクに直ぐ行けるくらいには」


 パルヴァに視線を向けるとそっぽを向いていた。少し嬉しかったが、この世界では所詮魔法が全て。ミレーユさんが言う様に魔法で増強すればあっという間に俺を抜く奴なんて五万といるだろうし、そう考えるとパルヴァじゃないけど邪推したくなってしまう。


「それで俺御指名の緊急依頼って?」

「昨晩大雨が降ったのは知ってる?」


「ご主人様は爆睡してましたから知らないでしょうが、凄かったんですよ? 雨音と雷の音が」


 ミレーユさんの問いに首を傾げていると、呆れた顔をしてパルヴァが説明してくれてミレーユさんも頷く。どうやらその影響で山が一部崩れて落石が起き、道が塞がれたようだ。


「今丁度南部の開発に強化系の魔法使いたちは出払ってて」

「そこでご主人様に白羽の矢が立ったわけか……報酬は?」


「銀百」

「乗ったわ」


 食い気味に了承するパルヴァ。まぁ俺としても生活費を考えれば受けざるを得ない。今まではメインがパルヴァだったから自分で稼いだって気がしなかったけど、この依頼を完遂すれば初めて自分で稼いだと思える気がした。
















 

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